第28話 若者たちの集結(2)

文字数 2,673文字

「第七騎兵隊が出来上がったのは四年前のことだ。それまでは男中心の部隊しかなかったんだ」
 当時から女騎士はいたが、各部隊に散り散りに配属されており、男の部隊の中でかなり気苦労があった。
 女は力が弱く男に敵う訳がないと馬鹿にする者。女は雑用ばかりやっていればいいのだと言う者。中には性的な目で見たり、卑猥な言葉を放つ者もいた。
 ミランドラの武術の腕はテネア騎兵団の中でも、かなり上位に入るにも関わらず、発揮する機会が無いことに彼女は一時、騎兵団を辞めようとさえ思うほど失意のどん底にいた。
 そんな時、城の中庭で剣の修練に励む一人の女騎士を見た。
「まだまだですぞ」女騎士はサルフルムに稽古をつけられていた。
(マークフレアー様だ)
 前司令長官で実父である、ルーマ二デアの後を継いだばかりの19歳の後継者は絶世の美女として名高い女性だった。
「そんなことでは、敵に首を取られてしまいますぞ」「分かっているわ」
「将が討ち取られた時点で戦は負けですぞ。そんなことで、騎兵団団長が務まりますか」
 サルフルムの武術の修練は非常に厳しいことで知られている。ミランドラも何回か、相手をしてもらったことがある。
 模擬の槍とはいえ、突かれるとかなりの衝撃だ。身体中、青痣だらけになる。マークフレアーは何度も地面に転がされ、黄金の髪と称される、美しいブロンドヘアが土と埃にまみれていた。
「もう終わりですか。お嬢様」
「くっ」
 何度も転がされ、体中を突かれ、地面に伏している、その姿のあまりの痛々しさに見ていられなくなる。
(あれでは、いくらなんでも体が保たない)
 いつもよりサルフルムの指導は厳しいように見えた。男であってもこれでは体力が続かないだろう。それでも立ち上がってくる。
(どうして、そこまで)
 遂に体力が限界に達した様だった。うつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。しかし、しばらくすると這うようにしながら立ち上がろうとする。
(もう無理だ)
 思わずミランドラは駆け寄ろうとした。ところがマークフレアーは立ち上がったのである。
「まだまだよ、サルフルム。まだ出来るわ」
「うむ。その粋ですぞ。お嬢様」
 その後、サルフルムの容赦ない突きは10分程続き、地面には息も絶え絶えに横たわる女騎士の姿があった。
「そこにいるのはミランドラであろう。こちらへ来い」
 急にサルフルムに声を掛けられ、息を潜めて様子を伺っていたミランドラは、アッと声を出す。覗いていたことに気付いていたようだ。
「マークフレアー様を司令長官室にお連れ致せ」
「はい」
 急いで駆け寄り、右肩を貸し抱き起こす。
「ありがとう」
 疲れ切っているにも関わらず、ニコッと微笑み掛ける笑顔は女神のように美しかった。
「サルフルム副司令の修練はいつもこんなに厳しいのですか」
「そうね。こんな感じね」
 マークフレアーの体を支えながら、司令長官室に向かう主塔の階段を登る。
「厳し過ぎるのではないですか」
「ううん、違うわ。皆より厳しくしてと私がお願いしているの」
「えっ」
 思わずマークフレアーの顔を見る。
「私はテネアの民を守らなければならない。例え最後の一人になろうともよ。そのためには、私自身が強くならなければならないと思っているわ。一人でも多くの民を救いたい。だから、サルフルムにお願いしているのよ」
 頭を雷槌で撃たれたようだった。そうだ。何のために騎士になったのか。民を救い、主に忠誠を誓う崇高な騎士の信念に憧れて、騎士になったのではないか。だが現実は思い通りにはいかない。
 無言で肩を貸しながら階段を登る。司令長官室に入ると、マークフレアーは椅子に倒れ込むように寄り掛かった。
「水を持ってきましょうか」
「お願い」
 持ってきた水をマークフレアーは静かに飲む。かなり喉が渇いているだろうが、気品さは失われていない。
「ふう、ありがとう。生き返ったようだわ」
 ニコッと微笑む。ああ、本当に美しい。同性から見ても、この人は別格だ。テネアの太陽、太陽の女神とは本当によく言ったものだ、と心から思う。
「マークフレアー様、女に騎士が務まるのでしょうか」
 ふと無意識に呟いていた。マークフレアーにジッと見つめられる。 
「私は女性だからという理由で騎士として男性より劣るとは思わない。私はあなたの努力を知っているわ、ミランドラ。あなたはどうしたいの。言ってみて」
 私は一体、どうしたいのか。
「わ、私は、皆が笑顔で暮らしている、このテネアが好きだ。私は騎士として、テネアの皆を守りたい。でも隊長は私に重要な任務は与えてはくれません。いくら武道大会で良い成績を修めても、私には雑用しか与えてくれないのです。私は自分の力を発揮したい。自分の力を試して見たいのです」
 言ってしまってから、アッと後悔した。
「申し訳ありません。私、マークフレアー様になんてことを」
 司令長官にあろうかことか愚痴を吐いてしまったのだ。
「ミランドラ、私はずっと考えていたことがあるの。新たな騎兵隊を編成したいと考えていたのよ」
「え、新しい部隊ですか」
「そうよ。それでね、あなたに新たに編成される部隊の隊長になって欲しいの」
「えっ」
 突然の話に驚きを隠せない。
「あなたの言う通り、残念ながら女性達の活躍の場は限られていると思っているわ。特にも騎兵隊は危険な任務。どうしても、主要な任務は男性が行うことが多い。だけどミランドラのように武術に優れ、信念を持った女性は沢山いるわ。だから、そういう女性達が活躍出来るよう、女性だけで編成される部隊を創設したいと考えていたの。あなたには、その部隊の隊長になって欲しいのよ」
 衝撃的な話だった。女性達だけの部隊。こうしたら、もっと上手く出来るのに、こうすればもっと効率的なのに、と考えることを隊長に何度、進言しても、まともに取り合ってはくれなかった。だが、自分の部隊でなら、それも実現出来る。
 体の奥底から情熱がたぎってくるのが自分でも分かる。
「どう、やってくれる、ミランドラ」
「や、やります。いえ、どうか私にその任務、やらせてください」
 マークフレアーはニコッと笑う。
「ありがとう。ミランドラ。あなたには女性達が活躍出来るよう、あなた達に続く女性達が沢山出てこれるよう、環境を整えてほしいの。あなた達の活躍は騎兵団だけではない、テネアの女性達の励みになるわ」
「はい、期待に添えるよう頑張ります」
 こうして、新たに第七騎兵隊が創設された。各部隊に配属されていた女騎士達は全て新たな部隊に編成され、ミランドラ率いる300人もの部隊となったのである。
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