第68話 太陽の女神との謁見(2)

文字数 3,732文字

 二十人ほどで編成された軍楽隊が楽器を手に集まってきた。謁見式への入場準備が着々と整ってきている。
 ここからテネア城まで一キロ程の道程を行進する。新人騎士のお披露目を兼ねた騎兵団長との謁見式は騎兵団にとって重要な行事の一つだった。
 凛々しい騎士達の行進は非常に見ごたえがあり、見物するのを楽しみにしている市民も多い。
 先導役を担う第七騎兵団から選抜された百騎が整列する。女性騎士だけで構成された隊員達は、皆、ミランドラに負けず劣らず凛々しくも美しい。
 新人騎士たちの世話役を任されている、サンディ、ロアナがつかつかと近づいて来て前に立つ。
「皆、そろそろ出発の時間だ。よいか、私とロアナ副兵長の指示には必ず従え」
「分かっているぜ、サンディ姉さん」と、タブロが親しみを持って返事をする。
 しかし、サンディに「馬鹿者、サンディ副兵長と呼べ」と怒鳴られる。
「ああ悪い悪い、そうだったぜ。階級で呼ばなきゃいけなかったな。しかし、軍隊ってのは本当に面倒くさいな」
「お前というやつは全く」
 緊張感が全く感じられないタブロに、はあーとため息をつくサンディ、ロアナを見て、ディーンはフフと笑う。
 最初にタブロと出会った時の印象は、失礼な口を聞く奴だというものだった。だが、親しく接しているうちに、タブロのように誰にも媚びない生き方ができたら、どんなに楽しいだろうか、と羨ましく思うようになってきた。
 ジミーもそうだ。ライムトンも自分というものを持っている気がする。自分とはまるでタイプが違う。
 果たして自分はどうか、悪霊の騎士を必ず倒すという信念はあるつもりだ。だが、自我を通す前に、人の様子を伺ってしまうところがある。それは自覚している。
 何が何でも相手を圧倒する、悪霊の騎士に勝つには、そんな強い気持ちが必要となってくるかもしれない。
 騎兵団で心身共に鍛えて強くなってやる。決意を新たにする。

 いよいよテネア城に向けて出発の時を迎えていた。
「皆、準備はいいか」ミランドラの呼び掛けに若き騎士達は、オオと応える。
 それを合図に軍楽隊の演奏が始まった。
 タンタカタン、タンタカタンと打楽器隊が刻む勇猛なリズムは気持ちを高揚させ体を熱くさせる。
 管楽器が奏でる壮厳かつ哀愁漂うメロディーは聞く者を魅了し、騎士達の魂を揺さぶる。
 ピネリー行進曲。ピネリー王国の伝統的な軍楽で、かつて五万もの大軍で押し寄せてきたミロノ王国軍を、たったの五千の兵力で撃ち破ったとされる伝説の王ピネリー三世の功績を後世に遺すために作られたものだといわれている。
「第七騎兵隊前へ」
 ミランドラの命令に、テネア騎兵団の団旗を掲げた一人の女性騎士が先頭に立つと、二匹の絡みつく蛇が爽やかな風にたなびく。
 聖剣アルンハートの柄に刻まれた、テネア王の紋章をディーンは思い出す。
「全体行進始め」
 ついに行進が始まった。逞しい栗毛の馬に跨ったミランドラを先頭に赤い軍服姿の第七騎兵団百騎が一糸乱れぬ行進を披露する。
「さあ、我々も続くぞ」
 サンディが声を掛けると、新人騎士達が「オオ」と元気よく応える。
 さあ、いざ行かん、と高鳴る騎士としての誇りを胸に、14人の若き騎士達の行進が始まった。
 兵営の門に差し掛かると、門番である二人の女性騎士が敬礼しながら立っている。
 ああ、入団試験の時、この二人の女性騎士と押し問答になったっけ。入団試験に遅れてきたディーンはこの二人に門前払いされ取り付く島もなかったが、エリン・ドールの機転で何とかサルフルムに取り次いでもらい入団試験を受けることが出来た。
 まるで遠い昔のことのように思える。
 感慨深く門を潜リ抜けると、パアーと景色が広がり、ワアーという歓声が湧き上がってきた。 
 タシー川沿いに沢山の群衆が観覧に集まっていた。真新しい赤い軍服姿の14人が現れると、さらに大きな歓声が上がる。
 こんなにも大勢の人々が観に来てくれているのか。そう思うと、緊張感と共に期待に応えたいという意欲が高まってくる。
「凄い数の人だわ」ラーナ達も圧倒されている。
「何か照れるな」さすがのタブロも気押されしているようだ。
 そんな中、「出店も出ているみたいさ。お腹がすいたさ。後で何か買って帰ろうぜ」
「え」全く緊張感の無いジミーに一行はズッコケそうになる。
 
 第七騎兵隊兵営から城までは十五分ほどの行程だった。両脇から歓声を受け、誇らしげな表情で14人の行進が続く。
「頑張れよ」「期待しているぞ」
 人々から次々と激励の声を掛けられる度、ラーナは感動する。
 ああ、騎兵団ってこんなにも人々から尊敬され、信頼されているんだ、と実感せずにはいられない。
「アッ」と隣で行進していたリンが声を上げた。
「どうしたの、リンちゃん」
「お父さんとお母さんがいる。ああ、姉さんも、兄さんも、弟、妹達もみんないる。見に来てくれたんだ」
 リンが目つめる先に、暖かい表情で行進を見守る家族の姿があった。娘の晴れ舞台を見に来たのだろう。
「良かったね、リンちゃん」
 目を細めながら声をかけると、「はい」とリンは少し涙ぐみながらも笑顔で答えてくれた。
「オオ、お袋だ。ハルウとサヤカもいるぞ。オオイ、兄ちゃんやったぞ。騎士になれたぞ」
 ライムトンが大きく両手を振ると、3人の親子がこちらに向かって手を振っていた。ライムトンの家族のようだ。
 その姿を微笑ましく見守りながらも少し羨ましく、寂しい気持ちになる。私も家族の皆んなにこの姿を見せたかった。
 自分の家族に似た人達を見つけると、アザーブにいる家族がここに来ているはずはないのに、思わず目で追ってしまう自分がいる。
(お父様、私、騎士になることができたわ。マモル、ヘレン、お姉ちゃん、やったよ。見てて、テンペスト流剣術はマウト流にも負けないって、皆んなに教えてあげるんだから)
 遠くアザーブの方向の空を見上げながら、新たな決意をする。

「なあ、ジミーよ」
「どうしたさ、タブロ」
「今日の俺達の姿をさ、マルザ婆さんに見せたかったよな」
「ああ、そうだなさ」
 タブロやジミー達何人もの孤児を我が子のように育て、天に召されていった修道女のマルザは、二人が騎士になることを望んでいた。
「天国から見ていてくれているかな」
「見てるさ。きっと婆さん、喜んでいるさ」
「ああ、そうだな」
(おめでとう。よく頑張ったね。でもお前達の人生はこれからなんだよ。騎士として救いを求めている人達を助けるのだよ)
 遥か高く空を見上げると、そう言って微笑んでいる気がした。

 ディーンは行進しながらオリブラの家族に思いを寄せていた。入団試験に合格した後、すぐに家族に手紙を書いた。
 しかし、エネリー山脈の麓にある小さな村オリブラは遠い。届くにはもう少し時間が掛かるだろう。
(父さん、俺、テネア騎兵団に入ることが出来たよ)
 よくやったなディーン、だが騎士への道はこれからだぞ、という父の姿が浮かぶ。おめでとうディーン、と母が優しくほほえみ、さすが俺の弟だ、とノエル兄さんが自慢気に笑っている。ディーン兄ィ凄い、とジュンが右腕に纏わりついてくる。
 ここにいなくても分かる。きっと皆んな喜んでくれている。
(色々な人に助けられたよ。俺一人の力ではテネア騎兵団には入れなかった)
 ミラの優しい微笑みが目に浮かぶ。そうよ、ディーン、皆さんに感謝しなさい、そう言っているようだ。いつも胸元に着けていた、月をあしらったペンダントを思い出す。
 ミラほど美しい女性を見たことがない。それはテネアに来てからも変わらない。神々しいばかりの姿はまるで月の女神のようだった。 
 マキナルとの決闘の前夜、放牧地の休憩小屋でミラと過ごした一夜を思い出す。あの衝撃的な夜はあまりに背徳的であまりに甘美だった。
 あの時、恍惚に酔いしれると共に、ひどい罪悪感に襲われた。今でもそれは拭えてはいない。
 だが、無性に会いたくて仕方がない。
「一人前の騎士になれたら、オリブラに帰ってくるよ」そう言った時、ミラからは、「そうね。ディーンが戻って来てくれたら私も嬉しいわ。けれど、騎士になったら、私達家族の為だけではなく、みんなの幸せの為に、その力を使ってほしいの。あなたなら、きっと出来るわ」という言葉を返された。
 ミラ姉さん、分かったよ、と会いたい気持ちを胸にしまい込む。
 そして、マクネの森で運命的な出会いをした山賊ヨーヤムサンと彼の仲間がいなかったら、この場に立ってはいなかっただろう。あのまま野垂れ死んでいたのは間違いない。
 ヨーヤムサンが父の知り合いだというのは驚きだった。しかも見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)のことも知っていた。
 さらには悪霊の騎士と戦ったことがあるという。
 彼は一体何者なのか。味方なのか敵なのかさえ分からないが、命の恩人であることには間違いなかった。
 悪霊の騎士と戦う者として、いずれまた会うことになる、そう感じる。
 そして一番知りたいのは、ヨーヤムサンが言った、お前は王になる宿命を持っているという謎の言葉、あれは一体どういう意味なのか。
 だが、今は悪霊の騎士を倒すことだけに全力を尽くそう。
(悪霊の騎士は、俺が絶対に倒してみせる)
 改めてそう誓うディーンだった。
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