第64話 ランビエル邸での密会(3)

文字数 2,180文字

 ヨーヤムサンの顔中の血管は浮き上がり、その目は鋭い眼光を放っている。今にもロラルドを飲み込まんばかりの迫力に、死という文字が頭をよぎったほどだ。
「俺様は相手が軍隊であろうが気に入らない奴らには容赦はしねい。皆殺しにすることも珍しくはない。だが、今日はお前に別の用がある」
「別の用?」
「ランビエルから聞いていよう。帝国がローラル平原に攻めてくる。それも遠い未来ではない。今日明日の話だ」
 それが本当であればかなり切迫した話だが、素直に信用することなど出来る訳がない。
「フフ、ランビエルの言うことさえ半信半疑のお前達だ。まして俺の言うことなど信用するはずが無いのは分かっている」
 見透かされ無言で聞くしかない。
「だがお前達が信じようが信じまいが奴らはくるぞ」
 ヨーヤムサンの目がギラッと燃えたぎった。
「俺に何をしろというのだ」
 まずは話を聞くしかない。
「ほう冷静だな。大抵の者は俺にビビって話をまともに聞くこともできん。或いは頭ごなしに俺の話を否定し聞こうともしない。そのどちらかだ」
 分かるような気がする。
「俺の話は一つだけだ。お前と手を組みたい。それも内密にだ」
「どういうことだ」
「いずれ、マークフレアーとも手を組まねばならん。だが、さっきも言ったとおり俺のいうことなど信用はしないだろう。ましてローノルド、サルフルムに至っては俺を警戒し、亡き者にしようとするかもしれん。だがお前の言うことならば話は別だ」
「山賊のお前と組んで俺達にメリットがあるのか」
 ギロリとヨーヤムサンが睨む。
「フフ、俺の力が必ず必要になる。それは間違いない。現に俺達は、アジェンスト帝国軍の情報をお前達より先に掴むことが出来る。それはいずれ近いうちに証明されよう」
「ふん。まあいいさ。だが俺のことを買いかぶり過ぎだぜ。俺はそんなに信用されている訳では無い」
「フフ謙遜するな。サルフルムがお前を後継者にしたいと考えていることは知っている」
 ランビエルからの情報に違いない。裏で組んでいたのは間違いない。何故だ。ヨーヤムサンとは一体何者なのだ。
「それにマークフレアー様も何もせずにいる訳ではない。以前から帝国軍の来襲に備えて準備はしてきている」
「フフ、まあ当然備えはしていよう。だが一つ教えてやる。今度帝国から来るのは、マルボード率いる三万の軍勢だぞ」
「三万」
 かなりの数だ。もしそれが本当ならば通常の備えでは足りない。さすがのロラルドも押し黙る。
「マルホードが率いているのは帝国軍第七騎兵軍だ。奴はこれまでに三度ローラル平原に来たことがある経験豊富な将だ」
「何故、お前が帝国軍の重要な情報を知っている。何故、俺達にその情報を教える」
「今は教えられん」
「はん、何を考えているのか、分からん奴と手を組めというか」
 都合のよさに怒りが生じる。
「フフ、確かにお前の言うとおりだ。では、悪霊の騎士を倒すために俺と手を組めというのではどうだ」
「?!」
 山賊がニヤッと笑う。しかし、その目は笑っていない。
「お前が奴の仲間とバルロシ橋で交戦したことは知っている」
 この男は何者なのだ。只の山賊ではないことは明らかであるが、一体どこまで知っているのか。
「奴らの名前も知っているぞ。奴の名はオーベル。四罪の騎士の一人だ。それと従者のバラル」
「四罪の騎士?」
「悪霊の騎士の腹心だ。奴はその一人、自ら疑心の騎士と名乗っている」
 四罪の騎士。そう言えばサルフルムが21年前に見たという邪悪な剣の使い手は、その一人かもしれないといっていたのを思い出す。しかし、この山賊はどうしてここまで悪霊の騎士について詳しいのだ。
 ただ一つわかったのは、この山賊が悪霊の騎士の仲間ではないということだ。
 恐ろしい風貌、圧倒的な威圧感を放ってはいるが、オーベルやバラルから感じた気配とは違う。
 尤もだからと言って、この男が聖人君子だとは思わない。その名の通り山賊という肩書がぴったり似合う男だ。
「そいつらは何者だ」
 と問いかける。
「ジュドー流剣術と呼ばれる悪魔の如き邪悪な剣の使い手達だ。その強さは身を持って良く分かっていよう」
「ジュドー流剣術」
 騎兵団入団試験のときに、サルフルムの前でディーンが言った剣術の名だった。それまでは、見たことも聞いたことも無い流派だったが、バルロシ橋のたもとでオーベル、バラルと交戦したときに感じた、あの邪悪な雰囲気は普通では無かった。
 特にもオーベルから放たれる負のオーラはバラルのそれを遥かに上回っていた。
 実際、オーベルと対峙したミランドラは斬られそうになった。
 果たして自分が対峙したとしても勝てるのか、分からない。それほどまでの強さだ。今まで対峙した中で一番強い相手といっていい。
 オーベルの従者であるバラルも相当な強さだった。ミランドラと二人掛かりでやっと倒すことができたほどだ。
 しかし、あのとき、そのオーベルと対等に剣を交わしていた謎の男がいた。黒頭巾を被っていたため素顔は見えなかったが、覗かせる両目を見ただけで容姿端麗なのが分かった。
 その時、カチャッとドアが開いた。
 容姿端麗な若い男が部屋の中に入ってきた。あまりの美しさに一瞬女なのではないか、と疑ってしまうほどだ。男はロラルドを見てニヤリと笑った。
「久しぶりだな旦那。あんときゃ惜しかったな。オーベルを取り逃がしちまった」
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