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文字数 2,510文字

 5月17日 (水)

 『2人かくれんぼ』という遊びがある。これは、紫陽(しはる)が小学4年生のときに考察した遊びで、名前の通り2人でかくれんぼをする。有名な怪談『ひとりかくれんぼ』はあれだけ怖いのだから、2人でやればその怖さも倍になるだろうと閃いたのが発端だった。恐ろしい幽霊が現れたらとっ捕まえて、2人でノーベル幽霊学賞を受賞しようとかつて茉莉(まつり)と約束したのを覚えている。それがただ、くだらないだけの普通のかくれんぼだと2人が気づくには1年かかった。それでも休み時間は暇なので2人かくれんぼをしていた。

「しーはるちゃん」

 花壇に擬態して隠れていたら茉莉ではない生徒に声をかけられた。同じクラスの、美麗天音(びれいあまね)だ。

「美麗か?」
「やっほー。今日も麗しい天音ちゃんだよっ」

 美麗天音は、極めてカワイイやつだった。まず第1にそのルックスがカワイイ。紫陽は自分自身も相当カワイイし、友人である茉莉も他人に自慢できるくらいだと思っていたが、彼女はさらにその上をいっていた。間違いなくクラスのトップオブカワイイであった。第2に、その声がカワイイ。声をあてる仕事が市民権を得た昨今、彼女は愛される人間になるだろうことが紫陽でも予測できた。ただし彼女はルックスもいいので喋らなくてもカワイイのだが。「雄弁はカワイイ。沈黙は超カワイイ」という。第3に、彼女はその振る舞いがカワイイ。彼女を初めてみたとき、紫陽は男に産まれてこなくて良かったと思った。男に産まれていたら、彼女のことを思う悶々とした日々を過ごす羽目になっていそうだったからだ。

 そんな彼女が、今、目の前にいる、紫陽は緊張した。美麗はいつも仲の良い友人2人といてクラスでの高い地位を維持しているから、紫陽のように表面的なコミュケーションしかとれない交友弱者に話しかけてくるのは意外であった。

「ここで何してるの?」
「かくれんぼだ」
「わー、かくれんぼ! 懐かしい!」
「しっ、しずかに」

 わわっ、と美麗はわかりやすく慌てて、どうしてか紫陽と一緒に自分の唇で人差し指をあてた。

「ごめんねっ? 紫陽ちゃん隠れる側だったんだ」
「鬼が擬態してたらおかしいだろ。私はカマキリか」
「?」

 遠くからみっけーと声がする。あのアホそうな大声は確実に茉莉だった。

「クソ、バレたか」

 紫陽は花壇から体を出す。

「天音のせいかも」
「気にするな。ただの遊びだし」

 いやいやいや〜、と拍手しながら茉莉はこちらに来る。

「まさか花壇に擬態するなんて気づきませんでしたぜ紫陽さんよ。天音ちゃんをヒントにしなきゃ分からなかった」

 よっす、と茉莉は軽く美麗に挨拶をする。目は合わせなかった。

「やっぱり、天音が居たから!」
「テレビ番組もこんな風にカメラマンのせいでバレてるのかなあ」
「見てないフリをするように事前に言われるんじゃないか」
「えー、気になっちゃうでしょそっち方面」

 それから鬼ごっこをするバラエティ番組では、カメラマンがいることでタレントは場所がバレるのか論争が始まったが、30秒にも及ぶ長いディスカッションの末、どっちでもいいという結論に達して話は終わった。

「ねえねえ、天音もかくれんぼしたい!」

 ふんっ、と美麗は意気込んでいう。カワイイ。

「んーでも2人かくれんぼは2人までだからなあ」
「3人かくれんぼってことにしたらいいだろ」
「いいのか!? 1年続けてきたんだぞ」
「しかし、せっかく美麗が参加したいと言っている」
「なんだよ天音ちゃんの顔が良いからってー」
「私はカワイイ人間の味方だ」
「じゃあ3人ですっかあ。知らないぞ? 超怖いおばけが出ても。なんてったってひとりかくれんぼの3倍だ」
「それはもう普通のかくれんぼだって結論が出ただろ」
「そだっけ?」
「何の話をしているの? 天音あんまり分かってないかも」

 じゃんけんで役割を決める。また茉莉が鬼になった。茉莉は昔からじゃんけんが頗る弱い。

     ◆

「ねえねえ、どこに隠れる!?」

 10歳にもなってこんな楽しそうにかくれんぼをする人間も中々いない。しかしカワイイので問題ない。

「私は木に登ろうと思う。なので美麗はそこから離れた……」
「じゃあ天音もそこー!」
「は?」
「天音も、紫陽ちゃんと同じところ隠れたい。ダメ?」

 遠くから茉莉がにじゅうー、と数字を数えている。1分数えて待つルールだが、茉莉は律儀に声を出して数える。

「いや、ダメじゃない……ことないな。ダメだ。なぜなら、2人同じ場所に隠れた場合、2人同時に見つかってすぐに負ける」
「でも、隠れる側はどれだけ時間が伸びても勝てないよ? 見つかるまでずっと、かくれんぼは続く」

 どうしてこのタイミングで正論を繰り出すのか紫陽には理解しかねた。

「わかった。じゃあ2人で木に登ろう」
「わーい!」

 そうして、校内の遊具がある庭の近くに生えた、何の変哲もない木に紫陽は登った。登ってみると、葉に隠されて中々分からない。茉莉はさっきの擬態に囚われて下を探すだろうから、我ながら良い隠れスポットだ。

「ほら、美麗も」
「う、うん」

 美麗は足をかけるのが下手で、全く登れない。

 じゅーう、きゅーう、と茉莉のカウントが聞こえる。

「おい、もう時間がない。急げ」
「手、貸して」
「……いけるか?」

 紫陽と手をつないで、彼女はどうにか登りきった。楽しそうに木の幹へ腰掛ける。

「凄いねーここ」
「たぶん休み時間の間にはバレないぞ。しばらくゆっくりできる。虫が出たら、その時はカワイくないから降りよう」
「それまでは紫陽ちゃんと2人っきりだ〜」

 難解な発言をして、彼女は隣で笑っていた。

     ◆

 2人は1分も経たず茉莉に見つかった。曰く、「さすがの私でも木の中にいる人の気配くらい分かるわ!」

「あまりにも予想外だ。こんなに早く場所が特定されるとは」
「へへーん。茉莉様を舐めるなよ」
「茉莉ちゃん、すごい!!」

 思いっきり美麗は茉莉へ抱きつく。茉莉が、どうすんのこれ、と顔で訴えてくる。紫陽は、なおさらさっきまでの美麗のことが分からなくなった。

 普段は、茉莉やカガリのような人間としか会話しないから分からない。カワイイやつというのは皆こうなのだろうか、と紫陽は考えた。
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