第73話 盗賊騎士団ドラングルと悪徳の町(2)

文字数 2,903文字

「何故、こんな危険な任務を背負う。栄進のためか、それとも陛下の為だというのか」
「コーネリアン、私は栄進など考えたことはないよ」「何だと」
「それと、陛下の為でもない。いや、それは語弊があるかな。陛下に命がけで尽くすことに偽りはないよ。だけど、私が一番に思っているのは、ピネリーの民の為に尽くすことだ。そのために命を捧げることに、なんの躊躇いも無いつもりだよ」
 なんという愚か者だろう。陛下や貴族あっての民ではないか。なのに、何故、民の為に命を尽くさねばならぬのだ。百歩譲って、自分自身の出世の為に陛下を蔑ろにするというのなら、まだ理解できるが、この男は一体何を考えているのか。
「コーネリアン、君に頼みがある」
 唐突な問いかけに、何だいと答える。
「ソサイ家のアルファンヌのことは知っているだろう」
 ああ知っていると答えたが、彼女の名前が出たことに内心穏やかではない。
「私は彼女と結婚することが決まっているんだ」
 一瞬、時間が止まった。
「実は君が彼女と幼馴染だということも知っている。彼女が教えてくれた。だから君に頼みたい。もし私がこの戦場で死んだら彼女に伝えて欲しい。先に神様に召された私のことを想って哀しまないで欲しいと。君には最良の人生を送って欲しいと。殿を受け持った以上、正直、生きて帰れるとは思ってはいない。だから彼女に伝えてほしいんだ」
 何故だ、アルファンヌが待っているというのなら尚更、なぜ自分を犠牲にしようとする。いや、それよりも何故アルファンヌと結婚することになっているのだ。この誠実に満ち溢れた男が嘘をつくような人間ではないことは良く知っている。
 頭が混乱したまま、どう返事をしたのかさえ覚えていない。次に気が付いたのは、満身創痍のルーマニデアがアヨーテス城に帰還した時だった。
 ルーマニデア率いる軍勢は、配下の鬼のサルフルムと異名を取る勇猛果敢な騎士を中心に追撃する敵を見事に食い止めたのだ。
 だが、ルーマニデアの額からは血が滴り落ち、片足、片腕の鎧は無く、兜の半分は歪んでいた。そして背中には二本の矢が刺さっていた。満身創痍である。

 その後、傷が癒え、エメラルドに帰還したルーマニデアはアルファンヌと結婚した。
 聞けば二人はルエル教を厚く信仰しており、祈りを捧げに訪れていた教会で顔見知りになったのだという。
 いつしか二人は恋に落ち、ルーマニデアは彼女に求婚、アルファンヌは承諾した。
 また、彼女の父、ソサイ家当主リーベルもルーマニデアの人柄を評価し、結婚を許したという話は後で聞いた。
 まるで最愛の恋人を取られたかのように強い嫉妬心に駆られたコーネリアンは悶え苦しんだ。自分の想いを伝えられぬまま時は過ぎ去り、気付いたときには最愛の女性は違う男の妻となっていた。
(なぜだ、アルファンヌ、なぜ君はあんな男と一緒になったのだ)
 失意のコーネリアンは、親が勧めるエメラルドの有力貴族アルン家の令嬢と結婚した。
 それから2年の月日が流れ、ローラル平原に侵攻したアジェンスト帝国に対抗すべくピネリー王国はヤビンスキー・ホォール将軍率いる三万の大軍で進撃する。
 中亜長に昇格したルーマニデアとコーネリアンも五千の兵を率いて参加していた。
 その中でルーマニデア率いる軍勢は最前線に立ち勇猛果敢に戦った。また、コーネリアン率いる軍勢も負けずと戦った。
 結果、ピネリー王国はアジェンスト帝国をローラル平原から撤退させることに成功する。そして、ピネリー王国領となったテネアは、ルーマニデアが地方長官として治めることとなった。
 自ら希望したのだという。ライバルはアルファンヌと幼い女の子を連れてテネアに移住した。更には騎士学校の師ローノルドとオーバル神父夫妻もテネアに同行したと聞いた。
 初めは何とも思わなかったが、青年将校としてミロノ王国との戦線に立ち続ける内に、虚しさを感じるようになった。愛しの女性も遥か遠くへと行ってしまった。
(私は何の為に戦い続けているのか)
 いつしか、コーネリアンは酒と女に溺れ自堕落な生活を送るようになった。主人の愚行を諌めようとする家臣は全て遠ざけ、回りには姦臣達しかいなくなった。邸宅に女や楽団を招き、朝から浴びるほど酒を飲み、手当たり次第に女を抱いた。
 何度叱責しても態度を改めない嫡男を、ユラシル家当主である父は遂に見限った。妻は子供を連れてアルン家に戻って行った。
 ふと気づくと、周りには誰もいなくなっていた。これまで築き上げてきた名誉と栄光はあっと言う間に崩れ去った。
(私は何の為に戦い続けてきたのか)
 かつて、ルーマニデアが言った言葉を思い出す。
(私が一番に思っているのは、ピネリーの民の為に尽くすことだ。そのために命を捧げることに、なんの躊躇いも無いつもりだ)
 民の為に命をかけるなど、何と愚かな信念だと改めて思う。しかし、心の奥底から湧いてくるこの怒りは何だ。
 そうか、俺は王に成りたかったのか。奴はローラル平原の片田舎とはいえ一国の主となった。王と言っていい存在だ。そればかりか、アルファンヌを奪い去っていった。
(許せん)
 いつしかエメラルドでコーネリアンの姿を見たという者はいなくなった。
 彼はドラングルと名乗り、ローラル平原で盗賊団を結成した。本拠地とした、ノーマル山脈の麓にある町パキルはかつて家臣であったサンドルが地方長官をしていた。
 サンドルは金に執着する狡猾な男だった。彼はパキルで採掘される金に目を付け、エメラルド王室に取り入り地方長官になったのだ。
 金が採掘される土地として有名になったパキルには一攫千金を夢見る人々が集まり、町には歓楽街が発展し、無法者と娼婦で溢れかえった。
 サンドルは彼らに採掘の許可を与える代わりに許可料をせしめた。金さえ払えば誰でも採掘の許可が与えられると同時に市民権を得ることが出来た。
 みるみる治安は悪化した。しかし、盗みや殺人を犯しても金次第で守備軍は目を瞑る。
 エメラルドではパキルの状況を問題視する者もいたが、サンドルは金を王室に送ることで自身の保身を図った。
 パキルは犯罪と賄賂が横行する無法地帯と化した。
 サンドルは、パキルで採掘される金の流通を図ろうと画策したが、ローラル平原においてランビエルの影響力は大きく、彼の承認無くしてあらゆる品々の流通は不可能に近く、流通させるためには彼に手数料を払う必要があった。
(奴をどうにかしたいものよ)
 目の上のたん瘤であるランビエルを排除出来ないものか。思案に明け暮れていた時に、ドラングルことコーネリアンがパキルにやってきた。
(コーネリアン様はルーマニデアをかなり憎んでいるようだ。これはいい)
 サンドルはニヤッと笑う。
「コーネリアン様、このパキルではお好きなようにお過ごしください。このサンドルがいる限り逆らう者は誰もおりません」
「俺はもはやコーネリアンではない。ユラシル家とは既に縁を切っている。二度とその名で呼ぶな」
「これは失礼致しました。それでは改めてドラングル様。このパキルではご自由にお過ごしください」
 サンドルはドラングル一味を匿うことを約束した。
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