第26話 一撃のミランドラ(2)

文字数 3,003文字

「ん、誰だ。貴様は」
 馴れ馴れしい男の口調にミランドラは嫌悪感を隠さない。
「僕はジョア家の四男で、マーチルだ。ここは第七騎兵隊の兵営かと聞いているんだよ。誰か答えぬか。ああ、後ろの二人は私の従者のジル、ロハだ」
 出っ歯の若い男と垂れ目の若い男が会釈をするが、どこか義務的で偉そうだ。
 ジョア家と言えば、代々の当主が地方長官としてミネロを治めている有力貴族だ。ピネリー王室とも密接な関係にあり、政略結婚を繰り返している家柄だ。
 その縁の者が何故、ここにいるのか。
「ああ、ここが第七騎兵隊の兵舎だ」
 相手が高名な貴族であっても、ミランドラの口調は変わらない。
「おお、やはり間違いなかったか。無礼な口の聞き方だが、まあ許そう。僕はテネア騎兵団に入るためにここに来たんだよ」
 ミネロの貴族の子息が、わざわざ他の町の騎兵団に入るなど聞いたことがない。一行がざわつく中、マーチルは門に近づく。
「待て。推薦書を持っているか」
 先程の門番が槍を構え進路に立ちはだかる。
「そんな物を僕が持っている訳がないだろう」
 と、呆れたような表情で両手を広げる。
「それでは受け付けることは出来ない」
「待て。ジョア家の子息のことはローノルド様から話を聞いている。通していい」
 ミランドラが言う。
「え、ですが、ミランドラ兵長殿」
「いいから通せ」
 分かりました、と門番の二人の女騎士は槍の構えを解く。
「ほう、君が隊長だったのかい。先程の無礼な口の聞き方といい、部下の態度といい、貴族に対する態度がなっていないけど見目は悪くない。君の美しさに免じて許そう」
 キザなマーチルの言動に、カチンときたラーナの顔が真っ赤になる。
「ちょっと、何なの貴方。偉っそうに。貴方こそ、隊長に対する態度がなっていないわ」
「ん、誰だい、お前は」
「ラーナ・レムよ。あなたと同じ。騎兵団の入団試験希望者よ」
「ほう、これは美しい。僕好みだよ。気に入った。僕の恋人にしてやってもいいよ」
「い、いきなり、何を言ってるの。あなたとは初対面なのよ。馬鹿じゃないの」
 ラーナは動揺する。
「マーチル様に何という口の聞き方だ。この無礼者が」
「今すぐ土下座せよ。さもなくば成敗致すぞ」
 従者だという、ジルとロハの二人が声を荒げる。
「何よ、あんた達、やる気」
 その時、ミランドラが、ドンと槍の柄で地面をついた。
「ここは、我が第七騎兵隊の兵営だ。勝手なことをするのは私が許さん」 
 鬼の様な形相の女騎士のあまりの迫力にジルとロハが怯む。
「マーチルとやら一つだけ言っておく。貴族だろうが何だろうが、そんな肩書は騎兵団では何の役にも立たん。テネアの民を守るため命を捨てることが出来るのか、マークフレアー様に忠誠を尽くすことが出来るのか、それだけが問われるのだ」
「ほう、僕に忠告かい。いいだろう。ならば僕も君に一つだけ忠告しておくよ。ジョア家に刃向かうと、どういうことになるのか。只では済まないよ」
 マーチルが冷たい視線を放つ。バチバチと二人の間に火花が散る。
「お前ら、入団試験もしていないのに何を熱くなってんだ。まずは入団試験に受かってからの話だぜ」
 ロラルドが間に入る。
「ああ。そのとおりだ」
 と、ミランドラはマーチルを睨んだまま頷く。
「誰だい、君は。勝手に話に割って入ってくるなんて、無礼じゃないかい」
「俺は第三騎兵隊隊長のロラルドさ。割って入らなきゃ、お前はこの場で倒れていたぜ」
「どういう意味だい」
 マーチルの顔色が変わる。
「今、言った通りさ。ミランドラの槍で土手っ腹に風穴が空いていたってことさ。決闘であれば、身分の違いは関係ないんだろう。騎兵隊長への無礼な態度は十分に決闘の理由になるぜ」
「フン。お前も中々無礼な男じゃないか。まあ、いいさ。僕は寛大な心の持ち主だ。決闘なら受けてやってもいいけど、来て早々に女騎士一人を斬っても、剣の錆になるだけだ。止めておくよ」
「ちょっと、あなたね」
 飛び掛からんばかりのラーナをロラルドが制す。
「お前に一つ聞きたいことがある」
「貴様の様な無礼者に答える必要は微塵もないけど、まあいいだろう。話してみなよ」
「お前はなぜ、テネア騎兵団に入ろうとしているのだ。高貴な貴族であれば何も騎士になる必要なんかないぜ。まして、ミネロ出身の貴族がなぜ、テネア騎兵団に入ろうとしているんだ」
 誰しもが疑問に思っていたことだった。この高慢な貴族の子息は何のためにテネア騎兵団に入ろうとしているのか。ローノルドは何故、この男を入団させようとしているのか。
「なぜだって。フフフ、僕がテネア騎兵団に入れば、マークフレアー様が喜ぶからに決まっているじゃないか。どうせ、テネア騎兵団にはろくな人材が居ないのだろう。それは君達を見て確信したよ。マークフレアー様もさぞやお困りだろう。そこでマウト流武術をマスターし、頭脳明晰な僕が入ってやることにしたのさ」
 ラーナは最早我慢出来ないといった表情だ。
「まあ、俺達がろくな奴かどうかはマークフレアー様が決めることだ。俺達がお前に反論することじゃないさ」
「ふん。君達とつまらない議論をして僕は疲れたよ。さっさと休みたい。早く兵営に案内してくれないか」
 明らかに苛ついているのが分かる。
「サンディ、ロアナ、案内してやれ」
「ハッ」
 ミランドラに従っていた副官の二人が前に出る。ミランドラよりも身長が高く茶髪ショートボブのサンディと、小柄な黒髪ショートボブのロアナだ。
「行くぞ。ついて来い」
 二人に連れられ、マーチルと従者二人が兵営の中に消えて行った。
「もう本当に頭に来るわ。騎兵団に入ったら、あんな人と一緒になるのかしら」
「まあ、そうなるな。騎士と言っても色々な考えの奴がいる。但し、さっき私が言った、テネアの民を守るため命を捨てることが出来るのか、マークフレアー様に忠誠を尽くせることが出来るのかというのは絶対的な価値観だ」
「素晴らしいわ。私も早く騎士になりたいな」
 ラーナが目を輝かせる。
「ところで、ロラルド、今晩付き合え。ボブの店で飲むぞ」
 ミランドラが声を掛ける。
「え、今日は駄目だ。約束がある」
「どうせ、馴染みの妓楼に行く約束だろうが。私に付き合え」
「いや、違うぜ」
「うるさい、絶対に来い。そうだ、ラーナ、君も一緒に来るか」
「え、良いのですか」
「ああ、勿論だとも。女騎士の人数は男に比べ、まだまだ少ない。君には是非、入団試験を頑張ってもらわねばならない。激励会をしてやろう」
「え、嬉しいです」
「フフ、今年は君の他に女性の志願者がもう一人いる。既に兵営に入っているのだ。彼女も一緒でも構わないか」
「え、私の他にも女性の志願者がいるんですか」
「ああ、君と同じ年だ。気もあうだろう」
「勿論です」
 どんな子だろう。ラーナの胸は期待で膨らむ。
「さあ、兵営に案內してやろう」
「はい」
 ラーナはロラルドの方を振り返る。
「ありがとう、ロラルド。此処まで連れてきてくれて。私、絶対に騎士になって見せるから」
「まあ、頑張れや」
 ロラルドは右手を軽く上げた。
「うん」
 アザーブから来た少女が、第七騎兵隊の兵営の中に消えて行くのをロラルド達は見送った。
「生意気な小娘でしたが、いなくなると何か寂しいですな」
 しみじみとベードが言う。
「まあな。よし、俺達も行くぞ。早く行かないと、サルフルムの爺さんから小言を云われる」
 ロラルド率いる第三騎兵隊は出発した。 
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