01
文字数 2,225文字
☆
小学3年生の頃だったと思う。そこで初めて、仁川利月 は恋をした。
彼女の瞳に惹かれた。クリっとした大きな眼だった。彼女と同じ景色を見たい、と仁川は思った。
それから昼休みには毎日、彼女に会いに行くようになった。
仁川はすぐに彼女と打ち解けた。向こうも積極的だったから、仲良くなるのにそれほど苦労はしなかった。
彼女のことは『クルミ』と呼んでいた。遠くから声をかけると、彼女は一目散にこちらへやってくる。そうしてしゃがんだ仁川のふとももに両手を乗せて、そんなクルミを仁川は撫でてやる。
「モフモフだなあ〜お前は……」
バケツからニンジンを取り出すと、クルミはそれを小刻みに齧り始めた。すると他のウサギ達もやってくる。
小さい頃から、仁川は動物が大好きだった。1年生のときに朝顔を育てる宿題で生き物を世話する喜びに目覚めた。人間と違って意思が明確に読み取れない辺り、解釈の余白が広くて愛おしいと思った。金魚掬 いでもって帰った金魚が天に召されたとき、彼は1ヶ月学校を休んだ。それからも誕生日のたびに、ヤモリやら、亀やらを買ってもらって、大切に育てた。果てには家に湧くハエトリグモすらへも水と砂糖水を与え始めた。ただしゴキブリだけは殺虫剤をかけた。
マンションの都合で鳥類と哺乳類が飼えない仁川にとって、学校のウサギ小屋は天国でしかない。気づけば誰の担当とも決まっていない小屋内ウサギの世話を、ただ1人担当するようになっていた。3年生から始めたそれは、5年生になった今で3年目に突入する。
クルミ達の良さをみんなにも知ってほしい、というのが仁川の願望である。体育館に行く途中に、ウサギ小屋の匂いを毛嫌いする生徒がいる。そもそもここでウサギが飼われていることすら知らない生徒もいる。彼らに、ウサギと戯れる心地よさを味わってほしいと思った。
「せっかくこの世に生を受けたんだ……。お前らみたいな可愛いやつらが日の目を浴びないのは勿体ねえよ」
たとえば世間一般に人気を博する動物は何が起爆剤だったのだろうか。犬みたいに何か芸を覚えさせれば良いか。ハムスターみたいにお尻の写真集を発売するか。またまたインコみたいに言語を学習させるか……。
小屋の中で走り回るウサギ達を見ながら、今日も仁川は彼女らをプロデュースする方法を考えていた。
☆
5月23日 (火)
「2度とやるかこんなゲーム!」
茉莉 は激怒した。かの役牌といった安和了 は麻雀から排除されるべきだと主張した。
「同情する。巡目が浅いから振り込むのも仕方ない」
「ネト麻 はこんなんばっかだわ!」
「現実だと違うのか」
「やったことないから知らんけど」
茉莉はアプリを閉じる。まだゲームは完全には終わっていない。茉莉のキャラに「代走」と表示されている。回線が切れたのでCPUが操作している証拠だ。
「麻雀は引退する。別の遊びしよう!」
「これで8回目の引退か?」
「今度はマジだよ。この趣味はストレスを溜めるだけ」
「私は神ゲーだと思ってるから続ける」
「この前誰でも分かる緑一色に振り込んだのに?」
「何の話だ」
紫陽 は麻雀のルールを未だちゃんと把握していなかった。
「なんか別のゲームしようぜー」
そう言って茉莉はテレビの下の棚を漁り始めた。平日の放課後は、茉莉の家が空いているなら茉莉の家で遊ぶ。空いていなければ紫陽の家で遊ぶ。それも無理なら、小学校の近くの公園に集まるか遊ばない。どこに集まっても大抵やることは同じである。そもそも遊びのピークというには約束した段階に集約されているから、集まった後は初め、特有のテンションで会話を交わした後、しばらく何かゲームでもして、帰る直前には各々好きなことをやっている。
「トランプあるか?」
「え、あるよ! ババ抜きする!?」
「2人だが」
紫陽は1度テキサスホールデムなるものをやってみたかった。動画サイトで見て、カワイイ遊びだと思った。「放課後なにしてるの」と誰かに聞かれたとき、テキサスホールデムと答えられたらさぞカワイイだろうと思った。ゆえに茉莉に提案してみた。
「どういうルール?」
「私も知らん」
「じゃあできないじゃん」
「今から勉強しよう」
『テキサスホールデム やり方』と検索してルールを見てみる。全く理解できなかったが、2人でやるようなゲームでないことは分かった。
「これ、何が楽しいんだろ?」
「できるようになったら楽しいのかもしれない。知らんが」
「さっきから知らん知らんばっか! それNGワードな!」
「茉莉だってさっき言っただろ」
「今から禁止!」
「わかった」
「……チップを賭けるのが楽しいのかな? このゲームは」
「そうかもしれないな」
「……」
「……」
「くそー、言わなかったか」
「そんなヤワじゃないぞ私は」
「賭けるのなら賭け麻雀でよくね!」
「ダメだろ。法律に怒られるぞ」
「そうなんだ。––––そもそも、ギャンブルって楽しいの?」
「周りでやっている人を見たことがない。私たちはできないしな」
「てか、競馬とかって絶対向こうが儲かる仕組みになってるらしいよ!」
「それは初めて聞いた。どういう式だ?」
「売上から引く的な。知らんけど」
「あっ」
「うわっ」
「茉莉の負けだ」
「紫陽のアホ! バカ! ギャンブルで破産しろ!」
その怒り方は理解できなかったが、ギャンブルで破産することはないだろうと思った。初めから負けが分かっている勝負なんて、手を出すわけがない。それは茉莉も同意らしかった。
小学3年生の頃だったと思う。そこで初めて、
彼女の瞳に惹かれた。クリっとした大きな眼だった。彼女と同じ景色を見たい、と仁川は思った。
それから昼休みには毎日、彼女に会いに行くようになった。
仁川はすぐに彼女と打ち解けた。向こうも積極的だったから、仲良くなるのにそれほど苦労はしなかった。
彼女のことは『クルミ』と呼んでいた。遠くから声をかけると、彼女は一目散にこちらへやってくる。そうしてしゃがんだ仁川のふとももに両手を乗せて、そんなクルミを仁川は撫でてやる。
「モフモフだなあ〜お前は……」
バケツからニンジンを取り出すと、クルミはそれを小刻みに齧り始めた。すると他のウサギ達もやってくる。
小さい頃から、仁川は動物が大好きだった。1年生のときに朝顔を育てる宿題で生き物を世話する喜びに目覚めた。人間と違って意思が明確に読み取れない辺り、解釈の余白が広くて愛おしいと思った。金魚
マンションの都合で鳥類と哺乳類が飼えない仁川にとって、学校のウサギ小屋は天国でしかない。気づけば誰の担当とも決まっていない小屋内ウサギの世話を、ただ1人担当するようになっていた。3年生から始めたそれは、5年生になった今で3年目に突入する。
クルミ達の良さをみんなにも知ってほしい、というのが仁川の願望である。体育館に行く途中に、ウサギ小屋の匂いを毛嫌いする生徒がいる。そもそもここでウサギが飼われていることすら知らない生徒もいる。彼らに、ウサギと戯れる心地よさを味わってほしいと思った。
「せっかくこの世に生を受けたんだ……。お前らみたいな可愛いやつらが日の目を浴びないのは勿体ねえよ」
たとえば世間一般に人気を博する動物は何が起爆剤だったのだろうか。犬みたいに何か芸を覚えさせれば良いか。ハムスターみたいにお尻の写真集を発売するか。またまたインコみたいに言語を学習させるか……。
小屋の中で走り回るウサギ達を見ながら、今日も仁川は彼女らをプロデュースする方法を考えていた。
☆
5月23日 (火)
「2度とやるかこんなゲーム!」
「同情する。巡目が浅いから振り込むのも仕方ない」
「ネト
「現実だと違うのか」
「やったことないから知らんけど」
茉莉はアプリを閉じる。まだゲームは完全には終わっていない。茉莉のキャラに「代走」と表示されている。回線が切れたのでCPUが操作している証拠だ。
「麻雀は引退する。別の遊びしよう!」
「これで8回目の引退か?」
「今度はマジだよ。この趣味はストレスを溜めるだけ」
「私は神ゲーだと思ってるから続ける」
「この前誰でも分かる緑一色に振り込んだのに?」
「何の話だ」
「なんか別のゲームしようぜー」
そう言って茉莉はテレビの下の棚を漁り始めた。平日の放課後は、茉莉の家が空いているなら茉莉の家で遊ぶ。空いていなければ紫陽の家で遊ぶ。それも無理なら、小学校の近くの公園に集まるか遊ばない。どこに集まっても大抵やることは同じである。そもそも遊びのピークというには約束した段階に集約されているから、集まった後は初め、特有のテンションで会話を交わした後、しばらく何かゲームでもして、帰る直前には各々好きなことをやっている。
「トランプあるか?」
「え、あるよ! ババ抜きする!?」
「2人だが」
紫陽は1度テキサスホールデムなるものをやってみたかった。動画サイトで見て、カワイイ遊びだと思った。「放課後なにしてるの」と誰かに聞かれたとき、テキサスホールデムと答えられたらさぞカワイイだろうと思った。ゆえに茉莉に提案してみた。
「どういうルール?」
「私も知らん」
「じゃあできないじゃん」
「今から勉強しよう」
『テキサスホールデム やり方』と検索してルールを見てみる。全く理解できなかったが、2人でやるようなゲームでないことは分かった。
「これ、何が楽しいんだろ?」
「できるようになったら楽しいのかもしれない。知らんが」
「さっきから知らん知らんばっか! それNGワードな!」
「茉莉だってさっき言っただろ」
「今から禁止!」
「わかった」
「……チップを賭けるのが楽しいのかな? このゲームは」
「そうかもしれないな」
「……」
「……」
「くそー、言わなかったか」
「そんなヤワじゃないぞ私は」
「賭けるのなら賭け麻雀でよくね!」
「ダメだろ。法律に怒られるぞ」
「そうなんだ。––––そもそも、ギャンブルって楽しいの?」
「周りでやっている人を見たことがない。私たちはできないしな」
「てか、競馬とかって絶対向こうが儲かる仕組みになってるらしいよ!」
「それは初めて聞いた。どういう式だ?」
「売上から引く的な。知らんけど」
「あっ」
「うわっ」
「茉莉の負けだ」
「紫陽のアホ! バカ! ギャンブルで破産しろ!」
その怒り方は理解できなかったが、ギャンブルで破産することはないだろうと思った。初めから負けが分かっている勝負なんて、手を出すわけがない。それは茉莉も同意らしかった。