第77話 盗賊騎士団ドラングルと悪徳の町(6)

文字数 2,752文字

「お母様は大層、お美しい方だったようですね」
 ナダベルがそういった途端、時間が止まった。なぜ知っているという疑念より、11歳であった、あの時に戻った錯覚に囚われる。
「お母様はさぞやご苦労なされたのでしょう」
 そうだ、金が無いばかりに母は早死にしたのだ。
 ナダベルの憂いに満ちた黒い瞳が紅く光る。
 思い出した。あの忌まわしきことを。あの日から母は急に夜、伯爵家に行くことが多くなった。そして、朝方早くに家に戻ってくる。
 一体何をしに行っているのだろう。サンドルが尋ねると、病弱なコーネリアン様の看病に行っているのです、と母は話してくれた。
 その時はふーんと思っただけだったが、ある日、召使いの女達がお喋りするのが偶然耳に入った。
「ねえ最近の奥様、ことさらお綺麗になられたと思わない」
「そうそう、お化粧も念入りになったわ」
「フフ、あたし知っているのよ」「何を」
「ここだけの内緒の話よ。奥様、最近、夜に伯爵様のお屋敷にお出掛けになることが増えたでしょ」
「ええ、知っているわ。病弱なコーネリアン様のご看病に行かれているというお話でしょ」
「フフ、違うのよ。それは表向き、本当は伯爵様の夜の御伽をするために行かれているという話よ」
「ええ、本当なの」
「シッ、声が大きいわ。でも本当よ。だっておかしいじゃない。コーネリアン様は早くにお母様を失くされ、伯爵様も再婚されていないけど、沢山の召使いがいるのよ。わざわざ奥様が看病に行かれる必要はないわ」
「言われてみれば確かにそうね」
「伯爵様は奥様を失くされてから暫く経つわ。独り身で夜もお寂しいのよ。だから奥様がお慰めに行かれているのよ」
「でも、旦那様はご存じゃないのでしょう。バレたら大変じゃない」
「それよそれ。実は伯爵様から特別なお手当が出ているという話よ。背に腹は代えられないじゃない。旦那様も苦渋のご決断をされたのでしょうけど、ご納得しているはずよ」
 衝撃のあまり声が出なかった。幼きサンドルにも召使い達の会話の内容の意味は分かった。
 それから暫くして母は急逝した。日頃の苦労が一気に出たのだろうと、人々は語りあっていた。
 この時サンドルは理解した。世の中は金が全てなのだ。金を持つ者が勝者なのだ。
 金さえあれば母は死なずに済んだのだ。神が祝福を与えるのではない。金が祝福をもたらすのだ。
「金さえあれば、苦しさから逃れることが出来るのです。そうではありませんか、サンドル様」
 ナダベルが微笑む。
「お主の申す通りじゃ。分かったぞ。共闘の件、考えておこう」
「ハッ、有難うございます」

「気味の悪い男だったが只者じゃねえな。奴は何者だい、団長。ドラングルの旦那とも話をしていたのは知っているぜ」
 オラーがグイッと酒を飲む。相変わらず鼻の効く奴よ、どうせいつかは話さねばならんのだ。ならば今話すか、そう思った時、
「今夜もつまらないねえ」
 不機嫌そうな表情で、180センチは超えているであろう背の高い女騎士が来た。
 パキル騎兵団唯一の女騎士ランダだ。男でも勝てる者はそうはいないと称せれる剣の腕で騎兵団の中でも一目置かれる存在である。武術の実力は、オラーに継ぐといっていい。
 歳は30代半ばくらいか。
「そういうな、お前も楽しんでおるじゃろうが」
 粗暴な性格のため、オラー同様、扱いに苦慮するところもあるが、第二騎兵隊350騎を率いるこの女の戦力は無下にできない。
「ふん、最近は宴ばかりで全然滾らないんだよ。男で欲求を解消するのは飽きたよ」
 ランダの後ろに二人、容姿の整った若い男が控えていた。
「男の趣味が悪いからじゃねえか。俺だったら熱くさせてやるぜ。グワッハハハ」
 両脇の女の腰をグッと抱き寄せながらオラーが豪快に笑う。
「ケッ、御免だね。お前みたいな野蛮な野郎は虫酸が走るよ」
 ペッとランダは唾を吐く。
「まあ、そういうなよ、ちょいと面白いことになるかも知れねえぜ」
 ニヤッとオラーはサンドルを見る。
 先程の話の続きをしろという合図だ。ランダもいる。丁度いい機会だ。
「お前達、少し席を外しなさい」
 女達を遠ざける。
「ふん、改まって何の話だい」
 ランダがドカッと向かいの席に足を組みながら座る。
「先程、わしを訪問した男がいる。アジェンスト帝国からの密使だ」
 オラーとランダの表情が変わる。
「帝国が何の用だってんだい」
「奴らは大軍でローラル平原に進軍するという話じゃ。そして我らに共闘を持ち掛けてきた」
 二人にとってもこの話は青天の霹靂だった。これまでアジェンスト帝国と戦うことはあっても共闘など考えられない相手だった。
「ケッ、騙されてるんじゃないよ、サンドル。奴らの駒にされちまうのが落ちさ」
 ランダがペッと唾を吐く。
「いや、面白え話じゃねえか、ランダ。ローラル平原の町々を好きに攻めても良いってことだろ」
 オラーが不敵な笑みを浮かべる。
「馬鹿か、あんたは。あたしは反対だね」
「まあまあ、二人共わしの話を最後まで聞かんか。確かにアジェンスト帝国の策略の恐れはある。しかし、上手く立ち回れば、ランビエルに代わりローラル平原を牛耳ることが出来るチャンスでもある」
「どういうことだい」
 ランダが鋭い目つきで睨む。
「テネアは我らの好きにして良いと言っておる。ただし、テネアを攻めるのは我らがせねばならん」
「はん!サンドル様ともあろう御方がそんな言葉を信用するのかい。相手はアジェンスト帝国なんだよ。体よくテネアを占領したあかつきには、あたし達を裏切るに決まっているだろうが」
 ランダがペッと唾を吐く。
「我らには金がある。皇帝に金を献上さえすれば我らに手はださんはずじゃ」
「ケッ、法外な要求をされるに決まっているだろうが。むしり取られて終わりだよ」
「ランダよ。わしを誰だと思っておる。パキルをここまで富ましたのはこのわしじゃぞ。エメラルドの下級貴族から、誰の力も借りず、一人でここまでのし上がったのはわしじゃ」
 サンドルの目が光る。
「ああ、確かに金儲けに関して、団長に勝る奴はいねえな」
 オラーがニヤッと笑い。フン、とランダは酒を呷る。
 金儲けに関する嗅覚の鋭さと交渉の巧みさにおいて、サンドルの右に出る者はいないことは二人共知っている。
「今だってエメラルドやミネロに多額の金を送っておる。相手がアジェンスト帝国に代わるだけの話じゃ。しかも、ランビエルを無き者にすることが出来るとなれば、帝国と手を組む方がメリットはある」
 サンドルは帝国を出し抜く自信があった。この世で一番強いのは国王でも帝王でもない。金だ。金の前に膝まづかぬ者などいないのだ。
 だが、一番の障害はランビエルの存在だ。
 見ておれランビエル、お前に代わってローラル平原の影の王者となるのはわしじゃ。
 サンドルは意を新たにした。
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