第43話 少年の復活(5)

文字数 2,594文字

「エッ」ドキッとするマリの様子にルナは確信する。
「姉貴達がお前を怪しんでいる。もし会っているのなら、すぐに別れろ」
「ルナ、聞いて。あたし考えたの。ハロカを仲間にすればいいんじゃないかって。それはハロカが言い出したことなの」
「何考えているんだ、マリ。そんなことしたら、やばいぞ。もしかしたら、半殺しにされちまうかもしれないよ。いや殺されるかもしれない」
 仰天するルナをよそにマリは話を続ける。
「大丈夫よ。だって、前にターナの姉貴が連れてきた子が仲間にいたじゃない」
「ケンのことを言っているのか。確かにそうだけど、あいつの場合は姉貴の仲間の弟だったんだ。ハロカとは事情が違うよ」
 ケンとは、仲間を助けるため、アルフロルドの守備兵に立ち向かい、殺された女性のたった一人の弟だった。
 ターナ自身、そのときに左目を失明し、仲間と散り散りになっていたこともあり、ケンの消息はしばらく分からなかった。  
 エリン・ドールの一味となってからも、ターナはケンの消息をずっと捜していた。仲間を救うため命を散らした彼女に報いるため、ケンを放おっておくことが出来なかったのだ。
 そんなある日、偶然、小麦の卸問屋で小間使をしていることが分かり、ターナはすぐにケンを連れ出した。僅かな食事しか与えられなかったらしい。ケンはかなりやせ細っていた。
 ケンは暫く一味で雑用をしながら過ごしていたが、病で死んでしまった。ろくに栄養を取っていなかったことが原因だった。
 もう少し早く見つけてやっていればと、ターナが嘆き悲しんでいたのが印象に残っている。
「同じよ、ケンはいい奴だったけど、ハロカもいい奴なの」
「駄目だ、止めとけ」
 ルナは忠告したが、マリは聞く耳を持たなかった。そして、何とアジトにハロカを連れてきたのである。
 アジトは騒然となった。その時、エリン・ドールとターナは不在だったが、マキの指示でルナが急いで呼びに行った。疾駆のルナと異名を取る彼女は一味で一番足が速い。
「どういうことだ、マリ」
 マリはハロカと共にアジトの一室で地面に座らされ、怒髪天を衝く形相のマキから詰問を受けていた。
「ハロカと会ってたことは悪いと思っているよ。だけど、ハロカを仲間にするのならいいでしょ。ハロカは良い奴なんだ、きっとあたし達の役に立ってくれるよ」
「マリ、お前、何を言っているのか、分かっているのか」「分かっているよ」
 その時、エリン・ドールとターナが入ってきた。ルナもそのまま同席する。
(マリの奴、あれだけ言ってやったのに)と、心配すると共に怒りを覚える。
「マリ、お前、やっぱりハロカと会ってたのか」
 ターナが右目で睨む。隻眼で背の高い女から発せられる威圧はかなりの迫力だ。
「ごめんよ姉貴。でも、ハロカを仲間に入れてほしいんだ」
「黙れ、どの口が言っている。お前は、また仲間を危険な目に合わせているんだ。もう許すことは出来ないよ」
「ちよっと待って姉貴。だから、ハロカを仲間にすれば」「黙れ」
 マリはビクッと震える。ハロカは顔を真っ青にして俯いていた。女山賊達の、あまりの恐ろしさに声も出ない。
「あ、姉貴だって、ケンを連れてきて仲間にしたじゃないか、なぜ、ハロカは駄目なんだよ」
「あいつはあたし達を庇って死んだ仲間の弟だ。面倒を見る義務がある」
「それは姉貴の昔の仲間じゃないか。今の仲間とは関係ないじゃない」
「何だと、マリ。もう一度言ってみろ」
 ターナのショートボブの赤髪が逆立った。しかし、マリも睨み返している。一触即発の雰囲気に緊張感が走る。
「話は分かったわ。それで、あなたはどうしたいの、ハロカ。本当にあたし達の仲間になりたいのかしら」
 エリン・ドールが人形のように無感情な表情で聞く。
「ぼ、僕は」
 ハロカはすっかり縮み上がっている。
「ハロカ、ほら、入りたいって言って」
 マリが促す。
「マリ、あなたには聞いていないわ。あたしはハロカに聞いているの、どう、ハロカ」
「僕は、僕は」
「無理強いはしないわ、でも、あたし達のアジトに来てしまった以上、只で帰す訳にはいかないけど、命までは取らないから安心して」
 エッと、ハロカが声を上げる。どんなことをされるのかと不安が最高潮に達する。
「あたし達の仲間になりたいのなら、あたし達は拒むことはしないわ」
「お嬢、本気かよ」
 ターナが驚きの声を上げる。そうだった、エリン・ドールの信念は、来る者拒まず去る者追わずなのだ。
「だけど、あたし達の掟には従ってもらうわ。仲間を裏切ることは、どんな理由があっても許されない。それでもいいのね」
「いいよね、ハロカ、ねえ、いいよね」
とマリが必死に促す。
「それと、あたし達の仲間になったとしても、一人前になるまでには時間がかかるわ。それまではあなたを半人前として扱うから。辛い思いをするかもしれないけど構わない?」
「え」とマリが顔色を変えた。それを見て、ハロカは動揺した表情を見せる。
「え、え、エリン、待って」
「マリ、あなたには聞いていないわ。それと、あなたには仲間を危険な目に合わせた罰を受けてもらわなければならない」
「どんな罰でも受けるから、やっぱりハロカを仲間にするのは嫌」
「あなたの意志は聞いていないの、マリ。少し黙っていてくれる」
 人形のように無感情な表情が逆に恐ろしく、マリは声を発することが出来ない。
「な、仲間になります」とハロカが弱々しく言う。
「駄目だよ、ハロカ、仲間になっちゃ駄目」
 マリが叫ぶ。なぜ気づかなかったんだろう。ハロカが仲間になるということは、半人前扱いされるに決まっているじゃない。
 そうなれば、ハロカは皆の小間使として使われる。それは、皆の欲望を解消するために夜の相手をさせられるかも知れないということだ。
「いいのね、ハロカ」青い目の人形が念を押すと、「はい」と、ハロカは返事をした。それを聞いたマリは、アアと絶望の声を上げる。
「それとマリ。このアジトはもう使えないわ。あなたは仲間を危険な目に合わせた罰を負わなければならない」
「え」
「あなたには3ヶ月の間、ハロカと接することを禁じるわ」
 そうだった、確かにエリンは言っていた。
「もし、あなたが再び掟を破って、ハロカと会うようなことがあれば、あたしはあなたとハロカに取って残酷なことをしなければならなくなるけど、それでもいいの」
 あたしが自分で選んだんだ。マリは力無く項垂れる。
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