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文字数 4,654文字

     ◆

 5月18日 (木)

 朝、学校に行くと、授業前からカワイくない言い争いが繰り広げられていた。美麗(びれい)と、その2人の友達。すいせい、みくもだ。

天音(あまね)、ちょっと興味がなくなったらそれかよ」
「ねえ、違うよ。天音、紫陽(しはる)ちゃんが困っていたから助けてあげたくて」
「じゃあ、何で連絡してくれなかったの」
「ずっと学校に居たからスマホがなかったの」
「家に着いてからでよかったじゃん」
「夜はやりたいことがあって……」
「なにそれ、意味分かんない」
「おい、貴様ら。朝からカワイくない喧嘩はやめろ」

 特に解決策も用意せず、紫陽は仲裁(ちゅうさい)に入る。

「あ、天音の『新しいお友達』。愛宕(あたご)さんじゃん」
「大体、天音ってすぐ他の子と遊びに行くよね。私たちといる意味あるの?」
「私は、クラスみんなで仲良くしたいだけっ。一緒にいて1番楽しいのは、すいせいとみくもだよ!」
「出た。クラスみんな仲良く。……男子と仲良くするのも、それが理由?」
「ちょ、すいせいやめなって、ウケる」

 紫陽は、クラスの女子が高い次元で交わし合うこういった会話が苦手だった、どうも論理で解決できそうにないから、教室で助けになりそうな人間を探す。教室の隅で他の女子と会話する茉莉(まつり)が見えた。

「おい、茉莉。あの言い合いを制裁してくれないか」
「あー……天音ちゃんの」

 茉莉は、2人の言葉を浴びて縮こまる美麗を一瞥(いちべつ)する。

「ごめん、今日は力になれない」

 そうして今度は、さっきまで会話していた2人の女子––––菊池、小松と目を合わせた。

「実は、菊池さんと小松さんから結構前に相談を受けてて。その、天音ちゃんが2人のことを邪険にしてるんじゃないかって」
「……? どういうことだ」

 そこで小松が話し始めた。美麗はクラスみんな仲良くと主張する割に自分には一向に話しかけてこない。それだけならなんとも思わないが、昼休みに本を読んでいると遠くから中身を覗くようにジロジロ見られていることがある。そうして振り向くと、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。また、菊池は好きなアイドルのキーホルダーをなくして、放課後の教室に探しにいったら、美麗がそれを持っていて、随分を不審な動きで渡してすぐに帰っていったことがあった。教室内で高い地位を維持する彼女が、あまり目立たない2人を見下している。菊池と小松はそう主張した。

「もっと、直接的に被害を受けたことはないのか」
「そこまで待っていたら手遅れでしょーが」

 2人を庇うように茉莉はいう。

「だから、2人には私の能力の話をしてね、天音ちゃんの裏を見ることにしたんだ。何か証拠が掴めたときは、天音ちゃんに謝ってもらう。昨日変な話したのも、それで天音ちゃんのこと疑ってたからさ……。両方の味方はできないから、解決するまでは私は2人の側につかせて」

 神は2カワイイを与えず、という。類稀なる美貌をもって生まれた美麗なら、その代償として、人格に一部欠損が見られても仕方ないように思う。紫陽はカワイイの味方だが、他人を傷つけることがあればそのときは当人を制裁する必要があると思う。

 すいせいとみくもに見捨てられた美麗は、表情を歪ませることなくいつもの顔で席についていた。

     ◆

「紫陽ちゃん?」

 信号を待ちながら給食袋をぐるぐる回して遊んでいると、後ろから美麗に話しかけられた。茉莉は塾があると言って先に帰った。

「なんだ。美麗か。貴様も家がこっち方向なんだな」
「いや、ほんとは違うんだけど、紫陽ちゃんとお話したくて」

 美麗は満面の笑みでそういった。少なくとも、目に映る造形はやっぱりカワイイ。ペンダントが少し振れる。

「今日の朝、割って入ってくれてありがとね」

 宿題があまりにも多かったので紫陽は朝のことを忘れていた。そういえば、彼女は喧嘩していた。

「気にするな。半ば勢いで入っただけだし、そもそも私は何も解決していない」
「でも、気持ちだけで嬉しい」

 そういって美麗は紫陽との距離を詰める。すいせいとみくもが、男子と絡むことを非難したがる気持ちが紫陽にも少しわかった。

「2人とは、仲良くできたのか」
「……ううん。今日は一緒に帰ってくれなかった」

 信号が切り替わってカッコウが鳴く。家の方向が違う美麗は、紫陽の隣を歩いている。

「菊池さんと、小松さん、天音のこと喋ってたね」
「聞いてたのか」
「聞こえちゃった。私が、小松さんに意地悪しようとしてるとか、菊池さんのキーホルダー盗んだとか」
「……あれは、本当なのか」

 美麗は、むぅ、と頬を膨らませた。

「そんな訳ないよっ! 小松さんとは、ずっとお話したいけど、天音、本のこと詳しくないから話しかけられないだけだし、菊池さんのは、なんか、天音が怪しいみたいになっちゃったから、焦ったの」
「ほう」

 紫陽は、しばらくペンダントを握ってそれが動くか確認してみた。反応しないのは、紫陽が美麗を信用できていないからか、世界がそれを嘘だと見抜いているからか、どちらかは分からない。

 世界は、万物バランスが保たれるように存在しているはずだ。例えば、美麗のように白すぎる、純粋なものを見てしまったら、その異質さを人々は受け入れることができないで、どこか穢れているはずだと、その粗を探し続ける。現に紫陽も今、美麗がどのタイミングで嘘をついているのかを見極めようとしている。

 その間にも美麗は、小松と菊池について自分が知っていることをずっと話していた。3人で会話しているところなど見たことないのに、美麗はクラスメイトについてたいそう詳しかった。言われてみれば、紫陽はあまりクラスメイトについて詳しくない。教室で暴れるアホ男子がいるだとか、動物大好きでウサギ小屋臭い男子がいるだとか、茉莉ちゃん人形以降茉莉を気にかけている女子がいるとか、4月早々に両親が離婚して母の旧姓に戻った生徒がいて、そのせいでいきなり名前の順が崩壊したとか……、ざーっと考えてみて、それ以上のことはもう何も出てこない。 

「あの2人とは、仲直りするつもりか」
「うん、もちろん」

 美麗は前を向いたまま言った。綺麗な横顔に、春風が吹いて髪がなびく。本当にガワはカワイイやつだと思った。

 髪がもう1度なびいて、今度はさっきよりも強い風だった。そして、その勢いが強すぎると気づいたとき、今吹いているのは春風じゃなくて人工的な風だと紫陽は察して、思わず空を見上げた。

「なーっはっはあっ!!」

 フライパンちゃんだったかフランスパンちゃんだったか。プロペラの音がうるさいヘリがこちらに下降してきて、いつもの不愉快な声が響く。

「美麗、下がれ」
「なにあのヘリ……」

 道路に着陸したヘリは住宅街の交通を混乱させ、何らかの法は犯してそうだと紫陽が思っている間に、カガリがヘリから出てきた。

「出たな! 高飛車箱入り娘」
「カガリとお呼びなさい。屁理屈色気無し女」

 カガリは極めて不快な台詞を吐いたあと、唇を舐めてから天音の方を見た。

「美麗天音さん。5年2組は、もうあなたの物ではありませんわ」

 美麗が指を鳴らす。出てきたのは、黒服……じゃなくて、同じクラスの女子2人だった。

「すいせい!? みくも!?」

 美麗は悲鳴に近い声をあげる。

「あなたのような人たらしが、皆に好かれ続けるのも限度がありますの。化けの皮が剥がれる前に、正直になっては?」
「天音は、本当に、みんなと仲良くしたいだけだから!」
「信じられませんわねえ」

 カガリはすいせいとみくもと目を合わせてみなで高笑いした。このお嬢様ロールプレイは少しだけ楽しそうだと紫陽は思ってしまう。

「カガリちゃんのヘリ、超おもろい! カガリちゃんヘリ酔いしてずっと寝てるし!」
「ちょ、余計なことを言うでありませんわ」
「あとカガリちゃんすっごくお金持ちだから、色んなところ行けるんだよ! 今度高級パフェ行くんだよね」
「そそ! 行こ行こ」
「いや、甘いものはちょっと……」

 美麗は、何も言わないでカガリを見つめている。

「おい美麗、何をしている。このままだとカワイくないカガリと2人がズッ友になってしまうぞ」

 ヘリの前ですいせいがスマホを掲げて3人で自撮りしている。カガリは笑顔を作るのが下手くそだった。

「紫陽ちゃん」

 美麗がこちらを見る。

「天音、これでもいいかなって思う。2人が楽しそうだったら、それでいいの。天音とは合わなかっただけかもしれない。天音は、みんなの幸せが1番だから」

 ペンダントが振れた。

 美麗は、本当にすいせいとみくものことを大切に思っている。

「そうか」

 紫陽は、カガリの元へ歩み寄る。もし美麗がここでカガリと対峙する気を持たないなら、カガリにはもう帰ってもらって問題ない。変に長居されて、カワイくないトークを繰り広げられても困る。

「美麗は、特に今の状況に不満はないそうだ。2人が幸せだったら、それでいいと」
「天音……」

 すいせいは呟いてからハッとしたような顔をして、そっぽを向いた。

「だから3人で遊びたいならカガリの勝手にしろ。ただ、5年2組だけはお前のものにはさせないぞ。お前のコミュ力じゃ全員とは仲良くなれん。美麗ほどカワイくないと駄目だ。いや、貴様も見た目はカワイイと思うが」
「やっ、やかましいですわ! ワタクシほど、遊びに精通した女子もいませんくてよ。もしワタクシが5年2組を牛耳ったら、あなたは泣きながらワタクシにひれ伏すことになります」
「耐えられるのか、カースト上位の芸術に」

 紫陽は、すいせいからスマホを借りて、さっき自撮りした写真を見せた。3人の顔は、加工されてより綺麗に、カワイく映っている。

「うん、カワイイ写真だ。今の時代、スマホで写真を撮ったら全部こんなのになるけど大丈夫か。プリクラとか、もっと加工激しくなるぞ」
「な、なんですのこの甘ったるい3人組は!?」

 さっきの自撮りを見てカガリはそう叫んだ。彼女の顔色が悪くなっていくのがわかる。

「こんな、プニプニで真っ白な肌。ワタクシではありませんわ。それにネコミミだなんて……。ああ、気分が」

 いつものようにカガリは勢いを失って座り込んだ。力なく「帰りましょう」と呟いて、そのままヘリに乗り込む。

「えっ、カガリちゃんもう帰っちゃうの」
「今から買い物しようって行ったのに」
「ごめんなさい。今日は体力の限界ですわ。帰って配信でも見てゆっくり過ごします。……もしよろしければ、このフランソワちゃんでお2人の家まで送っていきますけど」

 すいせいとみくもは遠くにいる天音をみて、困ったような顔をした。数秒たって、みくもが口を開けた。

「私は、歩いて帰ろっかな。なんとなく、そんな気分だし」

 すいせいは何度も頷く。

「あー、わかるわかる。私も、今日は徒歩で帰る」

 フランソワちゃんの中で、カガリが「美肌……ネコミミ……」と唱えながらうなされている。2人は、そんなカガリに「ごめんっ。また今度遊ぼうね!」と伝えた。

「すいせい、みくも、良かったの?」

 ヘリの扉が閉まるのを見て、美麗もこちらに来る。

「だって、天音が……、いや、なんも」

 カワイくなれないやつだ、と紫陽は思った。

「別に、ただあるきたい気分だったから、それだけだし」
「そっか。ううん。良かった。天音が、2人が新しい友達を見つけて幸せなら、それで十分、天音も幸せ」
「そ、そう? それはどうも。……私達も、楽しいし」
「じゃ、私はすいせいと帰るから。天音も……愛宕さんと仲良くね」

 上空から、「覚えておきなさい! この加工プニプニ女―!」と叫ぶ声が聞こえた。
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