06

文字数 1,623文字

 6月1日 (月)

 週明け。

「ほら、クルミ、こっちおいで」

 レジェンドオブカワイイキャロットを食べたクルミの予後は次第に回復し、仁川(にがわ)はまたいつものようにウサギと戯れるカワイイ昼休みや放課後を過ごすようになった。

「ありがとな、愛宕(あたご)。お前のおかげだ」
「なに、お前と、クルミがカワイかったから、運命がそれに微笑んだまでだよ」

 小屋の中では、かつて生徒達を狂騒させたウサギたちが、今は野菜を愛しく(かじ)っている。紫陽(しはる)が手を差し伸べると、ウサギ達はみな逃げた。

「人間に愛されることが決して動物の幸せとは限らないよな。俺らだって宇宙人に頭なでられたくないし。『小屋掃除の愛宕』だってそう思うだろ?」

 仁川が唱えた不愉快な2つ名に体が反応する。『ワウちー』の流行時に掃除を手伝っていたら、謎に紫陽にもあだ名がついた。ちなみに茉莉(まつり)は『ヒスタミンの幽谷(ゆうこく)』と呼ばれるようになった。掃除後の理科の授業であまりにもくしゃみばかりしていたら、教師が真剣にこの物質の説明をし、皆がおもしろがって使うようになった。カタカナで形容されている茉莉のことが、紫陽は羨ましかった。

     ◆

 教室に戻ると、まだ茉莉がスマホをイジったまま残っている。

「茉莉、帰ろっか」
「うわっ。急に話しかけんなよ気持ち悪い!?」
「名前を呼ぶという、カワイイワンテンポ置いただろが」
「ファイブテンポくらい置け!」
「茉莉、茉莉、茉莉、茉莉、茉莉、帰ろっか」
「もう置かなくていいよ」

 スマホを雑に仕舞って、茉莉は鞄を掲げる。

「ああ、それを触ってたから担任にバレると不味かった訳だな」
「仕方ないんだよ〜、……大事な連絡があるし」
「バレても反省文だろう。自分なりのテンプレートでも用意しておけ」

 そのまま紫陽は歩きだして、茉莉に帰ることを促す。

「あーごめん紫陽、今日は私先に帰る」
「?」
「塾あるの忘れてて急いで戻らなきゃならないんだった」
「その割にはスマホばかり見ていたが」
「だから今思い出したんだよっ!」

 そう言って茉莉は駆けていった。はじめ焦りすぎて魂だけが抜けていった。しばらくして「やべ、体忘れた」と戻った後、今度こそ走って教室を出ていった。

     ◆

 結局1人で帰ることになった。西日に下駄箱が照らされている。

 ただ、1人で帰ると都合が良いことが1つだけある。

「またか……」

 大きな音を立てて、大量の封筒が紫陽の下駄箱から溢れてくる。むしろ、どうやって詰めたのかを感心するくらいだ。

 これが定期的に起きるから、その時だけは茉莉がいなくてありがたいと思った。見られてしまってからかわれるのは、カワイくない。

 1つ1つ、ランドセルに詰めていると、封が空いている手紙を見つけた。

『愛宕さん。なぜ、あなたが私に振り向かないか、考えました。……幽谷さん。幽谷茉莉さんでしょう。彼女はずっとあなたといる。あなたは、幽谷さんが居るから、私のことなど気にもとめないのですね。そうであるなら、始めからそう言って断ってくれればいいのに、あなたは返事もしないで幽谷さんと遊んでいるばかり。あなたがそのつもりなら、私にも案があります。幽谷茉莉をあなたから引き離して、この学校から抹消してやる。
––––仕方ないですよね。あなたのせいです。紫陽ちゃんのせいです。独りになったらまた、私にお返事ください』

 一気に血の気が引いた。しばらく、その手紙をもったまま紫陽は呆然としている。

「……どうしようもないだろこんなん。差出人がわからないから対応できない」

 ……カワイくないイタズラだ、と紫陽は思った。そしてイタズラなら無視して然るべきだとも思った。本気の訳がない。かつて美麗天音がその対象であったように、どこかで自分を敵視している人間がいて、その人が手紙を定期的に紫陽の下駄箱に突っ込んでいる。

「そうだよな、イタズラだ。……無視しておけ」

 手紙を拾いながら、イタズラであることが事実であると頭に刻み込むために、紫陽は何度もそう呟いた。
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