第32話 若者たちの集結(6)
文字数 3,350文字
真っ青な顔で大男が立ち尽くしている。出っ歯の小さな少年が焦ってウロウロしている。
「あん時に落としたかも知れねえ」
「いつだよ」
「ここ来る前に橋の上で用を足したろう」
タシー川に掛かる木橋の上で用を足したことを思い出す。橋桁に丁度穴が空いていた。
「ああ、あん時かさ。こんな所に穴があって危ねえ、こんな薄暗い時だったら足を踏み外すさって言った時ださ」
「どういうことだい」
ライムトンが不思議そうな顔で尋ねる。
「この馬鹿がさ、その橋の上で用を足しやがったんださ」
「いやー、薄暗くて、人通りもなかったからさ。ついな。一度やってみたかったんだよ」
「この馬鹿たれさ。あん中には俺たちの全財産が入ってたんださ。どうするんださ」
悪びれずに頭を描くタブロにジミーは怒りをぶつける。
「困ったな。俺も手持ちはあまり無いぜ」
ライムトンが言う。
「お客さん、支払いが出来ないんですか。それは困りましたな」
先程までは人当たりの良い中年の男だった、店主のボブの顔つきが変わる。
「そうだ、俺達を用心棒として雇ってくれ」
「おお、そうださ、そうしてくれさ、俺達より強い奴はいないさ、きっと役に断つさ」
ボブが白い目で見つめる。
「お客さん、テネアで用心棒を雇っている店なんて、ありませんよ。マークフレアー様の御威光が行き届いておりますのでね。悪いことをすれば直ぐに騎兵団の方々が取り締まってくださいますから、お代を踏み倒す方などはいませんよ」
「ゲッ」
二人の少年の顔が益々青ざめていく。
「どうした、何かあったのか」
ミランドラが近づいてきた。
「これはミランドラ隊長様、いえ、こちらのお客様達が、お勘定が払えないと仰るものですから困っていたところです」
「ほう、かなり楽しそうに飲み食いしていたようだが、食い逃げか」
「ゲッ、騎兵隊かさ。いや、違うさ、そんなつもりはないさ。こいつがここに来る前に有り金を落としちまったんださ」ジミーが焦る。
「そうだぜ、食い逃げなんて、ガキの頃はやってたけどよ、店で用心棒するようになってからは、やったことないぜ」
タブロが弁解する。
「ほう、やったことがあるのか」
ミランドラが冷めた目を向ける。
「このバカ、タブロ、余計なことを言うんじゃないさ」
「まあ、大体事情は分かった。要するに飲み食いをしたが、払う金が無いということだな」
「いや、だから払う気はあったんださ」
「そうだぜ、だから食い逃げしたのはガキの頃だって言っただろうが」
「だから、お前は余計なことを言うなってさ」
ふーんと、ミランドラは冷たい視線を浴びせる。
「落としたということだが、お前達はテネアの者ではない。余所者だろう。どう信用しろと言うのだ」
「いや、こいつらは嘘をつくような奴じゃないぜ」
成り行きを見守っていた、ボサボサ頭のライムトンが擁護する。
「ほう、お前はテネアの者のようだな。こいつらとは友達か」
「まあな、今日知り合ったばかりだけどさ、悪い奴じゃないぜ」
「ほう、今日あったばかりの相手を信用するとは大したお人好しだな」
「何だと」
ライムトンはカチンときたようだ。
「まあ、良い。問題は食い逃げは牢屋行きってことだ。今すぐにぶち込んでやる」
ミランドラの冷たい宣告にウグっと三人は押し黙る。一悶着ありそうな雰囲気に緊張感が走る。
「まあ、待てよ」
後ろから、ロラルドが口を挟む。
「何だ、おっさん」「こっちは立て込んでいるんださ。口を出してくるなさ」
「何言ってるの、貴方達、ロラルドはこれでも第3騎兵隊隊長なのよ」
少し興奮気味のタブロとジミーに、ラーナが後方から文句を言う。
「お前な、もう少し言い方ってもんがあるだろう」ロラルドはフウーと溜息をつく。
「へえーあんたも騎兵団の隊長さんなのか、俺の名前はライムトンだ、俺も騎士になりたいんだ。三日後の騎兵団の入団試験を受けるつもりさ」
「ふーん、そうか。そいつは大歓迎と言いたいところだか、まずはこの事態をどうにかするのが先決じゃないのか」
ニヤッと笑うロラルドに3人は静まり返る。
それにしても、ライムトンというこの少年は、余程のお人好しなのか、巻き込まれた格好なのに、我が事のように深刻な表情をしているのが面白くて、ロラルドは好感を持った。
「けど、ライムトンは関係ないぜ。こいつはちゃんと金を持っているんだ。牢屋に打ち込まれるのは俺達だけだぜ」
「そうさ、タブロの言うとおりださ。ライムトンを巻き込んだら目覚めが悪いさ」
ほう、こいつらも味のある奴らじゃないか、とロラルドは思う。
「ふーん、仲間想いってやつか。まあ、いいさ、そういうのは嫌いじゃない。そこでだ、俺から一つ提案がある」
「提案?」「出来ることなら何でもやるさ」「おお」三人の少年達はゴクっと唾を飲む。
「ライムトンと言ったか、確かに金を持っているのなら、お前に問題はない。問題なのはデカ物とチビ助だ」
「デカ物だと、何だ、おっさん、喧嘩売ってるのか」
「チビ助だと、俺が気にしていることを。この野郎、よくもさ」
二人が声を荒げる。
「こりゃ悪かったな。だが、まずは俺の話を聞け。お前達二人も三日後の騎兵団の入団試験を受けろ」
「え」「どういうことださ」
二人はキョトンとする。入団試験を受けることと食い逃げが関係するとは思えない。
「無事に騎兵団に入ることが出来りゃあ、給料が出る。そこから払えばいいだろう。どうだ、我ながら良い考えだろう」
「ん、んぐ」「いや、しかしさ」
二人は戸惑う。
「ボブのおやっさんも、それまで支払いを待ってくれないか」
「お支払いいただけるのであれば、ツケでも構いませんよ」
快くボブが了承する。
「ロラルドのアイデアは悪くないな。お前達も口の聞き方はなっていないが、根っからの悪人には見えんこともない。どうだ、入団試験を受けてみろ。そうすれば、今夜から我が兵営に泊まることも出来るぞ」
ふむふむと頷きながら、ミランドラが話す。
宿なし金無しの二人にとって、泊まるところがあるのは魅力的だった。だが、即答出来る話でもない。
「しかしよ、俺はまだ騎士になる気はないぜ」
「そうさ、海を見てからと思っていたんだからさ」
「それなら、それでも構わん。直ぐに牢屋行きになるだけの話だ」
ミランドラの冷めた口調に二人は頭を抱える。
「ダブロ、ジミー、一緒に入団試験を受けようぜ。海に行くのは騎士になってからでも遅くないぜ。なあ、そうしようぜ」
目を輝かせながら熱心に誘うライムトンに二人は目を合わせる。
「しようがねえさ、少し予定が狂っちまったが、俺達が騎士になるのは、アルザ婆さんの願いでもあるからさ、分かったさ、入団試験を受けてやるさ」
ジミーが頭を描きながら言う。
「おう、受けてやるぜ」とタブロも同意する。
「よし、よく言った、お前達。だが、入団試験は厳しいぞ。また、受かったからといって、すぐに騎士になれる訳でもない。覚悟しろよ」
ミランドラがいう。
「あなた達、少し粗暴な感じだけど、いいわ。一緒に入団試験を受けるのだもの。仲間と認めてあげる」
「何だ、お前、生意気な女だなさ」
「何で、いきなり上から目線なんだよ」
「そうだぜ、今、初めて会ったばかりなんだぞ」
タブロ、ジミー、ライムトンの3人が文句を言う。
「何よ、折角、私が気を遣って上げたのに」
プンプンとラーナが怒る。
「けど、中々可愛いな、お前。俺はライムトンだ。よろしくな」
「え、まあ、そんな、いきなり可愛いだなんて」
率直な言葉にラーナの顔が赤くなる。
「確かに、顔は可愛いいさ」「見た目は悪くないぜ」
ジミー、タブロも同調する。
「会ったばかりの女の子に、なんてことを言うのよ、全く、もう」
文句をいいながらも、ラーナは嬉しそうだ。
「よし、我々も帰ろう。我が第7騎兵隊兵営に帰還する」
ミランドラが声を上げる。オオ、とサンディとロアナが応える。
「いいか、ラーナ、リン、ミランドラ隊長が帰るといったら、今みたいにオオ、と応えるんだぞ」
上機嫌にサンディがいう。
「そうそう、これが私達第7騎兵隊の流儀よ」
と、顔を真っ赤にしながらロアナがニコニコ笑う。
「よし、それではもう一回だ。我が第7騎兵隊兵営に帰還する」
ミランドラの号令に女騎士と少女達は、オオ、と答えた。テネアの夜は更けていく。
「あん時に落としたかも知れねえ」
「いつだよ」
「ここ来る前に橋の上で用を足したろう」
タシー川に掛かる木橋の上で用を足したことを思い出す。橋桁に丁度穴が空いていた。
「ああ、あん時かさ。こんな所に穴があって危ねえ、こんな薄暗い時だったら足を踏み外すさって言った時ださ」
「どういうことだい」
ライムトンが不思議そうな顔で尋ねる。
「この馬鹿がさ、その橋の上で用を足しやがったんださ」
「いやー、薄暗くて、人通りもなかったからさ。ついな。一度やってみたかったんだよ」
「この馬鹿たれさ。あん中には俺たちの全財産が入ってたんださ。どうするんださ」
悪びれずに頭を描くタブロにジミーは怒りをぶつける。
「困ったな。俺も手持ちはあまり無いぜ」
ライムトンが言う。
「お客さん、支払いが出来ないんですか。それは困りましたな」
先程までは人当たりの良い中年の男だった、店主のボブの顔つきが変わる。
「そうだ、俺達を用心棒として雇ってくれ」
「おお、そうださ、そうしてくれさ、俺達より強い奴はいないさ、きっと役に断つさ」
ボブが白い目で見つめる。
「お客さん、テネアで用心棒を雇っている店なんて、ありませんよ。マークフレアー様の御威光が行き届いておりますのでね。悪いことをすれば直ぐに騎兵団の方々が取り締まってくださいますから、お代を踏み倒す方などはいませんよ」
「ゲッ」
二人の少年の顔が益々青ざめていく。
「どうした、何かあったのか」
ミランドラが近づいてきた。
「これはミランドラ隊長様、いえ、こちらのお客様達が、お勘定が払えないと仰るものですから困っていたところです」
「ほう、かなり楽しそうに飲み食いしていたようだが、食い逃げか」
「ゲッ、騎兵隊かさ。いや、違うさ、そんなつもりはないさ。こいつがここに来る前に有り金を落としちまったんださ」ジミーが焦る。
「そうだぜ、食い逃げなんて、ガキの頃はやってたけどよ、店で用心棒するようになってからは、やったことないぜ」
タブロが弁解する。
「ほう、やったことがあるのか」
ミランドラが冷めた目を向ける。
「このバカ、タブロ、余計なことを言うんじゃないさ」
「まあ、大体事情は分かった。要するに飲み食いをしたが、払う金が無いということだな」
「いや、だから払う気はあったんださ」
「そうだぜ、だから食い逃げしたのはガキの頃だって言っただろうが」
「だから、お前は余計なことを言うなってさ」
ふーんと、ミランドラは冷たい視線を浴びせる。
「落としたということだが、お前達はテネアの者ではない。余所者だろう。どう信用しろと言うのだ」
「いや、こいつらは嘘をつくような奴じゃないぜ」
成り行きを見守っていた、ボサボサ頭のライムトンが擁護する。
「ほう、お前はテネアの者のようだな。こいつらとは友達か」
「まあな、今日知り合ったばかりだけどさ、悪い奴じゃないぜ」
「ほう、今日あったばかりの相手を信用するとは大したお人好しだな」
「何だと」
ライムトンはカチンときたようだ。
「まあ、良い。問題は食い逃げは牢屋行きってことだ。今すぐにぶち込んでやる」
ミランドラの冷たい宣告にウグっと三人は押し黙る。一悶着ありそうな雰囲気に緊張感が走る。
「まあ、待てよ」
後ろから、ロラルドが口を挟む。
「何だ、おっさん」「こっちは立て込んでいるんださ。口を出してくるなさ」
「何言ってるの、貴方達、ロラルドはこれでも第3騎兵隊隊長なのよ」
少し興奮気味のタブロとジミーに、ラーナが後方から文句を言う。
「お前な、もう少し言い方ってもんがあるだろう」ロラルドはフウーと溜息をつく。
「へえーあんたも騎兵団の隊長さんなのか、俺の名前はライムトンだ、俺も騎士になりたいんだ。三日後の騎兵団の入団試験を受けるつもりさ」
「ふーん、そうか。そいつは大歓迎と言いたいところだか、まずはこの事態をどうにかするのが先決じゃないのか」
ニヤッと笑うロラルドに3人は静まり返る。
それにしても、ライムトンというこの少年は、余程のお人好しなのか、巻き込まれた格好なのに、我が事のように深刻な表情をしているのが面白くて、ロラルドは好感を持った。
「けど、ライムトンは関係ないぜ。こいつはちゃんと金を持っているんだ。牢屋に打ち込まれるのは俺達だけだぜ」
「そうさ、タブロの言うとおりださ。ライムトンを巻き込んだら目覚めが悪いさ」
ほう、こいつらも味のある奴らじゃないか、とロラルドは思う。
「ふーん、仲間想いってやつか。まあ、いいさ、そういうのは嫌いじゃない。そこでだ、俺から一つ提案がある」
「提案?」「出来ることなら何でもやるさ」「おお」三人の少年達はゴクっと唾を飲む。
「ライムトンと言ったか、確かに金を持っているのなら、お前に問題はない。問題なのはデカ物とチビ助だ」
「デカ物だと、何だ、おっさん、喧嘩売ってるのか」
「チビ助だと、俺が気にしていることを。この野郎、よくもさ」
二人が声を荒げる。
「こりゃ悪かったな。だが、まずは俺の話を聞け。お前達二人も三日後の騎兵団の入団試験を受けろ」
「え」「どういうことださ」
二人はキョトンとする。入団試験を受けることと食い逃げが関係するとは思えない。
「無事に騎兵団に入ることが出来りゃあ、給料が出る。そこから払えばいいだろう。どうだ、我ながら良い考えだろう」
「ん、んぐ」「いや、しかしさ」
二人は戸惑う。
「ボブのおやっさんも、それまで支払いを待ってくれないか」
「お支払いいただけるのであれば、ツケでも構いませんよ」
快くボブが了承する。
「ロラルドのアイデアは悪くないな。お前達も口の聞き方はなっていないが、根っからの悪人には見えんこともない。どうだ、入団試験を受けてみろ。そうすれば、今夜から我が兵営に泊まることも出来るぞ」
ふむふむと頷きながら、ミランドラが話す。
宿なし金無しの二人にとって、泊まるところがあるのは魅力的だった。だが、即答出来る話でもない。
「しかしよ、俺はまだ騎士になる気はないぜ」
「そうさ、海を見てからと思っていたんだからさ」
「それなら、それでも構わん。直ぐに牢屋行きになるだけの話だ」
ミランドラの冷めた口調に二人は頭を抱える。
「ダブロ、ジミー、一緒に入団試験を受けようぜ。海に行くのは騎士になってからでも遅くないぜ。なあ、そうしようぜ」
目を輝かせながら熱心に誘うライムトンに二人は目を合わせる。
「しようがねえさ、少し予定が狂っちまったが、俺達が騎士になるのは、アルザ婆さんの願いでもあるからさ、分かったさ、入団試験を受けてやるさ」
ジミーが頭を描きながら言う。
「おう、受けてやるぜ」とタブロも同意する。
「よし、よく言った、お前達。だが、入団試験は厳しいぞ。また、受かったからといって、すぐに騎士になれる訳でもない。覚悟しろよ」
ミランドラがいう。
「あなた達、少し粗暴な感じだけど、いいわ。一緒に入団試験を受けるのだもの。仲間と認めてあげる」
「何だ、お前、生意気な女だなさ」
「何で、いきなり上から目線なんだよ」
「そうだぜ、今、初めて会ったばかりなんだぞ」
タブロ、ジミー、ライムトンの3人が文句を言う。
「何よ、折角、私が気を遣って上げたのに」
プンプンとラーナが怒る。
「けど、中々可愛いな、お前。俺はライムトンだ。よろしくな」
「え、まあ、そんな、いきなり可愛いだなんて」
率直な言葉にラーナの顔が赤くなる。
「確かに、顔は可愛いいさ」「見た目は悪くないぜ」
ジミー、タブロも同調する。
「会ったばかりの女の子に、なんてことを言うのよ、全く、もう」
文句をいいながらも、ラーナは嬉しそうだ。
「よし、我々も帰ろう。我が第7騎兵隊兵営に帰還する」
ミランドラが声を上げる。オオ、とサンディとロアナが応える。
「いいか、ラーナ、リン、ミランドラ隊長が帰るといったら、今みたいにオオ、と応えるんだぞ」
上機嫌にサンディがいう。
「そうそう、これが私達第7騎兵隊の流儀よ」
と、顔を真っ赤にしながらロアナがニコニコ笑う。
「よし、それではもう一回だ。我が第7騎兵隊兵営に帰還する」
ミランドラの号令に女騎士と少女達は、オオ、と答えた。テネアの夜は更けていく。