第83話 サミート広場での出会い(4)
文字数 3,334文字
女達は複雑な心境でアルジ、ターナと子供たちのやり取りを見ていた。
危険と隣り併せで、明日をも知れない運命を背負っている自分達の人生。自由を求め自分で選んだ道とはいえ、仲睦まじい親子の様子を見ていると、好きな人と結婚して子供を産んで育てる人生も悪くないかもしれない、と思う。
「さあ、今日はもう終わり。みんな有難う」
青い目の人形のような女が観衆に呼びかける。
「ありがとね、また来てね」、とナナが笑顔で手をふる。
ガヤガヤと人々が帰り支度をし始めた。一人また一人と立ち去る中、こちらに向かってくる男の姿が女達の目に入った。かなり大きな体格の男だ。丸顔で少しあどけなさも残っているが、ここにいる誰よりも大きい。
男はノッシノッシと歩いて来ると目の前で仁王立ちする。女達は一斉に目を向ける。
「見回りお疲れさんだね、何か用かい、騎兵団の坊や」
ターナが一歩前に出て対応する。
比べてみると190センチを越える身長のターナより遥かに大きい。見上げるような大男の出現に楽団員達は目を見張る。
「力比べはもう終わりかい。俺と勝負してくれよ。お菓子はいらねえからよ」
ターナ達の間に緊張感が走る。
これまで自分より体の大きな奴を見たことはなかった。みんな俺よりも小さい。だからといって、体の大小は気にしてはいない。ただ、本気で向かってこようという奴は一人もいなかった。
自分の本気を試してみたい。常日頃、タブロはそうおもっていた。
ラーナが慌てた顔で駆け寄ってくる。
「何をやろうとしているのよ。タブロ、止しなさいよ」
騎兵隊の他の連中もすぐ後ろまで来ている。
「ただのお遊びだよ、心配すんな、ラーナ」
そう答えながらポキポキと指を鳴らすと、楽団員の大男を指さす。
「お前だ。俺の相手をしな」
突然の指名に相手の顔が一瞬強張るのが分かった。
「困るね、余興はもう終わりだよ。大人しく帰りな」
隻眼の女に眼帯を左手で摘みながらギロリと睨られる。へっ、邪魔しようってのか。
「お前に用はねえよ」と言い放ってやる。
「何だと」
隻眼の女の顔色が変わった。へっ、中々肝っ玉の座った女だ。負けじと睨み返す。
お互いに睨み合い、一歩も引かない二人の間に一触即発の雰囲気が漂う。
「分かったよ、僕が相手をするよ。だけど、時間がないから一回だけだよ」
アルジは一歩前に出た。
「アルジ」
ターナが驚き振り返る。
僕が相手をしないとこの場は治まらないだろう。それにしても同じ位の歳のようだけど、なんて大きな男だ。
エムバにも、同年代にこんなに大きな男はいない。あのラリマーよりも大きいのだ。大人でもここまでの体格の男はそうそういない。
僕は勝てるだろうか。でもやるしかない。
「アルジ、よしな」
ターナが止める。相手の男はあまりに体格が大きい。かなりの怪力の持ち主であるのは明らかだった。アルジも最近、かなり力をつけてきているとはいえ、適うとは思えない。
しかし、少年は大丈夫、心配いらない、と笑みを返してきた。
ああ、とターナは感嘆する。
ひ弱だった少年は、体格もみるみる大きくなり、今や背もターナを越した。それよりも男として自信が漲ってきているのを感じる。少年の成長とはこんなにも早いものなのか、と驚かずにはいられない。
「ああ、一回だけでいいぜ。へへ、そうこなくちゃな」
そう返事をしながら、タブロがドンとテーブルの椅子に座る。
「止めなさいよ。ジミー、何を呑気にしているのよ」
ラーナは血相を変えて訴える。
「面白そうださ。タブロの好きにやらせるさ」
やると決めたタブロが、誰のいうことも聞くわけがないとジミーは知っている。それと、相手の男にも興味がある。
「馬鹿馬鹿、いつもそうなんだから、あなた達は」
ラーナはサンディとべードに止めてもらおうと後ろを振り向く。タブロのことだ。手加減しないで相手を怪我させかねない。
「止めてください、サンディ副隊長、止めて頂戴、ベード」
「う、うむ、分かった」
ベードが引き締まった表情で、タブロに声を掛けようとする。しかし、「待て、ベード」とサンディから制止される。
え、とラーナとベードが振り向く。
「奴らが何か尻尾を出すかもしれん。このままやらせてみよう」
サンディの狙いは元山賊だという女達を挑発し、本性を探ろうというものだった。
え、でもと、ラーナは相手を逆上させて刃傷沙汰にでもなったらどうしようと不安を募らせる。相手は元山賊の女性達だと聞いている。確かに皆、普通の女性ではないと雰囲気で分かる。
アルジはタブロの反対側の椅子に座った。
本当にやるつもりか、とターナが心配そうな顔で後ろにつく。タブロという相手の大男から発せられる雰囲気は普通ではない。若いが修羅場をくぐり抜けてきているのが分かる。只の腕相撲では終わらないだろう。
仲間達も同じに思ったのだろう、アルジの後ろにナナやルナ達が集まってくる。
一方、タブロの後ろには、心配そうなラーナとリン、そしてベード。さらに冷静に行方を見守っているジミーとサンディがつく。
二人の大男が対峙する光景は凄まじい迫力だ。
何ごとかと、一旦引いていた観衆が戻ってきていた。
「おお、騎兵団の大男と楽団の大男が勝負するらしいぞ」
「そいつは見ものだ」
「お兄ちゃん、頑張って」
あっという間に人だかりとなる。
「お嬢、このままやらせてもいいのか」
ターナはエリン・ドールを見る。
当然、エリン・ドールも只の腕相撲で終わらないと分かっているはずだ。
相手に花を持たせようとアルジがわざと負けても、この大男は納得するはずがない。逆に激昂し、何をしでかすか分からない。騎兵団と立ち回る事態になるのは避けたい。
しかし、ターナが一番の心配はアルジに怪我をされることだ。そして、アルジがここまで築きあげてきた自信を失なうような嫌な気がしてならない。
「アルジがやりたいのなら、彼の意思を尊重するわ」
そうなのだ、エリン・ドールは相手に強制をすることはしない。そして相手の意思にも干渉しない。
「ちくしょう」
考えてもしようがない。ターナは赤い髪を右手でぐちゃぐちゃにする。
「大丈夫、アルジなら心配いらないわ」
「お嬢」
エリン・ドールの顔を見る。本当なのか、お嬢、やらせても大丈夫なのか。エリン・ドールはいつもの通り無感情だ。しかし、長い付き合いで、青い目の人形のような女の心の内は分かるようになっている。
「分かったよ、お嬢」
信じるしかない。女達は静かに見守ることにした。
二人の大きな少年が肘をテーブルに付き、がっしりと右手を組み合う。
組んだ瞬間、タブロは相手の力強さを感じた。本気で俺に立ち向かおうとしている。
ゾクッとする。これだ。俺が求めていたのは、これなんだと嬉しさがこみ上げてくる。
「楽団ってのは、いい女達ばかりだな。お前がうらやましいぜ」
タブロがニヤッと笑い挑発する。
「彼女達は僕の大事な仲間達さ、君が考えているような仲じゃない」
挑発にムッとしたのか、相手が増々力を込めていくのを感じる。
「ほう、そうかい。変な勘繰りをして悪かったな。でも女達の前で格好悪いところは見せたくねえだろう」
アルジはグッと押し黙り、さらに力を込める。
「だったら、全力で来な」
タブロが睨むような視線を向ける。
相手は本気だ。これまで自分の体格が小さいことを理由に本気の勝負を避けてきた。勝てる訳がないと最初から諦めていた。
武術の修練でラリマー達にいたぶられ、馬鹿にされても、僕はひたすら耐えているだけで、本気で立ち向かおうとはしなかった。
けれど、今は違う。ヨーヤムサン、そして、エリン達に鍛えられたんだ。ここでやらなかったら、何のためにヨーヤムサン達と一緒に来たのか分からない。
アルジは覚悟を決めた。
「分かった。君も全力で来なよ」
「へへ、分かっているぜ」
二人はお互いに握っている右手にさらに力を込める。
「それじゃあ、お客さん、壱弐の参でスタートしますよ。準備はいいですか」
アルジの口調は丁寧だが、目に気迫がこもっている。
「ああ、いつでもいいぜ」
「壱、弐」
カウントダウンが進む。
「参!」
二人の少年が一斉に右腕に力を込めた。
「オオウ!」「ハッ!」
危険と隣り併せで、明日をも知れない運命を背負っている自分達の人生。自由を求め自分で選んだ道とはいえ、仲睦まじい親子の様子を見ていると、好きな人と結婚して子供を産んで育てる人生も悪くないかもしれない、と思う。
「さあ、今日はもう終わり。みんな有難う」
青い目の人形のような女が観衆に呼びかける。
「ありがとね、また来てね」、とナナが笑顔で手をふる。
ガヤガヤと人々が帰り支度をし始めた。一人また一人と立ち去る中、こちらに向かってくる男の姿が女達の目に入った。かなり大きな体格の男だ。丸顔で少しあどけなさも残っているが、ここにいる誰よりも大きい。
男はノッシノッシと歩いて来ると目の前で仁王立ちする。女達は一斉に目を向ける。
「見回りお疲れさんだね、何か用かい、騎兵団の坊や」
ターナが一歩前に出て対応する。
比べてみると190センチを越える身長のターナより遥かに大きい。見上げるような大男の出現に楽団員達は目を見張る。
「力比べはもう終わりかい。俺と勝負してくれよ。お菓子はいらねえからよ」
ターナ達の間に緊張感が走る。
これまで自分より体の大きな奴を見たことはなかった。みんな俺よりも小さい。だからといって、体の大小は気にしてはいない。ただ、本気で向かってこようという奴は一人もいなかった。
自分の本気を試してみたい。常日頃、タブロはそうおもっていた。
ラーナが慌てた顔で駆け寄ってくる。
「何をやろうとしているのよ。タブロ、止しなさいよ」
騎兵隊の他の連中もすぐ後ろまで来ている。
「ただのお遊びだよ、心配すんな、ラーナ」
そう答えながらポキポキと指を鳴らすと、楽団員の大男を指さす。
「お前だ。俺の相手をしな」
突然の指名に相手の顔が一瞬強張るのが分かった。
「困るね、余興はもう終わりだよ。大人しく帰りな」
隻眼の女に眼帯を左手で摘みながらギロリと睨られる。へっ、邪魔しようってのか。
「お前に用はねえよ」と言い放ってやる。
「何だと」
隻眼の女の顔色が変わった。へっ、中々肝っ玉の座った女だ。負けじと睨み返す。
お互いに睨み合い、一歩も引かない二人の間に一触即発の雰囲気が漂う。
「分かったよ、僕が相手をするよ。だけど、時間がないから一回だけだよ」
アルジは一歩前に出た。
「アルジ」
ターナが驚き振り返る。
僕が相手をしないとこの場は治まらないだろう。それにしても同じ位の歳のようだけど、なんて大きな男だ。
エムバにも、同年代にこんなに大きな男はいない。あのラリマーよりも大きいのだ。大人でもここまでの体格の男はそうそういない。
僕は勝てるだろうか。でもやるしかない。
「アルジ、よしな」
ターナが止める。相手の男はあまりに体格が大きい。かなりの怪力の持ち主であるのは明らかだった。アルジも最近、かなり力をつけてきているとはいえ、適うとは思えない。
しかし、少年は大丈夫、心配いらない、と笑みを返してきた。
ああ、とターナは感嘆する。
ひ弱だった少年は、体格もみるみる大きくなり、今や背もターナを越した。それよりも男として自信が漲ってきているのを感じる。少年の成長とはこんなにも早いものなのか、と驚かずにはいられない。
「ああ、一回だけでいいぜ。へへ、そうこなくちゃな」
そう返事をしながら、タブロがドンとテーブルの椅子に座る。
「止めなさいよ。ジミー、何を呑気にしているのよ」
ラーナは血相を変えて訴える。
「面白そうださ。タブロの好きにやらせるさ」
やると決めたタブロが、誰のいうことも聞くわけがないとジミーは知っている。それと、相手の男にも興味がある。
「馬鹿馬鹿、いつもそうなんだから、あなた達は」
ラーナはサンディとべードに止めてもらおうと後ろを振り向く。タブロのことだ。手加減しないで相手を怪我させかねない。
「止めてください、サンディ副隊長、止めて頂戴、ベード」
「う、うむ、分かった」
ベードが引き締まった表情で、タブロに声を掛けようとする。しかし、「待て、ベード」とサンディから制止される。
え、とラーナとベードが振り向く。
「奴らが何か尻尾を出すかもしれん。このままやらせてみよう」
サンディの狙いは元山賊だという女達を挑発し、本性を探ろうというものだった。
え、でもと、ラーナは相手を逆上させて刃傷沙汰にでもなったらどうしようと不安を募らせる。相手は元山賊の女性達だと聞いている。確かに皆、普通の女性ではないと雰囲気で分かる。
アルジはタブロの反対側の椅子に座った。
本当にやるつもりか、とターナが心配そうな顔で後ろにつく。タブロという相手の大男から発せられる雰囲気は普通ではない。若いが修羅場をくぐり抜けてきているのが分かる。只の腕相撲では終わらないだろう。
仲間達も同じに思ったのだろう、アルジの後ろにナナやルナ達が集まってくる。
一方、タブロの後ろには、心配そうなラーナとリン、そしてベード。さらに冷静に行方を見守っているジミーとサンディがつく。
二人の大男が対峙する光景は凄まじい迫力だ。
何ごとかと、一旦引いていた観衆が戻ってきていた。
「おお、騎兵団の大男と楽団の大男が勝負するらしいぞ」
「そいつは見ものだ」
「お兄ちゃん、頑張って」
あっという間に人だかりとなる。
「お嬢、このままやらせてもいいのか」
ターナはエリン・ドールを見る。
当然、エリン・ドールも只の腕相撲で終わらないと分かっているはずだ。
相手に花を持たせようとアルジがわざと負けても、この大男は納得するはずがない。逆に激昂し、何をしでかすか分からない。騎兵団と立ち回る事態になるのは避けたい。
しかし、ターナが一番の心配はアルジに怪我をされることだ。そして、アルジがここまで築きあげてきた自信を失なうような嫌な気がしてならない。
「アルジがやりたいのなら、彼の意思を尊重するわ」
そうなのだ、エリン・ドールは相手に強制をすることはしない。そして相手の意思にも干渉しない。
「ちくしょう」
考えてもしようがない。ターナは赤い髪を右手でぐちゃぐちゃにする。
「大丈夫、アルジなら心配いらないわ」
「お嬢」
エリン・ドールの顔を見る。本当なのか、お嬢、やらせても大丈夫なのか。エリン・ドールはいつもの通り無感情だ。しかし、長い付き合いで、青い目の人形のような女の心の内は分かるようになっている。
「分かったよ、お嬢」
信じるしかない。女達は静かに見守ることにした。
二人の大きな少年が肘をテーブルに付き、がっしりと右手を組み合う。
組んだ瞬間、タブロは相手の力強さを感じた。本気で俺に立ち向かおうとしている。
ゾクッとする。これだ。俺が求めていたのは、これなんだと嬉しさがこみ上げてくる。
「楽団ってのは、いい女達ばかりだな。お前がうらやましいぜ」
タブロがニヤッと笑い挑発する。
「彼女達は僕の大事な仲間達さ、君が考えているような仲じゃない」
挑発にムッとしたのか、相手が増々力を込めていくのを感じる。
「ほう、そうかい。変な勘繰りをして悪かったな。でも女達の前で格好悪いところは見せたくねえだろう」
アルジはグッと押し黙り、さらに力を込める。
「だったら、全力で来な」
タブロが睨むような視線を向ける。
相手は本気だ。これまで自分の体格が小さいことを理由に本気の勝負を避けてきた。勝てる訳がないと最初から諦めていた。
武術の修練でラリマー達にいたぶられ、馬鹿にされても、僕はひたすら耐えているだけで、本気で立ち向かおうとはしなかった。
けれど、今は違う。ヨーヤムサン、そして、エリン達に鍛えられたんだ。ここでやらなかったら、何のためにヨーヤムサン達と一緒に来たのか分からない。
アルジは覚悟を決めた。
「分かった。君も全力で来なよ」
「へへ、分かっているぜ」
二人はお互いに握っている右手にさらに力を込める。
「それじゃあ、お客さん、壱弐の参でスタートしますよ。準備はいいですか」
アルジの口調は丁寧だが、目に気迫がこもっている。
「ああ、いつでもいいぜ」
「壱、弐」
カウントダウンが進む。
「参!」
二人の少年が一斉に右腕に力を込めた。
「オオウ!」「ハッ!」