第5話 マルホード軍来襲(2)

文字数 1,776文字

 勢いに乗ったマルホード軍はあっという間にラドーネを包囲した。

 掲げよ、アジェンストの旗を。
 讃えよ、偉大な祖国を。
 誉ある我らアジェンの民に敵はなし。
 神のご加護がある限り、我らは歌う。
 勝利のために我らは戦う。

 城郭の外から、兵達の高らかな歌声が聞こえてくる。アジェンスト帝国軍に伝わる、疾駆の歌と呼ばれる歌だ。
 奴らめ、もはや勝った気でいるのか、とミリオースはギリギリと拳を握る。
 しかし、戦況は絶望的といえた。圧倒的な戦力差はどうしようもない。悪戯に籠城戦を続けてもジリジリと損害が増えていくだけだろう。
 こんな時のためにミネロがあるのではないか、と北の空を見上げるが、ミネロから援軍がこないことは分かっていたことだ、と思いを変える。
「やむを得ん」
 二週間、籠城戦を繰り広げた後、ミリオースはマルホードの降伏勧告に従い武装解除した。

 その日の内にマルホード軍は、ラドーネ城に入城した。ミリオースは城の中にある牢屋に投獄され、二百ほど居た兵達は囚人達が入っていた監獄に入れられた。
「無駄な抵抗は止めよ。大人しくしていれば危害は加えぬ」
 騎兵隊が町中を回り、民から武器や食料を没収する。マルホード軍では敵市民に対する強奪や凌辱行為を厳しく禁じ取り締まっていたが、下級兵の間では隠れて行う者が後をたたなかった。
 一通り町中を見回った後、マルホードはラドーネ城に入った。司令長官室に入った彼は居並ぶ将校達を労う。
「皆ご苦労であった」
「何のこれしき。ラドーネ軍のあまりの手応えのなさに驚いていたところです」
 先鋒隊を努めたダボーヌが胸を張る。
「アッハハハ、早すぎるではないか、ダボーヌよ。お主のせいで我らの出番がなかったぞ」
「全くよ、またお主に手柄を全部取られてしまったわい」
 カナリム、アス中軍長ら、子飼のベテラン将校達が豪快に笑う。
 その末席に涼しい顔でテプロが座っていた。そこにいるだけで場が華やかな雰囲気になる圧倒的な佇まいだ。
「皆良くやってくれた。殆ど損害なく短期間でラドーネを落とすことが出来たのは、皆の力によるものだ。だが我々に休んでいる暇はない。次はボルデーを攻める」
「ハッ」
「町には我々に抵抗しようとする残兵がいるかもしれん。警戒は怠るな。兵達は交代で十分に休ませよ」
「ハッ」
 将校達は意気揚々と引き上げていく。テプロも優雅な佇まいで席を立った。
 司令官室にはマルホードと副司令官のサミエルが残った。
「ラドーネ攻略がこんなに早く上手くいくとは、さすがはダボーヌといったところですかな」
 サミエルが先鋒隊を努めたダボーヌを称賛する。
「いや違うぞ。今回の立役者はテプロだ」
 エッ、と驚いたサミエルは、憮然とした表情でスキンヘッドを撫でているマルホードを見る。
「敵将ミリオースが率いていた軍勢は主力部隊ではない」
「そうなのですか」
「うむ。あれは陽動部隊だ。ミリオースとやら思い切った作戦を取ったものよ。自分を囮に使い、主力部隊は伏兵として副官に率いさせたのであろう」
 言われてみれば確かに、ダボーヌ軍が相対した敵軍勢は大した抵抗もせずに撤退していったように見える。
「もしも、交戦中のダボーヌが伏兵の攻撃を受けたならば只ではすまん。大きな打撃を受けていたことは勿論だが、恐らくは撤退に追い込まれていたであろう」
「まさか、ダボーヌの攻撃力は我軍でも一二を争いますぞ」
 驚くサミエルに、マルホードはゆっくりと頭を撫でる。
「予期せぬ軍勢に突然襲われることは戦場では日常茶番時なことだ。だがあの時、ダボーヌの陣形は長く伸びていた。谷部に誘い込まれていたからだ」
 広大なローラル平原は各地に点在する森を除けば、ほぼ平坦な地形である。だが全く起伏がないわけではない。
 ラドーネの地形を知り尽くしているミリオースは、ダボーヌ軍を巧みに谷部へと誘い込んでいたのである。
 ラドーネ攻略に逸るダホーヌの意識を逆手に取って、進軍に楽な下り方向に誘導、陣形を伸ばしたのである。
 ここへ伏兵を突撃させれば、如何にに五千の軍勢であっても混乱を来す。更に正面の敵からも攻撃的を受けるという、所謂、挟撃を食らうことになる。
「一歩間違えば、全軍撤退もありうる事態だったということだ。戦と言うものは何度やっても一つとして完璧なものはないものよ」
 マルホードは頭髪のない頭を撫でた。
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