第14話 山賊ヨーヤムサン現る(3)

文字数 3,105文字

 父さんと知り合いだと、何故、山賊が父さんと知り合いなのだ。もしかして、この男は騎士崩れなのか。
「トラルから見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)を教わったか」
 見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)のことも知っているのか。このヨーヤムサンと名乗る山賊が父さんと知り合いなのは間違いない。だが、味方なのか敵なのか。
「習ったさ」
 敵である可能性もある。質問には最小限かつ慎重に答えなければならない。
「俺が敵ではないのかと疑っているな、フッフ」
 何も答えないで黙るしかない。
「余計なことは考えるなといったはずだ。仮に俺達が敵だとして、今のお前に何が出来るというのだ」
 確かに今は自分で打開出来る状況ではない。俺の命はこの男に握られているのだ。
「知っているのか。今年のテネア騎兵団の入団試験の日取りを。7日後だぞ」
 ニヤッと山賊が笑う。
「え」
 驚きと共に焦りが生じる。ここからテネアまでどれ位時間が掛かるのだろうか。体力は回復出来るのか。取り敢えずテネアにたどり着かなければ何ともならない。
 起き上がろうとするが、グラついて後ろに倒れそうになる。
「おい、まだ立ち上がるのは無理だよ」
 マキに抱きつかれ、そのまま寝袋の中に押し倒される。それでもディーンは立ち上がろうと藻搔く。
「いいから大人しく寝てな」
 マキの腕の力がギュッと強まる。
「だけど入団試験に間に合わないと、俺は何のためにオリブラから出てきたのか分からない」
「フッフ、その体力じゃ、テネアに着いても試験を受けることなんて出来やしねえ。当然、武術も試されるだろうからな」
 確かに獅子の様な男が言う通りだった。こんなにも消耗した体で剣を振るうことが出来るのか、全く自信がない。事の重大さが分かると押し黙るしかなかった。どうしたらいいのか。
 諦めるな、父トラルの言葉を思い出す。マキナルとの決闘の時、その言葉で絶対絶命の危機を脱したのだ。
「ほう、少しは修羅場をくぐり抜けてきているようだな」
 男はディーンの顔付きが変わったことに気付いたようだった。
「一つ聞く。お前は何故、騎士になりたいのだ」
 ヨーヤムサンはニヤッと笑うが、その目は笑ってはいない。本気で聞いている。偽りや誤魔化しの言葉を言うべきではない。そして、その問いはこれまで何度も自問自答してきている。
 姉のミラから言われた言葉を思い出す。
(ディーン、決闘なんて止めて。騎士になんてならなくていい。ずっとオリブラで私達と暮らしましょう)
 危険な道を敢えて歩もうとしなくてもいいのではないか。樵をしながら、家族と一緒にオリブラで平穏に暮らす道もあった。だが、
「邪悪な剣を持つ騎士を倒すためだ。そして助けを求めている人々を救うためだ」
 きっぱりと言い切った。
 グワッとヨーヤムサンの目が大きく見開く。
「悪霊の騎士のことを知っているのか」
「ジュードー流剣術のことは父さんから聞いた。邪悪な剣を倒せるのは見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)だけだと言っていた」
「フフフ、ハハハ」
 獅子のような男が笑う。天幕を突き破り、森の木々が揺れているのではないかと思う程の大きな声だ。
 ただ、その様子をジッと見ているしかない。
「悪霊の騎士に会ったことはあるまい。奴は正に悪魔の如き男。人間の持つあらゆる負の感情を糧としている。そして、恐ろしく強い。見ろ、俺の額の傷を。これはあの男から受けた傷だ」
 何と男の額の切創は悪霊の騎士に負わされたものだという。この山賊は悪霊の騎士を知っているだけではなく戦ったこともあるというのか。言葉が出てこない。
「フフ、トラルの言う通り、見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)でなければ奴は倒せん。これは他の剣術より強い、弱いの問題ではない。宿命、相性といってもいいだろう」
 一体、このヨーヤムサンと名乗る男は何者なのか。父さんでさえ悪霊の騎士には勝てないと言っていた。
 父さんの師であり、ディーンの祖父であるマスター・ロードですら倒すまでには至らなかったというのに、この男は戦ったというのか。
「いいだろう。お前をテネアまで連れて行ってやろう」
「?」
 突然の申し出に戸惑う。連れて行ってもらうのは願ってもない話だ。しかし、この男を信用してもいいのか、判断がつかない。
「迷っているようだが、そんな暇はないぞ。その体で入団試験までにテネアに辿り着けることが出来ると思っているのか。フッフ、来年に試験を受けるという手もあるがな」
 この体で、7日で辿り着けるとは到底思えない。体が万全な状態でもマクネの森を抜けるのに3日は掛かるはずだ。来年まで無駄な時間を過ごす訳にはいかない。確かに選択の余地はなかった。
「俺をテネアまで連れて行って欲しい」
 寝袋の中で頭を下げる。
「フフ、いい判断だ。いいだろう。連れて行ってやろう。だが一つ条件がある。俺達は、これから暫くテネアに滞在する。フフ、当然素姓は隠さねばならん。そこでだ、俺達の素性を誰にも話してはならん。例え相手がテネア地方長官マークフレアーであってもだ。それを守れるのであれば連れて行ってやろう」
「何ィ」
 この得体のしれない山賊との約束など危険だ。テネアに着いたら、すぐに騎兵団に訴えるという手もある。しかし、相手が山賊といえども連れて来てもらったことへの恩義にかける。よし、覚悟を決めた。
「分かった。但し俺も条件がある」
「ほう、いいぞ、言ってみろ」
「もし、お前達がテネアの民に災いを起こす気配を少しでも見せたのならば、俺は迷わず騎兵団にお前達のことを申し出る。それが条件だ」
 ヨーヤムサンはニヤッと笑う。
「なるほどな。だが、お前も疑われることになるぞ。何故隠していたとな」
 確かにその通りだった。そもそも、この山賊にテネアに連れて行ってもらった時点で関わりをもってしまっているのだ。まるでこの山賊に弱みを握られているようだ。
「俺の立場が悪くなろうとも構わない」
「ほう、本当にいいのか、騎兵団には居られなくなるかも知れんぞ」
「構わない。但し、民に災いを為そうとするのならば許さない。その時はお前達を斬る」
 場がザワッとする。ディーンとヨーヤムサンとの睨み合いに緊張感が走る。獅子のような睨みに負けずに睨み返す少年を女山賊達が値踏みするようにジッと見つめている。
 アンとマキが小さな吐息を漏らす。
「フッフ、いいだろう。その条件飲んでやろう」
 ヨーヤムサンがニヤッと笑う。途端にドッと汗が背中に滴り落ちる。
「明日、此処を立つ。それまでに自分で座れるくらいまでに回復しろ」
 コクッとディーンが頷くのを見届けると、ヨーヤムサンは天幕を出ていった。
「じゃあね、頼んだわ、マキ」
 そう言ってエリン・ドール達も天幕を後にした。

 どっと疲れが押し寄せてきた。
 なんという圧倒的な迫力を持った男なのだろう。しかも、父さんのことを知っていた。そして、悪霊の騎士と戦ったこともあるという。
 色々なことが起こり過ぎて頭の中が整理できないでいると、マキの右脚が体に巻き付いてくる。
「さっきは男らしかったよ」
 マキは恍惚の表情を浮かべていた。
「あたし達を斬るんだろう。あんたの言葉に思わず唆られてしまったじゃないか。どうしてくれるんだい」
 妖艶な眼差しが近づいてくる。少しつり上がった大きな瞳と整った顔は、やはりターナに似ている。
 月桂樹のチョーカーネックレスが視線に入った。
 アッと思った瞬間、マキに口づけされていた。
「んぐ、ん」
 必死に抵抗するが、中々唇を離してくれない。
「さあ、明日にはもう少し体力を回復させなきゃならないよ。今夜はあたしがずっと温めてあげるし、食事もあたしが食べさせてあげる」
 そう言って、また口付けしてくる。
 体の奥が次第に暖かくなってくるのをディーンは感じていた。
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