02
文字数 2,472文字
5月10日 (水)
「紫陽 ぅ! お願いがある!」
目を瞑 った茉莉 は両手を合わせた。茉莉が何かお願いする時の大袈裟 な仕草。要件を聞く前からまともなことではないのが予測できた。紫陽は茉莉の隣に視線を滑らせる。
「とりあえず話だけ聞く」
「さっすが!」
紫陽の視線は茉莉の隣から動かない。茉莉は結論から話さないで、まず自分が何をしようとしているのか導入から入った。
「別府さんの未練を消化するために、私、力になろうと思う。生きている人と、幽霊。両方と会話できるのは私だけだから」
カワイイ正義感に基づいた考えだと思った。それから茉莉は、別府は木曜日なら空いていること、幽霊のスケジュールって何だろうというツッコミ、しかし別府を手伝おうとすると1日中学校で魂が抜けたまま授業を受けてしまうことになるという懸念点を順に話した。
「そこで、授業を1日抜けるわけにはいかないので〜」
茉莉も隣を見た。それは紫陽がずっと視線を奪われている方向と全く同じで。
「……よく作ったな。こんなアホなもの」
茉莉にそっくりの人形がいた。
「すげえだろ! これ! 茉莉ちゃん人形って呼んで!」
目を輝かせて茉莉は随分興奮している。自分そっくりの物体が隣にいて気持ち悪くならないのだろうか、と紫陽は疑問である。
「どうやって作ったんだこんなもの」
「ネットに、そっくりの顔で人形を作ってくれるサービスがあって」
「……どういう用途で使うんだろうな」
「知らん! そんなことより、だ!」
鞄から数字の書かれたスイッチが並んだ箱を茉莉が取り出す。側面には、『茉莉ちゃんスイッチ』とシールが貼られている。スイッチの数字は1から10まで並んでいて、『1( ヒ・ミ・ツ)』や『2 (挨拶A)』のように、それぞれへ括弧付きで説明が与えられていた。
「これは?」
「シール貼ってるだろ! 茉莉ちゃんスイッチだよ」
「いや、名前は分かるが」
好きな数字押してみて! の指示に従って『2 (挨拶A)』を押してみる。
『はい! 幽谷茉莉です! 私の元気で、みんなの影を照らしちゃうぞー!』
「……は?」
「うおお! 改めて聞くとよくできとる……!」
茉莉は感動していた。紫陽は状況が掴めなくて、もう一度『2 (挨拶A)』を押してみる。
『はい! 幽谷茉莉です! 私の元気で、みんなの影を照らしちゃうぞー!』
「なるほど」
茉莉ちゃん人形が、喋っている。
正確には、茉莉ちゃん人形から録音済みの音声が流れている。それは説明をうけなくとも、その機械ごしの音と籠もっている感じで声帯から直接発せられたものでないと分かる。
「木曜日、私は学校と塾にいけない。だけど、ずっと魂が抜けたままだと、寝ていると勘違いされて怒られる。だからこの人形を私の席に置いといてほしい! もし誰かに話しかけられたら、10パターンはあるからそれで会話しといて!」
『6 (喜)』や『9( 楽)』のスイッチを押してみる。
「よっしゃーあああああ!」『ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! みんなせーの!』と茉莉ちゃん人形が順に言った。
「使いみちあるのかこれ」
「感情表現は全パターンほしくて! 喜ぶときとか楽しそうなときに使ってよ」
「わ、わかった」
スイッチを眺める。『4』のボタンだけ説明が書かれていない。
「茉莉、これは?」
「えーっと、4番?」
『死ね!』
……カワイくない言葉遣いだ。
「これはめっちゃキレたとき用。カツアゲされたとか」
「うちのクラスにそんな質 の悪いやついないだろ」
「わからんぞ! 人はいつ変わるか読めない」
「怒るなら7の (怒)でいいような」
「もっとキレたときに使うの!」
茉莉は怒って反論した。怒っているので『4』を押す。『死ね!』と人形がいう。
「授業中にあてられたときはどうする?」
「ふふーん。私は抜かりないぞ。10のスイッチを見てみ」
見ると「10 (解答用)」とある。
『瀬戸内海。夏目漱石。弟。はらびれ』
「……」
「どれか1個くらいは当たるだろ! 予測したんだぞ」
「いま社会は歴史をやっているような気がするが」
「まじ」
「ああ、マジだ」
茉莉は落胆した。ちなみに弟は算数で速さの文章題が出たときに使うらしい。「弟の方が先に学校に到着するときとか!」。問題設定が姉妹になるだけで破綻するなんとも汎用性に欠ける台詞だった。
「これ以外が答えのときはどうすればいい?」
「そこで5 (謝罪)を使うの」
「おお。よくできてるな」
『ごめん。すみません。申し訳ない。罪を償うため、今ここで切腹します……』
茉莉ちゃん人形は申し訳なさそうな声でそう言った。もしかしたらこれが1番使うことになるかもしれない。
「……ちなみに、このセリフ集には1個とっておきのがあって」
紫陽の手元を覗き込んで茉莉は言う。
「何番だ。聞いてみたい」
「おーっとそれはシークレットだ」
茉莉は人差し指を閉じた唇に持っていく。
「紫陽にも、その時がきたら雰囲気ごと味わってほしいから」
「そうか」
「一応ヒントだけ言っておくと、素数のどれか! きっとそれを聴くと、紫陽も私に惚れ直すことになるぞ〜」
「惚れたことないが」
「うわあ楽しみだなあ、みんなの反応とかもぜひ聴かせて!」
茉莉は1人で興奮していた。茉莉ちゃん人形が『死ね!』と言う。『無視すんな』という意味を込めた。
「無事乗り切ってくれたら、駄菓子おごる!」
『よっしゃーあああああ!』
「……。だから、茉莉ちゃんスイッチとかもバレないように大事に保存しといて!」
『はい! 幽谷茉莉です! 私の元気で、みんなの影を照らしちゃうぞー!』
「私と私を会話させるな!」
『ごめん。すみません。申し訳ない。罪を償うため、今ここで切腹します……』
「だからやめろ!」
『ごめん。すみません。申し訳ない。罪を償うため、今ここで切腹します……』
「やばい、おかしくなるう!」
茉莉は自分と会話して精神を消耗したらしく、「じゃあ、明日は頼むね……」と沈み気味に帰っていった。
改めてじっくり眺めてみると、茉莉ちゃん人形には全く生気がなくて、朝の会からバレてもおかしくないだろうと思った。
「
目を
「とりあえず話だけ聞く」
「さっすが!」
紫陽の視線は茉莉の隣から動かない。茉莉は結論から話さないで、まず自分が何をしようとしているのか導入から入った。
「別府さんの未練を消化するために、私、力になろうと思う。生きている人と、幽霊。両方と会話できるのは私だけだから」
カワイイ正義感に基づいた考えだと思った。それから茉莉は、別府は木曜日なら空いていること、幽霊のスケジュールって何だろうというツッコミ、しかし別府を手伝おうとすると1日中学校で魂が抜けたまま授業を受けてしまうことになるという懸念点を順に話した。
「そこで、授業を1日抜けるわけにはいかないので〜」
茉莉も隣を見た。それは紫陽がずっと視線を奪われている方向と全く同じで。
「……よく作ったな。こんなアホなもの」
茉莉にそっくりの人形がいた。
「すげえだろ! これ! 茉莉ちゃん人形って呼んで!」
目を輝かせて茉莉は随分興奮している。自分そっくりの物体が隣にいて気持ち悪くならないのだろうか、と紫陽は疑問である。
「どうやって作ったんだこんなもの」
「ネットに、そっくりの顔で人形を作ってくれるサービスがあって」
「……どういう用途で使うんだろうな」
「知らん! そんなことより、だ!」
鞄から数字の書かれたスイッチが並んだ箱を茉莉が取り出す。側面には、『茉莉ちゃんスイッチ』とシールが貼られている。スイッチの数字は1から10まで並んでいて、『1( ヒ・ミ・ツ)』や『2 (挨拶A)』のように、それぞれへ括弧付きで説明が与えられていた。
「これは?」
「シール貼ってるだろ! 茉莉ちゃんスイッチだよ」
「いや、名前は分かるが」
好きな数字押してみて! の指示に従って『2 (挨拶A)』を押してみる。
『はい! 幽谷茉莉です! 私の元気で、みんなの影を照らしちゃうぞー!』
「……は?」
「うおお! 改めて聞くとよくできとる……!」
茉莉は感動していた。紫陽は状況が掴めなくて、もう一度『2 (挨拶A)』を押してみる。
『はい! 幽谷茉莉です! 私の元気で、みんなの影を照らしちゃうぞー!』
「なるほど」
茉莉ちゃん人形が、喋っている。
正確には、茉莉ちゃん人形から録音済みの音声が流れている。それは説明をうけなくとも、その機械ごしの音と籠もっている感じで声帯から直接発せられたものでないと分かる。
「木曜日、私は学校と塾にいけない。だけど、ずっと魂が抜けたままだと、寝ていると勘違いされて怒られる。だからこの人形を私の席に置いといてほしい! もし誰かに話しかけられたら、10パターンはあるからそれで会話しといて!」
『6 (喜)』や『9( 楽)』のスイッチを押してみる。
「よっしゃーあああああ!」『ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! みんなせーの!』と茉莉ちゃん人形が順に言った。
「使いみちあるのかこれ」
「感情表現は全パターンほしくて! 喜ぶときとか楽しそうなときに使ってよ」
「わ、わかった」
スイッチを眺める。『4』のボタンだけ説明が書かれていない。
「茉莉、これは?」
「えーっと、4番?」
『死ね!』
……カワイくない言葉遣いだ。
「これはめっちゃキレたとき用。カツアゲされたとか」
「うちのクラスにそんな
「わからんぞ! 人はいつ変わるか読めない」
「怒るなら7の (怒)でいいような」
「もっとキレたときに使うの!」
茉莉は怒って反論した。怒っているので『4』を押す。『死ね!』と人形がいう。
「授業中にあてられたときはどうする?」
「ふふーん。私は抜かりないぞ。10のスイッチを見てみ」
見ると「10 (解答用)」とある。
『瀬戸内海。夏目漱石。弟。はらびれ』
「……」
「どれか1個くらいは当たるだろ! 予測したんだぞ」
「いま社会は歴史をやっているような気がするが」
「まじ」
「ああ、マジだ」
茉莉は落胆した。ちなみに弟は算数で速さの文章題が出たときに使うらしい。「弟の方が先に学校に到着するときとか!」。問題設定が姉妹になるだけで破綻するなんとも汎用性に欠ける台詞だった。
「これ以外が答えのときはどうすればいい?」
「そこで5 (謝罪)を使うの」
「おお。よくできてるな」
『ごめん。すみません。申し訳ない。罪を償うため、今ここで切腹します……』
茉莉ちゃん人形は申し訳なさそうな声でそう言った。もしかしたらこれが1番使うことになるかもしれない。
「……ちなみに、このセリフ集には1個とっておきのがあって」
紫陽の手元を覗き込んで茉莉は言う。
「何番だ。聞いてみたい」
「おーっとそれはシークレットだ」
茉莉は人差し指を閉じた唇に持っていく。
「紫陽にも、その時がきたら雰囲気ごと味わってほしいから」
「そうか」
「一応ヒントだけ言っておくと、素数のどれか! きっとそれを聴くと、紫陽も私に惚れ直すことになるぞ〜」
「惚れたことないが」
「うわあ楽しみだなあ、みんなの反応とかもぜひ聴かせて!」
茉莉は1人で興奮していた。茉莉ちゃん人形が『死ね!』と言う。『無視すんな』という意味を込めた。
「無事乗り切ってくれたら、駄菓子おごる!」
『よっしゃーあああああ!』
「……。だから、茉莉ちゃんスイッチとかもバレないように大事に保存しといて!」
『はい! 幽谷茉莉です! 私の元気で、みんなの影を照らしちゃうぞー!』
「私と私を会話させるな!」
『ごめん。すみません。申し訳ない。罪を償うため、今ここで切腹します……』
「だからやめろ!」
『ごめん。すみません。申し訳ない。罪を償うため、今ここで切腹します……』
「やばい、おかしくなるう!」
茉莉は自分と会話して精神を消耗したらしく、「じゃあ、明日は頼むね……」と沈み気味に帰っていった。
改めてじっくり眺めてみると、茉莉ちゃん人形には全く生気がなくて、朝の会からバレてもおかしくないだろうと思った。