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文字数 1,891文字
『カワイイ化計画』は、この1週間の間に想定外のカワイくない段階を経て目的が遂行されようとしている。ペンダントが光らないまま何日も過ぎて、告中 は別の手段で父とコンタクトを取ろうとしていた。それに手を差し伸べたのが茉莉 である。拘束されていたときに、告中父の勤務先へ何度が幽体として赴いた彼女は、告中父の部署とその電話番号を知っていた。すなわち、職場に直接電話して父とアポを取るという、なんとも大胆な戦略ならいつでも実行可能な状態にあったのだ。そして紫陽 たちはそれに手を染めようとしていた。ところで、大胆の「大」とは何を指すのだろう。大というくらいだから何かが大きいに違いない。すれば「何がデカイでしょうゲーム」で利用できそうだと紫陽は思った。
7月7日 (金)
今日も告中の家に集まっている。
告中の手にとった電話からコール音が聞こえてくる。自分のことじゃないのに、紫陽はどこか緊張する。
「お電話ありがとうございます。白熊商事情報ビジネス課の林でございます」
彼女の耳元から電話をとった女性の声が聞こえる。茉莉が「うわっ、ガチの大人だっ」と言って、紫陽も同じ感想を抱いた。告中にできる限り近づいて、電話の内容を聞き取る。
「あのっ!」
『……はい?』
「あの、私、告中瑠奈 ですが!」
『もしもし、こちら、白熊商事情報ビジネス課ですが、お電話お間違い無いでしょうか?』
「合ってます! いますか!?不動恒一 いますか!」
「えっと、不動でございますか?」
「はい! 早くしてください」
「あの、ご用件とお名前の方を……」
「超重要案件ですっ。告中瑠奈ですっ!」
「あぁ……。少々お待ち下さい」
それから保留の音に切り替わった。一息ついて、告中は「やばい。緊張した。喋り方変じゃなかった?」と聞いてきたので、紫陽は目を反らした。
「すげーな! 瑠奈ちゃんにもずっと敬語だった」
「よく乗り切ったな。さすが自分で金を稼いでいただけある」
「怒られたらどうしよーって思った。緊張したあ」
プツッ、と音がして、電子音で奏でられていた曲は男の声に変わる。「出たんじゃない」と茉莉が言うので告中はまた電話を耳にあてた。紫陽は何となくこのタイミングで盗み聞きするのを辞めた。茉莉は嬉しそうに聞いている。
「もしもしお父さん、私。瑠奈だよ。––––。うん、久しぶり。……。そんなことはいいの。お父さんが居なくなったから、お母さん、普通に生活できなくなっちゃった。私が、家事とかしてるの。……うん、うん」
質問に答えるように、告中は今の状況をいくつか説明して、それから沈黙の後、顔を合わせたいと申し出た。
「ちょっとだけでいいから会いに来てよ。お母さんは来ない」
また告中は、うん、うんとだけ言うようになって、しばらくしてから、ありがとう、とだけ言って電話を切った。見知らぬ大人と会話しているときの方がよっぽど子供らしかった。
「お父さん会えるって」
「やったなー!」
「それは良かったな。思ったよりカワイく物事が進んだ」
「うん。そうなの」
静かな声だけど、どこか意図的にそうしているように聞こえる。来週土曜日に会うだとか、南にある駅の前であるだとか詳細を聞いたら、自然な流れで紫陽と茉莉も同行することになった。建前としては何かあったら不安だからという話であるが、紫陽はカワイイエネルギーが得られる可能性にも期待した。茉莉は8割くらい野次馬根性だろうけど、2割くらいは告中のことを心配して上でだろうと紫陽は思う。
今日は七夕。強引とはいえ、告中は1年以上ぶりに自らの父と声を交わすことができた。天の川というのは、固定回線のことかもしれない。
◆
7月15日 (土)
予定の日が来るまで、告中はいつも通りの振る舞いで学校生活を送っていた。普段は土曜日が近づくとワクワクして仕方ないのに、今週は告中の父と会うから紫陽は当事者でもないのにドキドキした。
当日。来る、と連絡してから15分後くらいに告中はアパートから降りてきた。
「ごめん。お母さんに、お父さんと会いに行くってことを確実に伝えたくて。あと、洗濯物してたら遅くなっちゃった」
告中の父は駅前にいる。駅周辺の駐輪場は値段設定がカワイくないので、3人はバスで向かう。
「瑠奈ちゃん、緊張してる?」
「まあ、うん、さすがにね」
「なんかあったら私がガツンと言ったるから安心せえ!」
「世の中の現象はそれを構成する因子がカワイくなるように流れができている。貴様の父の感情も、貴様と父の関係性も、きっとその例に漏れない。だから、安心しろ」
そうだよね、と俯いたまま告中は返事した。
ペンダントは振れない。
7月7日 (金)
今日も告中の家に集まっている。
告中の手にとった電話からコール音が聞こえてくる。自分のことじゃないのに、紫陽はどこか緊張する。
「お電話ありがとうございます。白熊商事情報ビジネス課の林でございます」
彼女の耳元から電話をとった女性の声が聞こえる。茉莉が「うわっ、ガチの大人だっ」と言って、紫陽も同じ感想を抱いた。告中にできる限り近づいて、電話の内容を聞き取る。
「あのっ!」
『……はい?』
「あの、私、告中
『もしもし、こちら、白熊商事情報ビジネス課ですが、お電話お間違い無いでしょうか?』
「合ってます! いますか!?
「えっと、不動でございますか?」
「はい! 早くしてください」
「あの、ご用件とお名前の方を……」
「超重要案件ですっ。告中瑠奈ですっ!」
「あぁ……。少々お待ち下さい」
それから保留の音に切り替わった。一息ついて、告中は「やばい。緊張した。喋り方変じゃなかった?」と聞いてきたので、紫陽は目を反らした。
「すげーな! 瑠奈ちゃんにもずっと敬語だった」
「よく乗り切ったな。さすが自分で金を稼いでいただけある」
「怒られたらどうしよーって思った。緊張したあ」
プツッ、と音がして、電子音で奏でられていた曲は男の声に変わる。「出たんじゃない」と茉莉が言うので告中はまた電話を耳にあてた。紫陽は何となくこのタイミングで盗み聞きするのを辞めた。茉莉は嬉しそうに聞いている。
「もしもしお父さん、私。瑠奈だよ。––––。うん、久しぶり。……。そんなことはいいの。お父さんが居なくなったから、お母さん、普通に生活できなくなっちゃった。私が、家事とかしてるの。……うん、うん」
質問に答えるように、告中は今の状況をいくつか説明して、それから沈黙の後、顔を合わせたいと申し出た。
「ちょっとだけでいいから会いに来てよ。お母さんは来ない」
また告中は、うん、うんとだけ言うようになって、しばらくしてから、ありがとう、とだけ言って電話を切った。見知らぬ大人と会話しているときの方がよっぽど子供らしかった。
「お父さん会えるって」
「やったなー!」
「それは良かったな。思ったよりカワイく物事が進んだ」
「うん。そうなの」
静かな声だけど、どこか意図的にそうしているように聞こえる。来週土曜日に会うだとか、南にある駅の前であるだとか詳細を聞いたら、自然な流れで紫陽と茉莉も同行することになった。建前としては何かあったら不安だからという話であるが、紫陽はカワイイエネルギーが得られる可能性にも期待した。茉莉は8割くらい野次馬根性だろうけど、2割くらいは告中のことを心配して上でだろうと紫陽は思う。
今日は七夕。強引とはいえ、告中は1年以上ぶりに自らの父と声を交わすことができた。天の川というのは、固定回線のことかもしれない。
◆
7月15日 (土)
予定の日が来るまで、告中はいつも通りの振る舞いで学校生活を送っていた。普段は土曜日が近づくとワクワクして仕方ないのに、今週は告中の父と会うから紫陽は当事者でもないのにドキドキした。
当日。来る、と連絡してから15分後くらいに告中はアパートから降りてきた。
「ごめん。お母さんに、お父さんと会いに行くってことを確実に伝えたくて。あと、洗濯物してたら遅くなっちゃった」
告中の父は駅前にいる。駅周辺の駐輪場は値段設定がカワイくないので、3人はバスで向かう。
「瑠奈ちゃん、緊張してる?」
「まあ、うん、さすがにね」
「なんかあったら私がガツンと言ったるから安心せえ!」
「世の中の現象はそれを構成する因子がカワイくなるように流れができている。貴様の父の感情も、貴様と父の関係性も、きっとその例に漏れない。だから、安心しろ」
そうだよね、と俯いたまま告中は返事した。
ペンダントは振れない。