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文字数 1,454文字

 5月1日 (月)

 井学(いがく)から連絡が返ってきたのは、ペンダントが光ってウィッグとドレスを落とした日からおよそ1週間後、彼が出発した日の2日後である。給食の時間に電話がかかってきた。

「はい、カワイイ愛宕紫陽(あたごしはる)だが」
『もしもし。愛宕さん、久しぶり』
「おう。学会とやらは終わったのか」
『まだロサンゼルスだけど』

 随分と難しい単語を並べ立てながら井学は2日間の出来事を話した。その8割は自身が偉大だという話だった。残りの2割はあまりにサイエンティフィックなので紫陽はうん、うんとだけ言って過ごした。

『愛宕さんの言う通り、学会に行く決意をしてよかった。色々刺激を受けたし、本当に僕の才能は社会に還元されそうだ』
「そうか。それはカワイイことだ。良かったな」
『それに、姉さんも、体調は良好みたいで。……写真を何枚か送ったけど、活躍している僕を見て喜んでくれてよかった。日本に戻ったら、今度こそお見舞いしようかなと思ってる』

 井学の話を聞いていると茉莉(まつり)と目があった。「あっ、もしかして井学ちゃん?」と茉莉は駆け寄ってくる。

「おっすー! 井学ちゃん元気―? 紫陽に色々してもらったらしいじゃん!」
『幽谷さんか。相変わらず騒がしいな』
「やかましいわー! 私もあんたのために色々やったんだぞ!? 教授の盗聴とか」
『盗聴……?』

 紫陽は茉莉の口を抑えてカワイイ言い訳をした。

「ああ、まあ、カワイイことを成し遂げるには裏がある。今回私がした仕事は、他には言わんようにな」

 そう言いながら紫陽は首元にぶら下がったペンダントを握る。

『わかった。立食会でJSが世界は救うって言ったら引かれちゃったし、これから他人に言うことはないと思うよ』

 横で茉莉が、やっぱこいつ気持ち悪ぃな〜とつぶやいた。

 電話を終えると後ろに担任が立っていた。紫陽と茉莉の通う星花小はスマホ持ち込み禁止である。茉莉も道連れで、放課後職員室に呼び出された。

 それから、井学は学会で得たアイデアを元に大量の遺伝子スクリーニングを行い、カワイイ遺伝子kawaiIαを単離。全国の実験動物はさらにカワイさに磨きをかけ、人類のカワイイQOLも大幅向上。加えて井学の博士論文が世界的に有名な雑誌『KAWAII science』に掲載され、井学はカワイイ研究者として大いなる名声を手に入れたが、それはまた別の話である。

     ◆

「はぁ、今日もカワイかった」

 ひと仕事とスマホ持ち込みによる反省文を終えて眺める夕日は最高にカワイイ、と1人下駄箱で紫陽は思った。『春はあけぼの。秋はカワイイ』と言ったのはどこの誰だったか。ちなみに今は春である。

「おーい紫陽帰んぞ!」
「茉莉、まだ居たのか」
「あったりめえだ反省文とかいう時代錯綜で古典的な罰を受けてたからな! ……てか紫陽はなんで書いてないの?」
「書いたぞ。カワイイで埋め尽くした。原稿用紙は4で割り切れるからな」
「きしょ」

 茉莉の欠伸を聞きながら靴を履き替える。

 紫陽の下駄箱の中に、封筒入の果たし状があった。ハートのシールで封がされている。「貴様の心臓を貫いてやる」という意味に違いない、と紫陽は思った。にしても、誰がこんなもの……。

『愛宕さん 好きです。付き合ってください』
「……カワイくない字だ」
「紫陽、どした?」
「いや、なにも」

 いますぐに捨てたい気分だったが、ポイ捨てをするのも分別をしないのもカワイくないから、紫陽は仕方なくその果たし状をポッケに詰め込んだ。

 明日もカワイイ1日になると信じて、生徒のいなくなった校舎を出る。
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