第16話 太陽の女神(2)

文字数 2,574文字

「そろそろ入団希望者の受付が始まる頃ね。今年はどれくらい集まりそうかしら」
「今のところは5人ですな。皆、元気が良い若者達ですぞ。ホッホ」
「そう、楽しみだわ」
 ローノルドは参謀のほか、騎士学校で若き兵達を指導する役割を担っていた。首都エメラルドにおいても彼の博学ぶりと知才は有名であった。
「わしも騎士志望の男を一人知っていますぞ。そろそろテネアに着く頃じゃ」
 サルフルムが楽しそうに言う。彼の目に適う人物は中々いない。
「前に聞いた少年のことかしら」
「その通り。マチスタで騎士崩れの人攫いと剣を交えているのを見ましたが、中々面白い剣を使う男ですぞ」
「サルフルムが言う位だもの。よほどね。どこの流派か分かる」
「それが、わしも見たことがないのです」
 テネア一の歴戦の兵であるサルフルムが知らない流派などあるのだろうか。マークフレアーは疑問に思う。
「まあ、心当たりはありますがな」
「聞きたいわ。教えて」
「実際に見たことがない故、断言は出来かねますが、恐らくは見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)剣術だと思いますな」
 聞いたことのない流派だった。マークフレアーは怪訝そうな顔をする。
「ホッホ、幻の剣術と言われて久しい流派ですからな。マークフレアー様がご存知ないのも無理はございませんぞ」
「ローノルドも知っているのね。見たことはあるの」
「ホッホ、武芸の知識において、このテネアでサルフルムに勝る者はおりません。サルフルムが見たことの無い流派を私が分かる道理はございませんぞ。ホッホ」
「いやいや、わしとて噂の類を聞いた程度のこと。だが、かの流派はかつてローラル平原最強の剣と呼ばれていたという話じゃ。元々、テネア国王に仕えていた騎士達が遣う剣術だと聞きましたな」
「21年前、テネア国であった頃は、その剣術も有ったはずだわ。アジェンスト帝国によって、テネア国と共に滅ぼされたということなのかしら」
「左様。当時、我々がテネアに進軍したときは、既にテネア国のフーマン王は亡くなられており、帝国が占領している状況でした」
 21年前、テネアが独立国であった頃、アジェンスト帝国の侵攻を受けたテネア国は懸命に抵抗したものの、圧倒的な帝国の戦力を前に苦戦を余儀なくされていた。
 そこで、フーマン王はピネリー王国に援軍を要請、自らは策略と分かりつつも、民を守るため帝国に、その身一つで投降し非業の最後を遂げていたのである。
「恐らくは見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)の遣い手達も帝国との戦いで、多くが散っていったものと思われますな」
「ホッホ、帝国に代わり、ルーマニデア様がテネアを治めるようになってから、しばらくの間、民は我々を警戒して何も話してはくれませんでしたからのう。しかし、それは侵略された者達の道理というもの。仕方のないことです。従って我々も見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)剣術のことを知るのに時間が掛かったという訳ですな。ホッホッホ」
「民に敵視されていたことを思い出すわい。笑った顔など見たことも無い。こちらから打ち解けようとして話しかけても、無愛想に必要最小限の会話しかしないのじゃ。我々はひどく嫌われておりましたな。あのときは心底参りましたぞ。だが、ルーマニデア様は、我らを嫌うと言うことは、フーマン王がそれほどまでに民に慕われていたと言うこと。為政者足る者、かく有りたいと仰せられて、決して民を粗末に扱うことはしなかったわい。大したお方じゃった」
「ホッホ、その時ですな。テネア騎兵団の団旗に、テネア国の紋章をそのまま使おうと申されたのは」
「確か、あれはローノルド様のお考えであったはずじゃ」
「ホッホ、私はルーマニデア様に進言しただけのこと。その考えを採用する、しないは団長が決断されることですぞ」
「そうだったのね」
「ホッホ、団旗は騎兵団の象徴。テネア国の紋章を使うということは、民にフーマン王と同じ姿勢でテネアを治めると示したということ」
「それからですな、民が次第に我々に打ち解けてきたのは」
 マークフレアーは窓から主塔にたなびくテネア騎兵団の団旗を見上げる。絡みつく二匹の蛇はテネアの象徴として、永く人々に慣れ慕われてきたものだ。
「それにしても、その剣術の遣い手がまだ残っていたなんて、もしかして、その少年はフーマン王と何か関係があるのかしら」
「ホッホ、その可能性はありますな。フーマン王には跡継ぎの男子がおられたはず。ようとして行方は知れませんが、どこかで生きているかもしれませんな」
「うーむ。マチスタで少年の父とも会いましたが、かなりの剣の遣い手とみましたぞ。もしかすれば、あの男がテネア国の王子なのかもしれぬ。木こりだと言っていたが、身分を偽っているのかもしれんな」
「ホッホ、その可能性も有りますな。まあ、真実は分かりませんがな。ホッホッホ」
 おそらくテネア王の血筋の者達は、身を偽って生きている可能性が高いだろうと、21年前の当時から考えられていた。
 ピネリー王国に取って、旧領主の扱いは厄介なものである。それを察して、危険から逃れるため身を潜ませている可能性は十分に考えられた。
「ホッホ、それと以前にお話した、悪霊の騎士のこと、覚えておいでですかな」
「ええ覚えているわ。だって、今でも偶に人々から話を聞くもの。本当に恐れているみたいだわ」
「ホッホッホ。若い者達は怪談の類と気にも留めていませんが、帝国の侵攻を経験した者達は未だ一様に恐れているのです」
「私も気にはなっていたわ。でも、その後、帝国がローラル平原に侵攻してきたことが何度かあったけど、それらしき騎士はいなかったはずよ」
「ホッホ、マークフレアー様は悪霊の騎士の話、どうお考えですかな。只の噂、怪談話と思われますかな」
「いいえ」
 マークフレアーはきっぱりと否定した。
「私は人々を信じるわ。人々が不安に思うのであれば、それを和らげ排除するのが私の役目よ」
「ホッホッホ、それは良きお考えと思いますぞ」
 ローノルドは目を細める。サルフルムもウンウンと何度も頷く。
「よくぞ、ご成長なされましたな。このサルフルム、もはやこの世に悔いはありませんぞ」
「大げさね。まだ、死んでもらっては困るわ」
「ホッホ。その通りですな。サルフルムにはまだまだ活躍してもらわねばなりませんぞ」
「そうよ。まだまだ私のために働いて頂戴」
「いやいや少しは老体を労って下され」
 ハハハと笑いが湧き起きる。
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