第13話 山賊ヨーヤムサン現る(2)

文字数 2,125文字

 どれくらい日が経ったのだろう。今日も寝袋の中で見知らぬ女に抱かれながらウトウトしている。
「入るわ」
 大きく見開かれた青い瞳。まるで人形のような造形美の若い女が天幕の中に入ってきた。かなり奇抜な髪型で、細かく編み込んだ青い髪を小分けに束にして腰まで伸ばしている。また、首筋と目元に蝶の刺青が掘られていた。
 そして、その隣に自分と同い年ほどの少年が心配そうにこちらを伺っているのが見えた。
「回復の具合はどう、マキ」
「ああ、大分回復してきている。峠は超えたはずだよ」
 寝袋のなかでディーンを抱いたままマキが答える。
「そう」
 女性と少年が近づいてくる。
 この二人は一体何者なのだろうか。
「あなた、ここがどこか分かるかしら」
 無表情の人形のような女に話しかけられる。
「はい」
「意識はしっかりしているようね。あたしの名前はエリン・ドールよ」
「僕の名前はアルジです」
 女性と少年はそう名乗った。
「あなたの名前はディーン、だったかしら」
「は、はい」
「ターナとマキに感謝なさいな、ディーン。あなたのこと、ずっと暖めてくれたのよ。それとナナにもね。あなたのことを見つけてくれたのは彼女よ。そこにいるんでしょ、ナナ」
「ヘヘ、バレた」
 そばかすの少女が天幕の中に入ってきた。隠れて中の様子を見ていたようだ。一体、何人の仲間がいるのだろうか。
「何だ、皆んな揃ってるじゃないか。ほら、お頭が来たよ」
 そう言って、身を屈めながら窮屈そうに入って来たのはターナだった。
 入ってくるなり、寝袋の中を覗き込む。
「大分、回復したな、顔色が良くなっている」
 隻眼の赤い髪の女を見て、ディーンの顔が赤くなる。寝袋の中でお互い裸で抱き合っていた相手だ。しかも、口移しで水や食事を与えられた。
 そして、今はマキという別の女性と裸のまま寝袋の中にいる。よく見ると、やはり、この二人は顔が似ている。
「そろそろ起きてみるかい」
 マキに促され、「はい」と上半身を起こしてみる。
 辺りを見渡すと、四人の女と一人の少年が自分を囲むように集まっていた。
「あなた達が僕を助けてくれたのですね。ありがとうございます」

「礼ならまだ早いぞ」
 ズンと腹の底に響き渡るような低い声がした。
 天幕の中に熊のように大きな男が入ってきた。
 顔中鬚だらけで、その目は異様に光り、そして額には大きな傷跡が残っている。
 がっしりとして山のようなに大きく、鋼のように堅固な体格だった。
 あまりに圧倒的な迫力に声が出ない。
「ターナ、マキ、良くやってくれた。礼を言う」
 天幕に入ってくるなり男はそう言った。
「あたしは体が大きいからね、寝袋の中で寝ていただけさ。でも、マキは小さい体で良くやったよ」
「最初はかなり冷えていたよ。まるで氷を抱いているようだったね」
 どうやら、この大男が一行のリーダーに間違いないようだ。皆から信頼されているところを見ると、見た目とは違い、優しさを持った人物なのかも知れないと少し安心する。
「お前がディーンだな」
「はい」
 睨むようにこちらを見る男の迫力は怯みそうになるくらい凄まじい。額にある切創が目に入る。
「どこから来た」
「オリブラです」
「オリブラか」
「はい」
「これから何処へ行こうとしていたのだ」
「テネアです」
「何の為だ」
「テネア騎兵団の入団試験を受けるためです」
 そうか、と男は頷く。
「あなたは一体」
「俺の名前はヨーヤムサンだ」
「ヨーヤムサン?」
 聞き慣れない名前だった。異人なのか。確かにここまで強靭な体格をした男を見たことがない。
「ありがとうございます。命を助けてくれて」
「フハハハ、礼を言われる筋合いはないぞ。俺の気分次第でどうとでもなる」
「え」
「俺達は山賊だ。気に要らなければ、いつでもお前をあの世に送ることだって出来るぞ」
 男がニヤリと笑う。背中がゾクッとする。助けてくれたのは、何か下心があってのことか。添い寝しているマキがギュッと体を押し当ててくる。
「そう、あんたは山賊の女に暖めてもらっていたのさ」
 妖艶な笑みを浮かべる。盗みが目的であれば、自分のことを助けるはずはない。まさか人攫いの類か。そういえば剣はどこにいった。聖剣アルンハートは何処へ。
「剣は、俺が持っていた剣は何処にある」
 この山賊達に盗られたのかもしれないと焦る。
「こいつのことか」
 ヨーヤムサンが剣を掲げる。柄に彫られた二匹の絡みつく蛇は聖剣アルンハートに間違いなかった。
「それだ、その剣だ」
 手を伸ばそうとするが体が動かない。
「せっかく回復したのに、また体力を失うよ、止めときな」
 身動きが取れないようマキが頬をくっつけながらギュッと抱きしめてくる。
「この剣は聖剣アルンハートだな」
「え」何故、この男がアルンハートの名を知っているのか。
「誰から預かってきた。お前の物ではないだろう」
「父さんからだ」
「父さん、か」
 気のせいか、ヨーヤムサンの声が少し沈んだようだった。
「父の名はトラル・ロードだな」
「な、何故、父さんの名前を知っている」
 この男は一体何者なのだ。頭が混乱してくる。
「フフ、意識が戻ってからあまり日も経ってはいない。余計なことは考えるな。体力を消耗するだけだぞ。だが一つ教えてやろう。トラルとは古い知り合いだ」
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