第55話 見偽夢想流《けんぎむそうりゅう》剣術の復活(5)

文字数 2,687文字

「私は存じませんが、父が語ったところによれば、人々が持つ、ありとあらゆる負の感情を糧にする邪悪な剣。人の心に災いをなし、地獄に引きずり込む悪魔の剣。その流派の名はジュドー流剣術と言うそうです」
「ジュドー流剣術?」
 その場にいた者達は皆その剣術の名を初めて聞いた。それが邪悪な者達が使う剣術の流派の名だという。
 そんな中、ミランドラはあの時剣で受けた斬撃の衝撃を思い出す。相手を地獄に引きずり込もうという邪悪な意思が込められた斬撃だった。
 悪魔の剣、正にオーベル、バラルの剣がそうだった。これは実際に剣を交えた者でなければ分かるまい。
「そして、ジュドー流剣術の筆頭が悪霊の騎士と呼ばれる男だと聞いております」
「お主、悪霊の騎士について何か知っているのか」
 ディーンは首を横にふる。
「私は知りません。父も直接見たことはないと申しておりました。ですが、悪霊の騎士は人が持つ負の感情に付け入り人をかどわかし、見るものによって容姿が変わるそうです。ある者には絶世の美女に見え、ある者には容姿端麗な男に見えると。それと悪霊の騎士には3人の側近がいると聞きました。側近達も恐ろしく強いということです」
「うーむ、21年前、わしが見た男はどうやら悪霊の騎士の側近の一人じゃったようだな。確かに恐ろしく強い奴じゃったわい」
 21年前に遭遇した邪悪な剣を使う男のことをサルフルムは思い出す。弓隊30騎の一斉射撃でも仕留めることが出来なかったほどの強さを持った男だった。
 一方、隊長達も俄かに悪霊の騎士の一味の存在が現実味を帯びてきたことに何とも言えない不吉な予感を感じていた。鬼のサルフルムに、戦えば負けると言わしめる相手なのだ。到底信じられない話であり、戦慄を覚えずにはいられない。
「ホッホ、正に言い伝えどおりかの。人々が平和に浮かれている頃、アデリーの峰々を越えて、悪魔がやってくると。悪魔は邪悪な刃を振るい、男も女も老いた者も赤子も皆八つ裂きにするのだと。只の昔話ではないのかも知れんのう。ホッホ」
 ローノルドの言葉にみな押し黙る。悪魔などいるはずがないと、その場に居た者が誰ひとり否定できないのが恐ろしい。
「あい分かった。詳しい話は後で聞かせてくれ。まずは入団試験を進めようぞ」
 サルフルムが立ち上がる。
「まずはディーンよ、お主の剣の形を見せてくれ。他の者は皆既に終わっておる」
「わかりました。ですが、その前に」
 その時、ディーンの話を遮るように発言した男がいた。
「恐れながら副指令に申し上げたいことがございます」
 第二騎兵隊隊長のタムラ・カズだった。
「うむ。申せ」
「ハッ、本日の騎兵団入団試験は昨日を持って志願者を締め切っております。だのに、ノコノコと遅れてきた者の受験を認めるなど、あってはならぬこと。他の受験者達と比べ不平等この上ありません」
 サルフルムは黙って腕を組んで聞く。
「それと、これを認めては我が騎兵団の規律が乱れます」
 タムラの奴、原理原則を曲げぬ頑固者めが、とサルフルムは内心そう思ったが、筋が通っている分迂闊に却下出来ない。
「別にそんな固いこと言わなくても良いんじゃねえの。まだ試験は始まったばかりだぜ」
 第五騎兵隊隊長のアザムが軽い口調で反論する。
「何をいうか。規律を守るのは騎兵団の鉄則だぞ。だから貴様は駄目なのだ。何事も軽く考え過ぎる」
「なんだと、聞き捨てならねえぜ。てめえは頭が固すぎるんだよ。この石頭野郎が」
「貴様、今、何と申した」
 タムラが気色張る。アザムも負けずに睨み返す。
「受験生の前で何をやっておるか。双方止めい」
 サルフルムが場を鎮めるが、果たしてどうしたものかと思いあぐねる。
「ホッホ、確かにタムラの言うことは尤もなこと。じゃが、もしこのディーンが傑物であった場合、規則通り試験を受けさせなかったことが、我が騎兵団に取って大いなる損失となる恐れもあるのう」
 こうした時、参謀のローノルドは上手く調整することに長けている。
「ホッホ、そこでじゃ。まずは形の試験をやらせてみてはどうかのう。但し、遅れてきたことへのケジメはつけさせねばなるまい」
 皆はローノルドの言葉に注目する。
「ホッホ、ディーンに求めるのは只の形ではなく、皆を驚愕させるだけの形を披露させるというのではどうかのう」
「?」
 皆を驚愕させる形とは、一体どんな形を披露すれば良いのか、ディーンは戸惑う。
「おお、それは良い。さすがはローノルド様じゃ」
 とサルフルムが声を上げる。そして、すかさず「折角のローノルド様からのご提言じゃ。双方、異存はあるまいな」とタムラ、アザムの両騎兵隊長に問いかける。
「仕方ありません」「ああ、了解です」
 二人は睨み合いながら承諾する。
「と言うことだ。ディーン。皆を驚愕させる形を見せてもらわねばならん。しかし、どんな形が良いのかのう」
「それでしたら、私に提案があります」
「ん」声の主はロラルドだった。自分から発言することなど滅多に無い男が、珍しいこともあるものだと皆が注目する。
「我が剣の師匠から聞いたことがあります。見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)の師範が、横に置いた太い木を3本まとめて一撃で切断するのを見たと。その技を披露してもらうのはいかがでしょう」
 何だと、と一斉にロラルドを見る。いつものように飄々として捉えどころがないが、冗談ではなさそうだった。さすがのタムラも驚く。何も言わなかったが、フン、出来るはずが無いという表情だ。
「ロラルド、お前もそんなことを言うのか」
 アザムは怒りを隠さない。ロラルドもタムラ同様、少年の受験を快く思っていないため無理難題を言ったと思ったのだ。
「いや、単純に興味があるだけさ。別に出来なけりゃ他の技でも構わないぜ」
 ロラルドは冷静に言う。
 ラーナは父であるテンペスト流剣術の達人マスター・レムの言葉を思い出す。うなされるように、あれは人間技ではない、あり得ぬ、あれはあり得ぬと何度も呟きながら、酔いつぶれたのは数回のことではない。
 あの少年の剣術が父を自信喪失に追い込んだのかと思うと複雑な心境になる。
「どうじゃ、ディーン出来るか」
 とサルフルムに問われ、しばし考える。
 木を切断する技とは、奥義雷撃斬のことだろう。体調が完璧であれば自信はある。しかし、マクネの森で遭難し、消耗した体力が回復したばかりだ。剣を握り始めてからあまり日も経っていない。はっきりいって自信はない。
 だが、やるしかないと覚悟を決める。
「分かりました」
 場がザワザワとなる。出来る訳が無いぞ、自暴自棄になったのか、無謀な挑戦だ、と皆、口々に否定的な言葉を発する。
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