第12話 山賊ヨーヤムサン現る(1)

文字数 2,924文字

 嵐のマクネの森で行き倒れていた少年を助けてから2日たつ。
「様子はどう、ターナ」
 エリン・ドールが天幕に入ってきた。
「ああ、さっき意識が戻ったけど、ご覧の通り今は眠っているよ」
「そう。良かった」
「だけど油断は出来ねえぜ、体力をすっかり消耗しちまっている」
「そうね。体力を回復させなきゃね。何か欲しいものはある?ターナ」
「そうだな、ミルクが欲しい。それとパンだな。乾パンは駄目だ。柔らかい奴がいい」
「分かった。用意するわ」
 その時、お嬢、ターナ姉入るよ、と小麦色の肌をしたスレンダーな女が天幕の中に入ってきた。
 ルナだった。
 疾駆のルナという異名を持つ彼女は、一味で一番足が速い。しかも、長距離を駆け抜けることができるため、連絡役や斥候の役目を担うことが多い。
「お頭を連れてきたよ」
「そう、待っていたわ」
 青い目の人形のような女が振り返ると、ズシッズシッという足音が天幕の前で止まった。
 まるで大型の猛獣のような足音だ。

「入るぞ」
 腹の底に響き渡るような低い男の声がした。
「どうぞ」
 エリン・ドールが天幕の扉代わりの布を開けると、山の様に大きい男が立っていた。
 雄獅子のような風貌と、鋭い眼光、そして額の切創が只者でないことを示している。
 この男の名はヨーヤムサン。アジェンスト帝国領を縄張りとする山賊一味の頭目だ。
「この子に間違いないと思うけど、どうかしら」
 エリン・ドールが天幕の床に敷かれている寝袋の脇にしゃがみ込む。
 その隣にズイッと巨体をしゃがませると、ヨーヤムサンは寝袋の中を覗き込んだ。
 黒髪の少年が赤い髪の女に抱かれながら静かに横たわっていた。
「意識はさっき戻った。だけど、どこまで回復出来るかは分からないね」
とターナが言う。
「うむ」
 頷いてから、寝袋の中をもう一度ギロリと覗く。
 眠っている少年の長いまつ毛と涼しげな目元が印象的だった。かなりやつれてはいたが、それがかえって美男子ぶりを際立たせている。
 周りの者が何かあったのかと思うほど、長い時間、ヨーヤムサンは少年の顔をジッと見つめていた。
 やっと少年から視線を外す。
「ターナ、引き続き、こいつを暖めてやってくれ」
「ああ、分かってるよ。任せな。絶対に死なせはしないから」
 そういいながら少年を抱きしめる腕の力を強める。
「頼んだぞ」
「それと、こんなものを持っていたわ」
 絡みつく二匹の蛇が柄に彫られた剣を、エリン・ドールが差し出す。少年が持っていたものだ。
「厶ッ」
 剣を左手で受け取ったヨーヤムサンの顔色が変わる。
「こいつは、聖剣アルンハートだ」
「聖剣アルンハート?」
「ああ、テネア王家に代々伝わるものだ。魔を滅し、人々を闇から救うと言われる伝説の剣だ」
 何故、この少年がそんな剣を持っているのだろう。一同の疑問を余所に、ヨーヤムサンは剣を握ったたまま天幕の外に出る。
 エリン・ドール達が見守る中、剣を引き抜くと刀身から光がこぼれはじめ、段々と大きくなっていく。
「え」「何だい、これは」
 眩いばかりの光に女達が目を覆う。すると、さらに不思議なことに雨風が一瞬の内に止んでしまった。
 只の剣では無い。女達が驚きざわめくなか、エリン・ドールだけは、いつどおり冷静沈着で無感情な表情を変えない。
 ヨーヤムサンは、じっと剣をみつめていた。まるで懐かしむかのような眼差しだった。そして、その目に光るものがあったことに気付いた者はいない。
「俺が待っていた男だ」
「やっぱりね」
「うむ。礼を言うぞ。良くこの男だと気付いてくれた、エリン。良く見つけてくれた。ナナ。良くここまで蘇生してくれた。ターナ、マキ。お前達のお陰だ」
 女達は無言で頷く。
「悪霊の騎士に対抗出来る軍勢を整えなくてはならん。そして、それを指揮する男を育てなくてはならん」
「普通の人では駄目なのね」
「ああ、そのとおりだ。そいつが強いか弱いかということではない」
 悪霊の騎士と対峙する宿命を背負った者で無ければならないと言うことなのだろうか。
 頼んだぞ、そう言ってヨーヤムサンは天幕を去っていった。
 
 かなり長い間、眠っていたような気がする。
 心地良い暖かさに目が覚めた。
「こ、ここは」
「目が覚めたかい」
 気づくと、隻眼の赤い髪の女の胸に包みこまれていた。ああ、思い出した。俺はこの女性に助けられたんだ。
「動けそうか」と女に問いかけられ、ウッと起き上がろうとするが力が全く入らない。
「まだ駄目みたいだな。ところでお前の名前は何て言うんだ」
「ディーン、です」
 声を出すのすら辛く絞り出すように何とか答える。
「何処から来た」
「オリブラから・・・・・・です」
「オリブラ?」「はい」
「あたしの名前はターナだ。水は飲めるか」
 喉がカラカラだった。コクっと頷き起き上がろうとするが、やはり力が入らない。
「あたしが飲ませてやるから、そのまま寝てな」
 そう言いながら隻眼の女が上半身を起こす。
 その拍子に、ふくよかな胸の膨らみと胸に彫られた、今にも飛び立ちそうなほど精巧に彫られた蝶のタトゥーが見えた。
 アッと、驚きと恥ずかしさで呆然としていると女が水筒の飲み口をグイッと咥えるのが見えた。
 鋭い目がこちらを睨むように見つめている。黒い眼帯と相まって圧倒的な迫力だが、濃い茶色の瞳が美しい。
(え?)
 気付くと、柔らかな唇が自分の唇に重なっていた。
 うーうーと唸りながら訴えるが、女は唇を離さない。
 やっと離してくれたかと思うと、
「慌てずにゆっくり飲みな」
 そう言って再び水筒の水を口に含む。
 10回ほど水を飲ませてもらい、水分が体に染みるように伝わっていくのが分かる。
「食べることは出来そうか」
 コクっとディーンは頷く。空腹を通り越していた。
 女はパンの一片を右手で引きちぎると、ポイッと口の中に入れ、さらにミルクを一口含む。
 くちゃくちゃと噛み締めているのが見える。まさか、と思っていると唇が重なってきた。
「ん、んぐ」
「フフ、抵抗したくても体が動かないようだな。いいから大人しくしてな。何か食わないと体力が回復しないぜ」
 そういいながら、さらに深く口づけされる。
 見知らぬ女性からこんなことをされるとは、と衝撃を受けるものの、あまりの疲労のせいか、思考が追いつかない。
「いきなり沢山食うと胃が受け付けないからな。今日はこれくらいで止めといた方がいいだろう」 
 何か口にしたのは、いつ以来だろう。食物を口にしたことで人心地ついたのは確かだった。
 まるで、まだ夢を見ているようだった。ディーンは再び眠りにつく。
 次に目を覚ました時、違う女の胸の中にいた。ターナに比べるとかなり小柄な体格だが、鋭い目つきなど、どこか似ている。
 月桂樹のチョーカーネックレスが首筋に光っていた。
「起きたかい」
「あ、あなたは」
「あたしの名前はマキだ。まずは水を飲みな」
 今度は違う女性から口移しで水を与えられる。そして、ミルクに浸したパンも口移しで与えられた。
 抵抗しようにも、体が言うことを聞かない。かなり体力を消耗している。諦めて、マキと名乗る見知らぬ女に身を預けるしかない。
(俺は起き上がることが出来るようになるのだろうか)
 不安のなか、夢うつつのまま時が過ぎていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み