第63話 ランビエル邸での密会(2)

文字数 2,330文字

「はい。マークフレアー様には当然お伝えしております。サルフルム様も御存知のことでしょう。ですが、私如きの話をどこまでお信じになられるかはご判断にお悩みになることでしょう。ご心中お察しいたします」
 そこまで分かっているのならば、ランビエルの目的は何なのだ。まさか、本当にテネア騎兵団の撹乱を狙っているのか。
「先日、奇妙な男と剣を交えませんでしたか」
 誰のこといっているのかは、すぐに分かった。オーベルと名乗る邪悪な男に違いない。あのときはかなりの騒ぎになった。サルフルムがすぐに騎兵隊長達に招集をかけたほどだ。
 目撃者も多く、またタシー川にバラルが変死体として上がったことにより、色々な憶測を呼んでいた。
 真しとやかに、尾ひれが付いた噂話が町の人々の間を駆け巡り、若い女ばかりを襲う殺人鬼が町に潜んでいるという話になった。
 井戸端、居酒屋でも殺人鬼の話で持ちきりだった。
 そして、二十一年前の惨劇を知る人達は、まさかあの男が蘇ったのではないかと不安を募らせていた。
「もしかして、先日、城下に現れた曲者のことですか」
「はい、サルフルム様より、中々の剣の手練であるから気を付けるようにとのお達しを頂いております」
 ここは嘘をついても仕方ないだろう。
「ええ、実はあの夜、その曲者と交戦したのは私とミランドラなのです」
「やはりそうでしたか」
 あの時、邪悪な気を纏っているオーベルと名乗る謎の男とその配下であるバラルの二人は、ランビエルの屋敷に商談に行く途中だと、言い繕いをしていた。
 商談というのは嘘だろうが、ランビエルに用があったのは事実ではないだろうか。
 あの時、遭遇したのはこの屋敷の前である。
「副司令の申しますとおり、かなりの手練でした。その上取り逃がしてしまったのですから、面目次第もありません」
「いえ、ロラルド隊長、ミランドラ隊長といえば、騎兵団で一二を争う武術の腕前。そのお二人をもってしても捕えることが出来ないとは、その曲者、余程の腕を持っているのでしょう」
「はい、それはそのとおりなのですが、町の皆を不安にさせているのですから、自分の未熟さを恥じるばかりです」
 それはロラルドの本心だった。
「確かに、かなりの腕前を持つ不審者が町に潜んでいるとすれば、治安上、不安ではありますね」
「面目次第もないとは正にこのことです」
 きちんと整えられた白髪と髭、優しそうな眼差し。品の良い物腰のこの老紳士は一体何を言わんとしているのか。
「正体を知りたいとは思いませんか」
「?」オーべルを、悪霊の騎士の一派と思われるあの男のことを知っているというのか。
「今から、ある方をご紹介させていただきますが、その前に一つだけお約束して頂きたいのです」
「何でしょう」
「その方のことは、どうかご内密にして頂きたいのです。マークフレアー様にもです」
 まさか、オーベルに繋がる仲間を紹介しようというのではあるまいか。緊張感が走る。
「私も一つお約束いたしましょう。その方はテネアの平和に取って非常に大事な方です。決してマークフレアー様に背くものではありません。誓ってそれは間違いございません。ただ、故あって今は表に出るのが憚られる方なのです」
 ランビエルのことをどこまで信用出来るのかということだった。何を考えているのか分からず、油断のならない老紳士だが、邪悪な雰囲気は感じられない。
 オーべルとは何者なのか知ってみたかった。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ、とロラルドは覚悟を決めた。
「分かりました。約束しましょう」
「おお、有難うございます。ロラルド兵長様」
 そう言う老紳士は心から安心したような表情を見せた。
「それでは早速ご紹介いたしましょう」
 後ろに控えていた男の召使に目配せすると、召使いは退室した。その方という人物を呼びに行ったのだろう。
 暫し無言で待った。
 急に背中がザワッとした。扉の向こう側から並々ならぬ圧迫感を感じる。剣の柄に手を掛け、じっと息を潜めながら登場を待つ。オーベルから受けたものとは違うが、これまで経験したことのない圧力だ。
 扉が開き、どうぞこちらへと召使が入室を誘う声がした。
「入るぞ」
 地の底から湧き上がってくるように低く響き渡る声がした。
 目の前に見上げるような髭面の大男が立っていた。
 遠い南の異国に立派な鬣を持つ百獣の王と呼ばれる猛獣がいるという。正にその形容がふさわしい男だ。
 さすがのロラルドも目を大きく見開く。その男の額には大きな切創があった。
 男がニヤリと笑う。
「お前がロラルドか」
「ああ、そうだ」
 ロラルドはギロリと睨みながら答える。
「フハハハ!この俺様を見て怖じ気づかないとは大した度胸だ」
「俺の心臓には毛が生えてるみたいなんでね。これ位じゃ驚かんさ」
「フハハハ!中々の男だ、貴様」
 男は大声で笑った。
「まずは名乗ったらどうだ。名前も知らない奴と話は出来んぜ」
 男がギロっと睨む。あまりの迫力に背中を冷や汗が伝う。
「フッフッフ、俺の名はヨーヤムサンだ」
「ヨーヤムサン?」
 異国の人物なのか。聞き慣れない名前だった。
「フッフ、俺は山賊だ。アジェンスト帝国で俺の名を知らぬ者はいない」
 目の前の男に山賊と名乗られて疑う者はいないだろう。しかし、何故、異国の山賊がランビエルと知り合いなのか全く見当がつかない。
 しかもヨーヤムサンと名乗る山賊の方が、ローラル平原の影の王と呼ばれる、稀代の大商人より立場が上のようだ。
「山賊様が俺に一体何の用だ」
「アジェンスト帝国で軍人相手に俺様が用があると言えば、皆震え上がる」
「何故だ」
「フッフ、俺様が帝国で何と呼ばれているか、教えてやろう」
 フフフとヨーヤムサンが笑う。
「軍隊殺しの山賊と呼ばれている」
「!?」
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