第80話 サミート広場での出会い(1)

文字数 3,954文字

 秋晴れのテネアの町の中心部、サミート広場は今日も人々で賑わっていた。数多くの露天が所狭しと立ち並び、家族連れ、恋人同士、友達同士と各々が休日を楽しんでいる。
 ああ平和ださ、と欠伸を押し殺しながらジミーは馬の手綱を握っていた。
「ああ、こんな良い天気なのに警邏活動かよ」
 隣の馬上でタブロが欠伸をしていた。全くこいつには羞恥心がないのか、といつもジミーは思う。
 機から見ればジミーも中々、面の皮が厚いと思わざるをえないのだが、自分では奥ゆかしい性格だと思っている。
 それにしても昨夜は少し飲み過ぎた。頭がズキズキする。
「畜生さ。頭が痛いさ」
 右側頭部を抑えながら、隣のタブロを見ると、平気な顔でひたすら欠伸をしていた。
 昨日はあれだけ飲んだというのに、平気な顔しやがって、相変わらず底なしの男だ、と増々気分が悪くなってくる。
「お前たち、グズグズいっていないで真面目にやらぬか。早く来い」
 先頭の馬上からベードが怒鳴る。今日は第三騎兵隊の警ら活動の当番日だった。副隊長であるベードをリーダーとして、タブロと三人で警ら活動にあたっていた。
「へいへい」「分かっているさ」
 適当に返事をする。それにしても、ベードの甲高い声が頭に響く。
「全く、相変わらずクソ真面目だぜ。ベードのおっさんは」タブロが少し呆れたようにいう。
「痛ててさ。あの声が頭に響くのさ。声が馬鹿でかすぎるさ。ベードのおっさんは」
 二人でぶつくさ言いながら手綱を握っている。
 テネア騎兵団の警ら活動は、毎日二隊が持ち回りで行われていた。
 今日は第三騎兵隊の当番日となっており、ベード、タブロ、ジミーの三人で町に出ていた。
 今日はもう一隊、ミランドラ率いる第七騎兵隊が警ら活動をしているはずだった。
「あーあ、もっと早くに寝れば良かったさ」
 調子に乗りすぎた翌朝はいつもそう思う。
「何言ってやがる。少し飲み足りねえっていっていたのはお前だぞ、ジミー」
 チッ、そんなことは分かっているんだよ、お前が強すぎるだけだ、とムッとする。
 昨夜、第七騎兵隊兵営にある食堂で同期の騎士六名と会食をした。タブロ、ジミーの他、ディーン、ライムトン、ラーナ、リンの6人だ。
 ボブの店から出来立ての山鳥の唐揚げを沢山、持ち帰りしてきた。そして、第三騎兵隊の倉庫からワインを失敬した。
 遠征の時に持って行くため備蓄していたワインらしい。熟成され、かなり美味しくなっており、ついつい酒が進んでしまった。
 一体どこから手に入れたのか、とラーナやディーンが驚いていたが、何でそんなに驚くのか不思議でならない。
 酒なんて気付いた時から身近にあった。タブロと二人で良く飲んでいたものだ。
 だけど、マルザ婆さんに見つかったときは怖かった。「お前達、一体何を飲んでいるんだい!」
 鬼のような形相で掴みかかられたのを覚えている。
「何を飲もうと婆さんには関係ないさ」
 取っ組み合いになりながら反抗した。いつしかマルザ婆さんは涙を流していた。
「お前達みたいに若い時から酒を飲んだら駄目なんだよ。体に悪いんだよ。本当なんだ。お前達。何故、分かってくれない」
 婆さんの本気の涙を見てから、しばらく酒を飲むのは止めた。しかし、孤児院の居心地が悪く、酒場や娼館に用心棒として出入りするようになってからは、再び酒を飲むようになった。
 しかし、深酒はしないように心がけた。朝晩、神への祈りを捧げるため、教会には毎日顔を出していた。
 その時に酒臭くさせていては駄目だと思ったからだ。
 神への信仰心というよりは、マルザ婆さんを安心させたい気持ちの方が強かった。
 恐らくマルザ婆さんは、俺達が酒をやめていないことに気付いていただろう。だけど、何も言わなかった。いくら言っても無駄だと諦めたのか、どうか分からなかったが、心苦しかったのを覚えている。

「あんた達、いい加減にしなさいよ。酒なんてまだ早いって言ってるでしょ。それにボブさんだって20歳前の人には酒を出さないっていってたでしよ。一体どこから持ってきたのよ」
 ラーナがプンプンしている。
「まあ、固いことを言うなよ。なにせ俺たちは正式にテネア騎兵団の一員になったんだぜ。お祝いだよ。ほらディーンも飲むだろう」
「え、俺は飲まないよ」
「何だ、付き合い悪いぞ」
「そうださ、付き合いが悪いと仲間に嫌われるさ」
「何を馬鹿なこと言ってるのよ。こんな人たちに構わなくてもいいわよ」
「そうですよ、お酒なんて飲んだらいけませんよ」
 リンも加勢する。二人の女騎士見習の剣幕にタジタジとなるが、俺達の体を心配してくれているんだと思うと、どこか嬉しい気持ちになる。
「あんまりでかい声を上げるなって、バレたらやばいだろう」タブロが、シィーと人差し指を口に立てる仕草をする。
「大丈夫さ。今夜はミランドラ姉さんは警ら当番だから帰りは遅いさ」
 いつも朝までは帰ってこないはずだった。すると、
「そうなのか、じゃあ今日は久しぶりに心ゆくまで飲めるじゃないか」とライムトンが歓声を上げる。
「馬鹿、ミランドラ隊長がいなくても飲んだら駄目なのよ」
「まあまあ、今日だけさ」
「そうそう、多めに見てくれよ、ラーナ、リン」
「俺達だけで飲むから。頼むよ」
 ライムトンの懇願に、これ以上酒に誘われることはないと分かったのか、ディーンがホッとした表情をしていた。
「ディーン、あなたもキッパリと断りなさいよ。そんな態度だから、タブロ達が調子に乗るのよ」
 ふくれっ面の同い年の黒髪の少女の怒りはディーンにも飛び火し、男達は圧倒される。
「いや、まあさ、そんなに怒るなよ、ラーナ。お前、かわいいんだからさ」
 ライムトンが取りなす。ボサボサだった頭はマークフレアーとの謁見式の際に床屋できれいに散髪されていたが、また伸びてきていた。
 しかし今はボサボサにはせず、後ろで髪を束ねるようにしていた。
「え、何言ってるのよ、そんなことないわよ、もう、ほんと何言ってるのよ」
 ラーナが顔を赤くする。
「そうださ、ほらさ、せっかくの山鳥の唐揚げが冷めるさ。食べようさ」
「う、うん」
 そう言いながら、少年少女達は熱々の唐揚げを頬張り始める。
「だけどさ、ラーナはマルザ婆さんにそっくりさ」
「本当だぜ。婆さんがそこにいるようだぜ」
「な、何よ。マルザ婆さんって、あなた達の母親代わりだった人でしょう。私はそんな歳じゃないわよ。失礼ね」
 いやいやとジミーは首を横に振る。
「そういう意味じゃないさ。他人のことを本気で心配してくれているところがさ。婆さんと似ているって思ったのさ」
「本当だぜ。ラーナ。別にお前が婆さんだとか、言っている訳じゃないぜ」
 ジミーとタブロの言葉にラーナは、そうなの、と答えた。
「まあ、飲めさ。ライムトン、タブロ」
 と、ワインを勧めると、ハッと我に返ったようにラーナが立ち上がる。
「だから、酒を飲んじゃ駄目だって言ってるでしょ。何がマルザ婆さんに似ているよ。マルザさんもあなた達には相当苦労したと思うわ」
 プンプンするラーナを見て、本当にマルザ婆さんには苦労かけたと思う。
 だけど、騎士になって欲しいという、婆さんの願いは少し叶えてあげた気がしている。こうして良い仲間達とも出会えることが出来た。
 隣を見るとタブロも満足そうだ。こんなに笑ったのは記憶になかった。
 孤児院の中では乱暴者として浮いた存在だった。弱い者いじめをしたことはない。逆に弱い者いじめをしたり、ごそごそと陰口を叩いている気にいらない奴らを殴っただけだ。
 それなのに、皆、俺達が悪いという。
 酒場の酔っぱらいに勧められて初めて酒を飲んで以来、酒は憂さばらしになることが分かった。
 飲めば楽しい気持ちになる。嫌なことも忘れさせてくれる。勢いを借りて、言いたいことも言えた。
 その時に比べたら今は楽しい。仲間ってこんなに良いものだったんだな。

「そろそろ寝るよ」
 ディーンが席を立った。
「そうだな、俺も沢山飲んだよ」
 ライムトンも席を立つ。
「私達も帰ろう。リンちゃん」
「そうですね。そろそろお開きにしましょう」
 ラーナとリンも席を立とうとする。
「何だ、もう帰るのか、まだ早いぞ」
「そうさ、夜はこれからさ」
「あなた達、いい加減にしなさいよ。明日、警邏活動当番だって言ってたじゃない。あなた達も止めなさいよ」
「そんなに酔っ払って大丈夫ですか」
「大丈夫さ、これくらい飲んだ内に入らないさ」
「そうそう、心配すんな。ラーナ、お前、本当に俺達のお袋みたいだぞ。本当にマルザ婆さんにそっくりだ」
 そういいながらタブロは上機嫌だった。
「ほんとださ。マルザ婆さんに言い方がそっくりさ」
「馬鹿馬鹿、またそんなこと言って。何で私があなた達の母親役をしなきゃいけないのよ。もう知らない。私帰る」
「あ、待ってください、ラーナさん」
 プンプンと席を立ち去るラーナをリンが慌てて追い掛ける。
「あーあ、すっかり怒らしちまったぞ。まあ、俺達も宿舎に戻ろうぜ。ディーン」
 ライムトンが声を掛けると、「ああ、そうしよう」も二人は会場を後にした。

 昨日は飲みすぎた。だけど気分がいい。
 そう言えば、ラーナとリンも今日は警ら活動の当番だと言っていたのを思い出す。
 日が高く登った街は既に人で溢れていた。もうお昼近くになるようだ。
 肉を焼いていのか、露店から食欲をそそる香ばしい香りが漂ってくる。
「はあー平和だね」
 タブロが隣でまた欠伸をする。
「ところでディーンとライムトンは、朝早くに出かけていったみたいだけど、あいつら、どこ行ったんだ」
「ああ、修練場に行ったみたいださ」
 痛ててと、頭を右手で抑えながら答える。
「えー、ホントかよ。折角の休日なのに。あいつらほんとに武術が好きなんだな」
 はあーとタブロがため息をつく。
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