第57話 若き騎士達の誕生(1)
文字数 2,418文字
(テンペスト流は後の先。テンペスト流は後の先)
ラーナは目をつむり、ひたすら呪文のように心の中で唱えていた。
第七騎兵団兵営の中庭では、形披露の次の試験項目として、立ち合いによる武術の実技試験が行われようとしていた。
若者達が準備をしている。精神統一を図る者、素振りをする者、靴紐を締め直す者、準備の仕方は思い思いだが、皆緊張の面持ちだ。
ロアナより実技試験は選抜式で行う、と告げられた。形披露の成績が良かった、タブロ、ジミー、ライムトン、マーチル・ジョア、そしてディーンの五人が免除されたのである。サルフルムの判断のようだ。
しかし、免除されなかった受験者達から不満の声が上がることはなかった。それほど五人の形披露は圧倒的だったからである。
尤も端から実技試験での挽回を狙っていたラーナは全く気にしていない。
実技試験の相手は申告した武術の種類により決められており、剣を選んだラーナの相手はロハとなった。マーチル・ジョアに付き従う少年の一人である。
相手がラーナであると告げられたとき、垂れ目の少年はニヤリと笑った。形披露のときのラーナは傍目から見ても分かるほどガチガチに緊張しており、全くと言っていいほど良いところが無かった。
それを見ていたロハは、これは楽勝だと思ったのである。もう一人のマーチルの従者であるジルが羨ましがったほどだ。
ロアナが立合者が書かれた名簿を右手に持ち、会場の真ん中に立つ。
「只今より実技試験を始める。今から名を呼び上げるので、呼び上げれた者は前に出よ。ラーナ・レム、ロハ・ガブ」
「はい」「ハッ」
中庭の中央でお互いに模擬刀を構える。
「両者、剣での立ち合いとすることでよいか」
「はい」「ハッ」
「では、禁止事項を申し伝える。頭部、顔面への斬撃は寸止めとする。但し、喉元への突きは寸止めも含めて禁止とする。良いか」
「はい」「承知」
自信満々でロハが剣を構えている。しかし、対戦相手であるロハの姿が全く目に入っていないかのようにラーナは辺りを静かに見渡す。
向かい側には、サルフルム、ローノルド、ランビエルが座っているのが見えた。
先程の形披露の時は、騎兵団幹部の人達に見られているという気持ちが緊張感を与えていたが、今はゆっくりと見渡すことができる。
ロラルドが頬杖をつきながら、こちらを眺めていた。
(さっきはロラルドが見ていることすら気付かなかったんだ)普段の風景を見ているような感覚に、心が落ち着く。
ふと、ロラルドと目が合う。いや、向こうが合わせてきたのか。飄々とした表情はそのままだったが、思いっきりやりな、そう言っている気がした。
(見ていてロラルド、わたしやるわ)
ギュッと模擬刀を握りしめる。
落ち着いているようだな。ラーナの様子にロアナはホッとする。
「双方、準備はよいか」
「はい」「オオ、いつでも承知」
「では始め」とロアナは合図した。
すぐにロハが余裕綽々の様子で間合いを詰めてくる。
「マーチル様直伝のマウト流剣術だ。お前に受けることが出来るかな」ラーナのことをすっかり舐めきっている。
「ラーナは大丈夫なのか」
形披露では地に足が全く着いていなかったラーナのことをミランドラが心配する。
「ああ心配いらない。テンペスト流剣術の真髄を少しだが思い出したようだ」
ロラルドの答えに、そうか、とミランドラは少女と少年の立ち合いに再び目を向ける。
(大丈夫、あんなに修練したんだもの)
自然体で模擬刀を構えられているのが自分でも分かる。
さっき兵営の外から流れてきた天使のように美しい歌声を聞いてからというもの、ラーナは集中することが出来るようになっていた。
(何て美しい声なの。優しく心に染みてくるようだわ)
ゆっくりと目を閉じ歌に聴き入る。あれから、頭の中が澄み渡り、余計な思考が一掃されたような気がする。
(テンペスト流は後の先。テンペスト流は後の先)
剣を構えながら、ひたすら同じ言葉を繰り返し呟く。
「何をぶつくさいっている。来ないのなら、こちらから参るぞ」
イヤーとロハが模擬刀を振るった。カーンという乾いた音が響き渡る。ラーナが斬撃を剣で受けとめたのだ。
「ふん。まだまだだぞ」とロハは連続攻撃を繰り出すが、ラーナは靭やかなに全て受け流す。
どういうことだ、とロハの顔色が変わる。次々と繰り出す突き、斬撃が、全て受け流されてしまう。
「く、小癪な」
「おい、すげえじゃねえか、ラーナのやつ」と、立ち合いを見ていたタブロが驚きの声を上げる。
「あれがテンペスト流剣術か。あの受けさえあれば負けることはないぞ」と、ライムトンが目を見張る。
「ラーナのやつ、何か吹っ切れたようさ」と、ジミーがいう。
「何をしているんだい。そんな体たらくな剣を教えたつもりはないよ」
一方のロハは、苛ついた様子のマーチルから叱咤されていた。
「ハッ、申し訳ありません、マーチル様」と、謝る表情が見る見る青ざめていく。
おかしい、こんなはずでない。斬撃の速さが足りないのか。
「おい、今は試験中だ。私語は慎め」
ロアナに注意され、マーチルはチッと舌打ちした。
(相手の息遣いが分かるわ。いつどんな攻撃を繰り出そうとしているのか、手に取るように分かる)
ラーナの集中力は極限にまで達しようとしていた。相手が焦っていることが分かる。
「くそ、これならばどうだ」
このままではマーチル様に叱責されてしまう、と余裕を失くしたロハが、実技試験で禁止されている、喉元への突きを繰り出してきた。
「ム」と、サルフルムが身を乗り出す。
危険を察知したロアナが制止させるべく、咄嗟に「止めよ!」と叫ぶがロハの突きは止まらない。
一同がアッと思った瞬間、ラーナの模擬刀が下からロハの模擬刀を擦りあげていた。クルクルと空中で回転してから、ロハの模擬刀がカランと地面に落ちる。
気付くと、ラーナの剣先がロハの喉元に突きつけられていた。
「う、うぐ」
勝負ありだった。
ラーナは目をつむり、ひたすら呪文のように心の中で唱えていた。
第七騎兵団兵営の中庭では、形披露の次の試験項目として、立ち合いによる武術の実技試験が行われようとしていた。
若者達が準備をしている。精神統一を図る者、素振りをする者、靴紐を締め直す者、準備の仕方は思い思いだが、皆緊張の面持ちだ。
ロアナより実技試験は選抜式で行う、と告げられた。形披露の成績が良かった、タブロ、ジミー、ライムトン、マーチル・ジョア、そしてディーンの五人が免除されたのである。サルフルムの判断のようだ。
しかし、免除されなかった受験者達から不満の声が上がることはなかった。それほど五人の形披露は圧倒的だったからである。
尤も端から実技試験での挽回を狙っていたラーナは全く気にしていない。
実技試験の相手は申告した武術の種類により決められており、剣を選んだラーナの相手はロハとなった。マーチル・ジョアに付き従う少年の一人である。
相手がラーナであると告げられたとき、垂れ目の少年はニヤリと笑った。形披露のときのラーナは傍目から見ても分かるほどガチガチに緊張しており、全くと言っていいほど良いところが無かった。
それを見ていたロハは、これは楽勝だと思ったのである。もう一人のマーチルの従者であるジルが羨ましがったほどだ。
ロアナが立合者が書かれた名簿を右手に持ち、会場の真ん中に立つ。
「只今より実技試験を始める。今から名を呼び上げるので、呼び上げれた者は前に出よ。ラーナ・レム、ロハ・ガブ」
「はい」「ハッ」
中庭の中央でお互いに模擬刀を構える。
「両者、剣での立ち合いとすることでよいか」
「はい」「ハッ」
「では、禁止事項を申し伝える。頭部、顔面への斬撃は寸止めとする。但し、喉元への突きは寸止めも含めて禁止とする。良いか」
「はい」「承知」
自信満々でロハが剣を構えている。しかし、対戦相手であるロハの姿が全く目に入っていないかのようにラーナは辺りを静かに見渡す。
向かい側には、サルフルム、ローノルド、ランビエルが座っているのが見えた。
先程の形披露の時は、騎兵団幹部の人達に見られているという気持ちが緊張感を与えていたが、今はゆっくりと見渡すことができる。
ロラルドが頬杖をつきながら、こちらを眺めていた。
(さっきはロラルドが見ていることすら気付かなかったんだ)普段の風景を見ているような感覚に、心が落ち着く。
ふと、ロラルドと目が合う。いや、向こうが合わせてきたのか。飄々とした表情はそのままだったが、思いっきりやりな、そう言っている気がした。
(見ていてロラルド、わたしやるわ)
ギュッと模擬刀を握りしめる。
落ち着いているようだな。ラーナの様子にロアナはホッとする。
「双方、準備はよいか」
「はい」「オオ、いつでも承知」
「では始め」とロアナは合図した。
すぐにロハが余裕綽々の様子で間合いを詰めてくる。
「マーチル様直伝のマウト流剣術だ。お前に受けることが出来るかな」ラーナのことをすっかり舐めきっている。
「ラーナは大丈夫なのか」
形披露では地に足が全く着いていなかったラーナのことをミランドラが心配する。
「ああ心配いらない。テンペスト流剣術の真髄を少しだが思い出したようだ」
ロラルドの答えに、そうか、とミランドラは少女と少年の立ち合いに再び目を向ける。
(大丈夫、あんなに修練したんだもの)
自然体で模擬刀を構えられているのが自分でも分かる。
さっき兵営の外から流れてきた天使のように美しい歌声を聞いてからというもの、ラーナは集中することが出来るようになっていた。
(何て美しい声なの。優しく心に染みてくるようだわ)
ゆっくりと目を閉じ歌に聴き入る。あれから、頭の中が澄み渡り、余計な思考が一掃されたような気がする。
(テンペスト流は後の先。テンペスト流は後の先)
剣を構えながら、ひたすら同じ言葉を繰り返し呟く。
「何をぶつくさいっている。来ないのなら、こちらから参るぞ」
イヤーとロハが模擬刀を振るった。カーンという乾いた音が響き渡る。ラーナが斬撃を剣で受けとめたのだ。
「ふん。まだまだだぞ」とロハは連続攻撃を繰り出すが、ラーナは靭やかなに全て受け流す。
どういうことだ、とロハの顔色が変わる。次々と繰り出す突き、斬撃が、全て受け流されてしまう。
「く、小癪な」
「おい、すげえじゃねえか、ラーナのやつ」と、立ち合いを見ていたタブロが驚きの声を上げる。
「あれがテンペスト流剣術か。あの受けさえあれば負けることはないぞ」と、ライムトンが目を見張る。
「ラーナのやつ、何か吹っ切れたようさ」と、ジミーがいう。
「何をしているんだい。そんな体たらくな剣を教えたつもりはないよ」
一方のロハは、苛ついた様子のマーチルから叱咤されていた。
「ハッ、申し訳ありません、マーチル様」と、謝る表情が見る見る青ざめていく。
おかしい、こんなはずでない。斬撃の速さが足りないのか。
「おい、今は試験中だ。私語は慎め」
ロアナに注意され、マーチルはチッと舌打ちした。
(相手の息遣いが分かるわ。いつどんな攻撃を繰り出そうとしているのか、手に取るように分かる)
ラーナの集中力は極限にまで達しようとしていた。相手が焦っていることが分かる。
「くそ、これならばどうだ」
このままではマーチル様に叱責されてしまう、と余裕を失くしたロハが、実技試験で禁止されている、喉元への突きを繰り出してきた。
「ム」と、サルフルムが身を乗り出す。
危険を察知したロアナが制止させるべく、咄嗟に「止めよ!」と叫ぶがロハの突きは止まらない。
一同がアッと思った瞬間、ラーナの模擬刀が下からロハの模擬刀を擦りあげていた。クルクルと空中で回転してから、ロハの模擬刀がカランと地面に落ちる。
気付くと、ラーナの剣先がロハの喉元に突きつけられていた。
「う、うぐ」
勝負ありだった。