03
文字数 3,081文字
「ただいまー」
闇から返事は帰ってこない。真っ暗な部屋が仄暗 くなって、「いい加減電球替えないとなあ」と告中 は呟いた。
「買ったやつ、どこに直せばいい?」
「そのままでいいよ! 私が直すから」
「掃除とか、やることあれば手伝うが」
「気にしないで! お父さんに会えたら、家事全部やらせてやる」
キッチンの蛇口で洗った手をキッチンペーパーで拭いて、野菜から順に冷蔵庫へ閉まっていく。他人の冷蔵庫から漂う生活の匂いは普段と違ってどこか心地悪い。帰る方が告中の負担にならないと思いつつ、どうやって帰ることを切り出そうかと悩んでいたら、インターホンがなった。
「私が出よう」
告中の吐いた礼を片手で受け取って、紫陽 はドアを開ける。
「ごきげんよう。あら、どうしてアホの愛宕 紫陽が?」
廊下には、見慣れた高飛車カガリが立っていた。周囲に配慮して声は小さめであった。
◆
「誰だった?」
エプロンをした告中 がこちらに来る。カガリを見て、「あっ、この前来てくれた星空組のお友達だ」と言った。
「あなたも繋 様も良さに気づけたみたいで……、古参ファンとして嬉しい限りですわ。ところで、本日は告中瑠奈 に用がありまして」
「なになにー?」と茉莉 も玄関にやってくる。「バカの幽谷 茉莉まで? あなたたちいつもセットですわね」「はあ〜!? いきなりなんなん、ウザ」「失礼。思ったことを言ったまでですが」「うっさいこの成金声デカ女!」「あなたには声がデカイと言われたくありませんわ〜!?」「態度もでかけりゃ声もでけえな!」と軽く挨拶をして、告中が「2人とも静かに」と言ったら黙った。
「コホン……。では、本題に入りましょう。告中瑠奈さん、あなたにはプレゼントがありまして」
パチン、とカガリが指を鳴らす。空からフランソワちゃんはやってこないし、地面から黒服もやってこない。しーっ、とカガリがいうので耳をすますと、ウイーン、と機械音が階段の方から聞こえてくる。
「こちらに来なさい。『お料理マン2.1号』」
ウイーン、ウイーン、とやかましい音をたててお料理マン2.1号はやってくる。カガリの扱う機械はどうして彼もこれもやかましいのか。まさに「何がデカイでしょうゲーム」でいうところの「音」がデカい、である。バージョン2でこのトロさなら、バージョン1はさぞかし出来が悪かったのだろうと思う。
「ほら、お料理マン2.1号、新しいご主人ですわよ」
「コンニチワ」
お料理マン2.1号は頭を下げる。思わず紫陽と残り2人も頭を下げた。お料理マン2.1号は告中に手を差し出して、「コレカラ ヨロシクオネガイシマス」とまた礼をした。
「カガリちゃん、これは?」
告中はお料理マン2.1号と握手をする。
「彼はお料理マン2.1号。最先端の技術と智慧の結晶。家事をするために最適化された、人類の救世主。お手伝いロボットですわ」
「スゴイゾ スゴイゾ」
お料理マン2.1号はマッスルポーズをして喜んでいる。正直、紫陽はカワイイと思ってときめいた。
「告中瑠奈。ただでさえ小学校があるのに、母の分まで家事・掃除・洗濯・お風呂の用意……と、大変でしょう。このお料理マン2.1号がいればそんな不安も何のその、全てをこなしてくれるのですわ」
「すげえー! 私も欲しい!」
「あなたにはやりません」
なんでだよ!? と不平を唱えた茉莉をカガリは無視して、代わりにお料理マン2.1号が「ヤリマセン ヤリマセン」と言った。告中はあまり喜んでいるように見えない。
「全部やってくれるのは、いいことかもね」
「あら。あまり満足げに見えませんくて」
「うん……」
下をむいた告中を、いやらしい顔をしてカガリが覗き込んだ。
「もしかして、あなたは家事をすることで家庭に居場所を見つけているのでは? ロボットが母の手助けをするなら、自分の存在意義はどうなるのかと、悩んでいらっしゃって?」
告中は黙り込んだ。まさしくそのとおりだったのだろう。紫陽も、少し告中に対してそうではないかと思っていた節がある。しかし、それを指摘しないで、こっそり解決してこそカワイイのだ。アイデンティティを失いかけて暗い顔をする告中のカワイくない顔なんて、紫陽は見たくない。
「そんな言い方をしなくても良いだろう。あくまで現状だと、母と関わるにはそれ以外難しいというだけだ」
「ええ、ええ。あなたなら綺麗事を言うかと思いました。愛宕紫陽。……しかし、ワタクシも、まさかお料理マンちゃんのお仕事であなたの役割を奪おうなんて考えてません。ワタクシも両親に育てられた1人の人間。あなたの家庭を暖かくするために、もう1つの機能を兼ね備えてきたのです。まさにバージョン2.1たる所以」
お笑いスイッチオン、ですわ、とカガリがスイッチを押す。
「オワライモード キドウ」
お料理マン2.1号の目の色が切り替わる。
「ショートコント『事故』」
唐突にはじまったコントは、全く笑えない題名を付けられていた。
「タイヘンダ ジコダ。ジンコウコキュウ イチ、ニ イチ、ニ キコエマスカー? ……ダメダ イキガナイ」
1人2役を演じている。お料理マン2.1号は倒れ込んでから、ウイーンと起き上がった。
「イキ ハ ナイヨ。デモ イキテル」
彼の首が動いてこちらを見る。どこか笑っているように見える。
「ダッテ ロボットダカラネ」
「……」
梅雨真っ只中である外の空気は、湿り気が肌にまとわりついて気持ち悪い。
キョトンとした告中が、初めに沈黙を破った。
「……終わり?」
「ええ」
「どこがオチだったの!? 私がアホなんか!?」
「ワタクシは初めて見た時、笑い転げましたわ。さすが一流の脚本家」
「これ、笑っていいやつなのか。そもそも」
これだったら、私の方がお母さんのこと笑顔にできるよ、と告中は言う。あまりにも純粋で、そして正論だった。
「まだありますわ。ポチッ」
「ショートコント『人権』」
「オマエハ ヨウズミダ」
「ヤメテクレ シニタクナイ」
「ウルサイ ダマレ」
ドーン、と機械音声でお料理マン2.1号がいって、また彼は倒れ込む。
「ウッタケド ハンザイ ニ ナラナイヨ」
首が動いて、こちらを見る。
「ダッテ。ロボットダカラネ」
「……」
この雨季を超えれば、外は一気に夏めく。曇り空を見ながら、紫陽は1年ぶりの真夏に思いを馳せた。
「カガリちゃん、私このロボットいらない」
「じゃあ私がもらう! お笑いモードなしで!」
「これを書いた脚本家は、道徳を学び直すべきだ」
ムキーッ、とカガリは悔しがった。お料理マン2.1号は不思議そうな顔をしている。それもまたカワイイと思った。
「この高尚な笑いが分からないなんて、あなた方のセンスはどうなってますの?」
「お手伝いは嬉しいけど、やっぱり私は自力でお母さんを治してあげたい」
「そうですか……。後悔しても、知りませんけど」
「ねえ、私にはくれないの!?」
「あなたにはぜーったいにあげません!」
「アゲマセン アゲマセン」
「カワイイ……」
思わず紫陽は呟いた。そうしてカガリは珍しく自ら切り上げて「お料理マンちゃんはワタクシが使いますわ」と吐いた。
「カガリちゃんは、2人の友達なの?」
「んなアホな。あんな変なやつありえんってマジ」
階段で、「早く歩きなさい! お料理マンちゃん!」とカガリが言うと、「アルクノ オソイヨ」とお料理マン2.1号が振り向く。「ダッテ ロボットダカラネ」
紫陽はなんだか決して認めたくないフェティシズムが自分の中に芽生えた気がして、それと向き合いたくないので、さっさと茉莉と2人で告中の家を出た。
闇から返事は帰ってこない。真っ暗な部屋が
「買ったやつ、どこに直せばいい?」
「そのままでいいよ! 私が直すから」
「掃除とか、やることあれば手伝うが」
「気にしないで! お父さんに会えたら、家事全部やらせてやる」
キッチンの蛇口で洗った手をキッチンペーパーで拭いて、野菜から順に冷蔵庫へ閉まっていく。他人の冷蔵庫から漂う生活の匂いは普段と違ってどこか心地悪い。帰る方が告中の負担にならないと思いつつ、どうやって帰ることを切り出そうかと悩んでいたら、インターホンがなった。
「私が出よう」
告中の吐いた礼を片手で受け取って、
「ごきげんよう。あら、どうしてアホの
廊下には、見慣れた高飛車カガリが立っていた。周囲に配慮して声は小さめであった。
◆
「誰だった?」
エプロンをした
「あなたも
「なになにー?」と
「コホン……。では、本題に入りましょう。告中瑠奈さん、あなたにはプレゼントがありまして」
パチン、とカガリが指を鳴らす。空からフランソワちゃんはやってこないし、地面から黒服もやってこない。しーっ、とカガリがいうので耳をすますと、ウイーン、と機械音が階段の方から聞こえてくる。
「こちらに来なさい。『お料理マン2.1号』」
ウイーン、ウイーン、とやかましい音をたててお料理マン2.1号はやってくる。カガリの扱う機械はどうして彼もこれもやかましいのか。まさに「何がデカイでしょうゲーム」でいうところの「音」がデカい、である。バージョン2でこのトロさなら、バージョン1はさぞかし出来が悪かったのだろうと思う。
「ほら、お料理マン2.1号、新しいご主人ですわよ」
「コンニチワ」
お料理マン2.1号は頭を下げる。思わず紫陽と残り2人も頭を下げた。お料理マン2.1号は告中に手を差し出して、「コレカラ ヨロシクオネガイシマス」とまた礼をした。
「カガリちゃん、これは?」
告中はお料理マン2.1号と握手をする。
「彼はお料理マン2.1号。最先端の技術と智慧の結晶。家事をするために最適化された、人類の救世主。お手伝いロボットですわ」
「スゴイゾ スゴイゾ」
お料理マン2.1号はマッスルポーズをして喜んでいる。正直、紫陽はカワイイと思ってときめいた。
「告中瑠奈。ただでさえ小学校があるのに、母の分まで家事・掃除・洗濯・お風呂の用意……と、大変でしょう。このお料理マン2.1号がいればそんな不安も何のその、全てをこなしてくれるのですわ」
「すげえー! 私も欲しい!」
「あなたにはやりません」
なんでだよ!? と不平を唱えた茉莉をカガリは無視して、代わりにお料理マン2.1号が「ヤリマセン ヤリマセン」と言った。告中はあまり喜んでいるように見えない。
「全部やってくれるのは、いいことかもね」
「あら。あまり満足げに見えませんくて」
「うん……」
下をむいた告中を、いやらしい顔をしてカガリが覗き込んだ。
「もしかして、あなたは家事をすることで家庭に居場所を見つけているのでは? ロボットが母の手助けをするなら、自分の存在意義はどうなるのかと、悩んでいらっしゃって?」
告中は黙り込んだ。まさしくそのとおりだったのだろう。紫陽も、少し告中に対してそうではないかと思っていた節がある。しかし、それを指摘しないで、こっそり解決してこそカワイイのだ。アイデンティティを失いかけて暗い顔をする告中のカワイくない顔なんて、紫陽は見たくない。
「そんな言い方をしなくても良いだろう。あくまで現状だと、母と関わるにはそれ以外難しいというだけだ」
「ええ、ええ。あなたなら綺麗事を言うかと思いました。愛宕紫陽。……しかし、ワタクシも、まさかお料理マンちゃんのお仕事であなたの役割を奪おうなんて考えてません。ワタクシも両親に育てられた1人の人間。あなたの家庭を暖かくするために、もう1つの機能を兼ね備えてきたのです。まさにバージョン2.1たる所以」
お笑いスイッチオン、ですわ、とカガリがスイッチを押す。
「オワライモード キドウ」
お料理マン2.1号の目の色が切り替わる。
「ショートコント『事故』」
唐突にはじまったコントは、全く笑えない題名を付けられていた。
「タイヘンダ ジコダ。ジンコウコキュウ イチ、ニ イチ、ニ キコエマスカー? ……ダメダ イキガナイ」
1人2役を演じている。お料理マン2.1号は倒れ込んでから、ウイーンと起き上がった。
「イキ ハ ナイヨ。デモ イキテル」
彼の首が動いてこちらを見る。どこか笑っているように見える。
「ダッテ ロボットダカラネ」
「……」
梅雨真っ只中である外の空気は、湿り気が肌にまとわりついて気持ち悪い。
キョトンとした告中が、初めに沈黙を破った。
「……終わり?」
「ええ」
「どこがオチだったの!? 私がアホなんか!?」
「ワタクシは初めて見た時、笑い転げましたわ。さすが一流の脚本家」
「これ、笑っていいやつなのか。そもそも」
これだったら、私の方がお母さんのこと笑顔にできるよ、と告中は言う。あまりにも純粋で、そして正論だった。
「まだありますわ。ポチッ」
「ショートコント『人権』」
「オマエハ ヨウズミダ」
「ヤメテクレ シニタクナイ」
「ウルサイ ダマレ」
ドーン、と機械音声でお料理マン2.1号がいって、また彼は倒れ込む。
「ウッタケド ハンザイ ニ ナラナイヨ」
首が動いて、こちらを見る。
「ダッテ。ロボットダカラネ」
「……」
この雨季を超えれば、外は一気に夏めく。曇り空を見ながら、紫陽は1年ぶりの真夏に思いを馳せた。
「カガリちゃん、私このロボットいらない」
「じゃあ私がもらう! お笑いモードなしで!」
「これを書いた脚本家は、道徳を学び直すべきだ」
ムキーッ、とカガリは悔しがった。お料理マン2.1号は不思議そうな顔をしている。それもまたカワイイと思った。
「この高尚な笑いが分からないなんて、あなた方のセンスはどうなってますの?」
「お手伝いは嬉しいけど、やっぱり私は自力でお母さんを治してあげたい」
「そうですか……。後悔しても、知りませんけど」
「ねえ、私にはくれないの!?」
「あなたにはぜーったいにあげません!」
「アゲマセン アゲマセン」
「カワイイ……」
思わず紫陽は呟いた。そうしてカガリは珍しく自ら切り上げて「お料理マンちゃんはワタクシが使いますわ」と吐いた。
「カガリちゃんは、2人の友達なの?」
「んなアホな。あんな変なやつありえんってマジ」
階段で、「早く歩きなさい! お料理マンちゃん!」とカガリが言うと、「アルクノ オソイヨ」とお料理マン2.1号が振り向く。「ダッテ ロボットダカラネ」
紫陽はなんだか決して認めたくないフェティシズムが自分の中に芽生えた気がして、それと向き合いたくないので、さっさと茉莉と2人で告中の家を出た。