第58話 若き騎士達の誕生(2)

文字数 2,671文字

「止めよ」と、ロアナから終了を告げられ、ラーナは、ふうーと大きく溜息をつく。ロハがワナワナと打ち震えながら礼をしているのが記憶に残ったが、それ以外はどうやって自分の席に戻ったのかさえ覚えてはいない。
(テンペスト流は負けなかった)
「すごいじゃないか」
「良かったさ」
「ラーナも中々やるじゃねえか」
 皆が声を掛けてくれた。
「ありがとう。何とか自分の力は出せたみたい」
 チラッとロナルドの方を見ると、ほんの少しだが、頷いているのが見えた。よくやったなと褒めてくれているのだろうか。
 いつもと変わらぬ飄々とした表情が少し癪に障ったが、(ありがとう、ロラルド、わたしやったわ)と、ニコッと微笑む。
 ふと気付くとリンとジルが模擬刀を持って構えていた。既に次の立ち合いが始まっていたのだ。
 リンはジルの斬撃を何度も受けながら必死に堪えている。正式に武術を習ったことのないリンに取って初めての実戦形式での立ち合いだったが、堂々たる戦いぶりだ。
「こいつ」
 自分より華奢な少女に決定打を放つことが出来ずに、ジルに焦りの色が浮かんでいる。
「リンちゃん、すごい」と、思わず目を見張る。武道初心者の動きではない。
「リンもやるじゃねえか」
「ああ、大したもんさ」
「すごいぞ、リン」
 予想外の健闘ぶりに、タブロ達も驚く。
「止め」とロアナが終了を告げた。
 お互い決定打に欠く展開だったが、これまでの武術の経験差からいって実質的にリンの勝ちと言えた。
 汗びっしょりとなってリンが戻ってくると、「リンちゃん、すごいわ。本当に武術を習ったのは最近なの」と、ラーナが驚きの表情で聞く。
「うん」ニコッとそばかすの少女は微笑んだ。自分でも納得した立合いが出来たと思っているようだ。
 テンペスト流剣術宗家の長女として生まれたラーナに取って、武術は身近な存在だった。
 自宅の道場では、父であるマスター・レムの元、沢山の弟子達が修練に励んでいた。中にはロラルドのような達人だけではなく、未経験者も沢山いた。
 初心者が途中で挫折することなく、武術を続けていくのは並大抵のことではない。途中で挫折する者達を何人も目の当たりにしてきた中で、初心者であるリンの健闘には本当に衝撃を受けた。
 聞けば、農家出身であるリンは騎兵団入団を目指すようになってから近所に住む元騎士だった人物に武術の指導を仰いでいたという。
 ボルデー遠征に参加した際に足を負傷し除隊した経歴をもつ男だった。
 妻と幼い子ども二人を抱えていたため、除隊後に農家として生計を立てようとしていたが、勝手が分かず困っていたところへ、作物の育て方を教えたり、地域のしきたりを教えたりと、色々と世話をしたのがリンの両親だった。
 その縁で、リンは男から武術の指導を受けていたということだ。
「リンは目がいいさ」
「俺もそう思ったぞ」
 ジミーとライムトンの見立てでは、リンは相手の動きが良く見えている。だから決定打を躱すことが出来るのだという。
「確かにそうだな。だけど受けているだけじゃジリ貧になるぜ。返し技を覚えた方がいいな」
 助言をするタブロに、はいとリンが素直に返事をする。
「タブロ、あなた、まともなことも言えるのね」
 意外そうな顔を向けるラーナに、「何だよ、まるで俺が阿保か馬鹿みたいじゃねえか」と口を尖らせる。
「え、違うの」
「ふえー相変わらず言うことがきついな、ラーナは」
 ライムトンが屈託なく話す。
「失礼ね。そんなことないわよ」
「けどさ、みんな良かったさ。これだったら全員合格ださ」
 ジミーの言葉に一同は一斉に笑顔を見せる。
 ああ、今日は雲が一つもない青空だったんだ、とラーナは空を見上げた。

 一方、マーチルは不機嫌な様子を隠さない。
「一体、お前達はどこまで僕に恥を掻かせるんだい。素人みたいな女子相手に無様すぎるよ」
「申し訳ありません、マーチル様」
「どうか、お許しを」
 ジルのロハの顔は真っ青だった。
 その様子を見たタブロが、「ヘッ、口ほどにもねえ奴らだぜ。ラーナとリンを舐めすぎなんだよ」と嘲笑する。
 マーチルが鬼のような形相で振り返る。
「今、なんていったんだい。かなり失礼な言葉に聞こえたよ」
「けっ、マウト流の達人とか抜かしてた割には大したことのねえ弟子達だって言ったんだよ」 
 タブロも睨み返す。
「僕を侮辱するにも程があるよ。もう我慢の限界だよ」
「ああ、そうかい。俺も我慢の限界だぜ」
 二人は睨み合い、模擬刀に手をかける。
「それと、尊敬する武聖アンディエス様に直々に教わったなどという戯言を僕は許さないよ。今すぐ化けの皮を剥いでやる」
「面白え、やってみろよ」
 一触即発の二人に、ラーナとリンが慌てる。
「な、何をしようとしているのよ。止めなさいよ、あなた達。試験中なのよ」
「そうですよ、何をしているんですか。ジミーさん、ライムトンさんも止めてください」
「いや、あのキザ野郎は一回痛い目に合わせた方がいいさ」
「俺は、あの二人の立ち合いを見てみたいぞ」
「ば、馬鹿なの、あんた達は。今すぐ止めなさいよ」
 
 その時、「試験中に何をしておる。勝手な振る舞いは許さん」と、会場に迫力ある声が響き渡る。
 サルフルムが両者を鬼の表情で睨みつけていた。
「く」「チッ」
 タブロとマーチルは渋々引くしかない。
「命拾いしたね。でも次は覚悟しておきなよ」
 マーチルがグッと睨みながら捨て台詞を吐く。
「ケッ、そりゃこっちのセリフだぜ。精々そのヘッポコ弟子達と精進しときな」
「何だと、マーチル様になんという無礼な口の聞き方だ」「我々を愚弄するつもりか」
「五月蝿えぞ。出っ歯と垂れ目」
 タブロに睨まれたジルとロハはウッと後退する。

「お主ら、わしの言うことが聞けんのか。今すぐ不合格になりたいようじゃな」
 ギロリとサルフルムが立ち上がり睨む。正に鬼のような迫力に、さすがのタブロも「分かった分かったよ、爺さん」と言いながら席に戻る。
「それとジルと申す者。喉元への突きが禁じられていることは知っておろう」
 今度はジルをギロリと睨む。
「は、はい」
「今度やったら許さんぞ」
「ヒィィ、お許しを」
 鬼の睨みにすっかり怯え縮こまってしまい狼狽えるだかりだ。
「やれやれ、今年の受験生は面倒な奴らばかりじゃ」
 サルフルムは席に座り直すと、フウとため息をつく。
「元気が良いのは若さの特権です。ライバル心をもってお互い切磋琢磨するのは、素晴らしいことでございましょう」
 ランビエルが微笑む。
「ホッホッホ、左様ですな。若いうちはぶつかり合うことも大事なことですな」
 ローノルドもニコニコと笑う。
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