第79話 盗賊騎士団ドラングルと悪徳の町(8)

文字数 3,246文字

「明日僕はここであいつが来るのを待つ。そしてやっつけてやる」
「でもマユルが捕まってしまうよ。守備兵がすぐにやって来る」
「分かっているさ。それにあいつは用心棒を連れているんだ」
「え」
 とても成功するとは思えない。止めよう、とルカは思う。
「どこでもいい。あいつの体の何処かにナイフを突き刺すことができればそれでいいんだ。このまま生きていても何も変わりはしない。俺はこんな世の中はもう沢山なんだ。俺は大人達に言ってやるんだ。俺達だって黙ってばかりじゃないって」
 マユルの強い覚悟にルカは何もいうことができなかった。確かにマユルの言うとおりだ。このまま生きていても、あの楽しかった日々が戻っては来ない。
「分かったよ。マユル。僕も一緒にやるよ」
「え」
 マユルはかなり驚いたようだった。
「ルカは駄目だ。妹がいるだろう。ルカが居なくなったらどうするんだ」
「マユルだって、妹がいるじゃないか」
「いや、俺には母さんがいるから大丈夫だ」
「だったら、僕にも父さんがいるよ」 
「何言ってるんだ。ルカの父上は、その、あの、とにかくルカは駄目だ」
 マユルはルカの父親が廃人のようになっていることを知っていた。
「いや、やるよ。マユルのいう通りだ。このまま生きていても何も変わらないよ。何かが変わるのなら僕はやるよ。それが妹のためでもあるよ」
「ルカ」
 マユルは言葉を失った。
「分かったよ。ルカ。一緒にやろう」
「うんやろう、マユル」
「もしお前が捕まったり、もしお前に何かあったときは、絶対お前を一人にはしない、俺も一緒だ」
「うん、僕もだよ。もし死ぬことがあっても僕は後悔しない。マユルと一緒さ」
 二人の少年は強い覚悟を胸に秘めた。

「神父様、死んだら僕は天国に行けるのかな」
「ルカ、どうしたんだ急に」
 パキルにあるルエル教の教会は、中心部の外れにある。普通、教会は城の近くにあるものだが、パキルは違った。
 元々は城の近くにあったのだが、神を信じないサンドルにとって、一等地に教会を置いておくメリットは何もなかった。それどころか取り壊そうとしたのである。
 ナリン神父が存続を懇願し、エメラルドの有力貴族からの取り成しもあって、仕方なく存続させることとした。
 しかし、教会は町はずれに移転させられた。鬱蒼と茂る木々を伐採し、ナリン神父は苦労して小さな教会を建てた。
 小鳥が囀りゆったりと静かな時間が流れる、この教会がルカは好きだった。
「ううん、もしもの話だよ、やっぱり天国には行けないのかな」
「そんなことがあるはずはないぞ、ルカ。純心な心を持つお前が天国に行けないことなどあろうはずがない」
 朝早くに、ルカがルルを連れて教会を訪れてきたとき、ルカの様子がいつもと様子が違うのに、ナリン神父は胸騒ぎを覚えた。
「ルカよ、何かあったのか。今日のお前はいつもと様子が違うぞ」
「ううん、何でもないよ。母さんは天国にいるんでしょ。僕も死んだら母さんのところに行きたいだけさ」
「ルルも母さんのところに行きたい」
「ルル」
 妹のことを思うと胸が張り裂けそうになる。でも僕は決めたんだ。ルルのためにも僕はやる。
「心配はいらない。ルカもルルも良い子だから、必ず母上とお会い出来るだろう。だけど、今はその時ではないぞ。神様が御召しになられるのは今ではない。母上もきっと今、お前達がくることを望んではいない、きっと、お前達のことをずっと見守っておられるだろう」
 目には見えないけど、母さんが天国から僕達のことをいつも見守っているという話は、ずっと兄妹の心の支えになっていた。
 母さん、僕のことを見守ってね。そして、ルルのことを見守っていてね。
 ルカは決意を新たにした。

 マユルとルカは、町の往来を横目で見ながら、その時を待っていた。今はお昼時である。
 固いパンの切れ端2個と小さな器に入ったチーズが今日の昼食だ。それを水筒に入れた水で流し込む。
 二人共口数が少なかった。懐に忍ばせたナイフの柄を何度も握る。
「しっかりナイフの刃を研いでおくんだ」
 昨日、マユルにそう言われ、砥石でしっかり研いできた。調理用に使っているナイフだった。
 マユルは何度も南の方を見ては苛立っていた。
「まだ来ない」
 もしかしたら今日は来ないのではないか、そう思い始めた時だった。
「来た」
 マユルが小さく声を上げた。
 南の方から四人の男達がやって来るのが見えた。
 屈強な男三人に囲まれながら歩いている小柄で禿頭の男がいた。
「ワコルって真ん中の人」
 ルカは囁くようにして聞く。
「うん。そうだ。あいつがワコルだ」
 人の良さそうなおじさんというのが第一印象だ。本当にあいつが極悪商人と呼ばれる男なのか。
「見た目に騙されちゃ駄目だ。ルカ。あいつはこれまでひどいことをしてきたんだぞ」
「そうだった」
 段々と近づいてくる。心臓がドキドキ高鳴る。
「いいか、俺が最初に飛び出して用心棒を引き付けるから、ルカは後で来てくれ」
「うん」
 マユルも強張った顔をしていた。
 ここら辺では、路上でたむろしている子供達は珍しくない。物乞いをしている子達もいる。
 二人が怪しまれる心配はなかった。
 ワコル一行がもう近くまできていた。マユルが内ポケットに隠していたナイフを取り出す。
 先頭の用心棒の男は、口髭と顎髭を蓄えたかなり体格の良い男だった。脇に剣を差している。
 コクっとマユルが目で合図する。ルカもコクっと頷く。
 バッとマユルが飛び出した。
「ん」
 咄嗟のことに用心棒の男は、一瞬状況を把握できないまま立ち止まっていたが、小さな手に握られていたナイフがキラッと光ると目の色を変えた。
「何だ、お前は」
 ものすごい大声で怒鳴りつける。
 ヤア、と叫びながらマユルが用心棒の懐に飛び込みナイフを太腿に突き刺した。
「ぐわぁ、何しやがる」と用心棒の男の悲鳴が上がる。
「このガキ」他の三人の用心棒がマユルを取り押さえようと駆けつける。
 今だ、とルカがナイフを握り締めながら飛び出す。小柄な禿頭の男と目があったが、構わずイヤーと叫びながら飛び込む。
 カラン、とナイフが地面に転がった。ワコルがステッキでルカのナイフを握る右手を叩いたのだ。
「このガキども」「ワコル様と知ってのことか」
 マユルとルカは用心棒に取り押さえられ、地面に力付くで這わされた。
 グリグリと頬が砂利の地面に食い込み苦痛が走る。直ぐ目の前でマユルが歯を食いしばって必死に耐えていた。
「このガキ、良くも俺の太腿を差しやがって。許さんぞ」
 用心棒の男が剣を引き抜き振りかぶる。
「待ちなさい」
 ワコルが制止すると、用心棒の男達が一斉に振り向いた。
「まずは止血が先でしょう。早くしなさい」
「ハ、ハア」
 ワコルが地面に這いつくばる二人を見下ろす。
「あなた達、なぜ私を襲ったのです」
「お前の所為でこの町が駄目になったからだ」
 マユルが下から睨みつける。
「私の所為ですか」
「んぐぐ、そうだ」
 足で踏まれ顔を歪めながらマユルが答える。
「あなただけの所為ではないことは分かっているよ。でも僕達が何かをしなきゃ、この町は変わらない」
 ルカは必死に言った。用心棒の足でグリグリと踏みつけられ頭が痛い。
「そうですか。幼いあなた達が、そこまでの覚悟を持っていた訳ですね」
 ワコルの意外な反応に、エッとルカは驚く。マユルも驚いた表情だ。ワコルは何を考えているのだろうか。
「お前たち、この子達を離してやりなさい」
「え」「ですが」
「それより、あなたの治療を急がねばなりませんよ。屋敷に戻りましょう。視察は次にしましよう」
 ルカとマユルは呆気に取られる。
「確かに男であるならば、覚悟を決めて、ことを成し遂げなければならない時がくるものです。フフ、でもそれは今ではありませんよ。命を大事にしなさい」
 ワコルは去っていった。
 腰が抜け、二人はしばらく立つことが出来ない。
「ねえマユル、ワコルは僕達を何故見逃したんだろう」
「知らないよ」
 マユルは悔しそうな顔だった。
 二人は起き上がると、帰路に着いた。
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