02
文字数 3,369文字
7月1日 (土)
カワイイ化計画を実行する日が来た。まずは紫陽 のアイデアから実行する。
「やっほー、今日もつぶらな瞳の天音 ちゃんだよ!」
カワイイ、といえばやはり彼女しかいない。告中 がカワイくなるために、紫陽は同じクラスの美麗 天音を呼んだのだった。
「すごい。2組カーストトップの天音ちゃんがなんで私なんかのとこに」
「縁があってな。今日は貴様をカワイくする手伝いをしてもらいにきた」
「紫陽ちゃんが、天音ちゃんと繋がってるなんて意外」
「半分失礼だろそれ」
「学校にカーストなんかないよ! クラスにはみんなそれぞれ、落ち着く場所があるってだけ」
久しぶりに美麗の笑顔を間近でみて、やはり最高にカワイイやつだと思った。告中も照れくさそうにしていて、この調子なら簡単に天音イズムに取り込まれるだろう。
「美麗。昨日の夜も言ったんだが、告中をカワイくしてやってくれないか。告中がカワイくなれるかどうか、それがこいつの家庭を左右するかもしれないんだ」
「瑠奈ちゃん、すでにとっても可愛いよ?」
「……ッ!?」
告中は頬を赤らめる。案外チョロい。
「すまない、美麗。そんなことはとっくに分かっている。さらに、だ。カワイイ告中をもっとカワイくすることが、美麗ならできるんじゃないかと思って」
「無茶ぶりだなあ紫陽」
「わかった。天音頑張ってみる」
「いけるの!?」
驚く茉莉 を尻目に、流石美麗だ、と紫陽はなぜか自分が誇らしい気になった。
◆
公園といえば比較的低年齢の子達が集まる公共施設である。その低年齢というのは、あくまで未就学児から小学校低学年くらいまでのことであって、社会から見ればガキ扱いの紫陽たちも公園という環境では立派なお姉さんなのだ。そんなお姉さんたち4人が、1対3の形になって向き合っている。
「それじゃ、みんなで素敵になろうね? 天音ちゃん体操〜」
1対3の1は美麗だ。ずっと微笑んだまま、体をリズミカルに動かす。
「まずは、素敵なとぼけ顔の体操〜。口を楕円形にして、いち、に、ぽえ〜?」
「「いち、に、ぽえ〜?」」
「ぽ、ぽえー……」
告中が、紫陽と茉莉に少し遅れた。
「次はジト目だよぉ。いち、に、じー……」
「「いち、に、じ……」」
「ど、どうやるの、その目」
「しっかりしろ告中!」
「ひぃっ」
紫陽は声を荒げた。
「せっかく偉大なる美麗先生がコーチングしてくれてるんだ。従わなくてどうする」
「だって……」
「私と茉莉も味方だ。3人一緒に、カワイくなるぞ」
「見てみて! 私のジト目。じー……」
「ほら、茉莉みたいに貴様も」
「じ……」
「いい目だ。クラスの男子がその顔で何かに目覚めそうだな」
美麗と告中、2人のクラスメイトのカワイイ顔が見られるなんて、これほどの贅沢が許されるのか、と紫陽は思った。ペンダントは振れない。
「次は男の子が喜びそうなポーズ! 手をハート型にして、萌え萌えキューン!」
「「萌え萌えキューン!」」
「やっぱりできないよ!」
いよいよ告中は投げ出した。
「どうしてだ告中。こんなにカワイイのに」
「こんなので、男の子は喜ぶの!?」
「ウケるに決まってる。萌え萌えキューンだぞ」
「紫陽ちゃんが言っても説得力ないよ!」
「8割失礼だろそれ」
「天音ちゃんなら分かるけど、私とか2人がやったとしても、男の子は引くだけだと思うよ?」
「私を巻き込むな!?」
「み、みんな、喧嘩しないで!」
「天音ちゃんは黙ってて!」
「ぽえ〜?」
「カワイイ……!」
美麗を巻き込んだ「告中カワイイ化計画」は失敗に終わった。「お昼からすいせいとみくもと遊びに行くの」と言って美麗は公園を出ようとする。人気アイドルのごとくスケジュールの確保が困難なやつだった。
「そうだ瑠奈ちゃん! これ、天音が作ってきたんだよ」
出る直前に彼女は袋を差し出した。ババロアが入っているという。クッキーを3人で作って以降、お菓子作りにハマったとのことだった。
「い、いいの。天音ちゃんみたいな可愛い子が作ったお菓子なんて」
告中は手が震えている。紫陽や茉莉と喋るときとは態度が全然違う。
「うん! お母さんと、お家で楽しく食べてねっ。感想、楽しみにしてる」
嬉しそうに袋を荷物置き場へ持っていって、代わりに告中はインスタントカメラを取ってくる。
「天音ちゃん。……よかったら、その、記念撮影」
「いいよ〜!」
凄い、インスタントカメラなんだ〜、と美麗がはしゃぐ。この最新ハイテクカメラを知ってるなんて、流石のカーストトップだと紫陽は思う。撮影役はじゃんけんに負けた茉莉がすることになった。紫陽も写真内に入れてもらおうとしたら告中が「ツーショットがいい」と言ったのでしぶしぶ我慢した。美麗とのツーショットなんて誰もが望むのにズルいやつだ。
◆
「瑠奈ちゃんはさあ、もしペンダントが光ったらどういうものを落としてほしいの?」
太陽が高くなってきて、遊具に占める小さい子の割合が増えてきた。紫陽、茉莉、告中の3人は小さい子の邪魔にならないようベンチに集まって、今度は茉莉の持ってきた「瑠奈ちゃんカワイイ化計画」を遂行していた。
「うーん、モノって言われたら難しい……」
「何をしたいとかでもいいよ! ––––あっ、首の下も塗るからそのまま。……例えばお母さんに元気になってほしいとか」
「瑠奈ちゃんカワイイ化計画」の全貌は単純明快で、告中の顔をメイクすることによってその美貌をペンダントに見せつけるというものだった。「やったことなくても知識はめっちゃあるからね!」と極めて茉莉が自慢げだったので紫陽も告中も特に止めなかった。
「……そうだね。お母さんには元気になってほしいけど、もう1つ成し遂げたいことがあって」
コンシーラをあてられながら、顔が動きすぎないように告中は言葉紡ぐ。
「家族3人で、新しい思い出を作りたいな」
ペンダントが振れない代わりに、胸がざわついた。
化粧品を抱えた茉莉の手が止まる。
「別にずっと一緒にいてくれなくてもいいの。一日だけでいいから、また、どこかに連れて行ってくれたらなって思う。そしてら、私はこれから家事をもっと頑張れるし、もしかしたらお母さんも本当の気持ちをきいて元気になるかもしれないから」
公園の周りに生えた木が日光を全身に浴びるせいで、ベンチは影になる。それが涼しいと思える季節になった。そんなに暗い顔しないでよ、私は慣れてるから、と告中がいう。
「ペンダントの力を借りなくても会えるんじゃないか?」
「それはそうかもしれない、だけど」
「方法がないか」
「うん。それもあるし。……やっぱちょっと緊張する。不思議な力に頼って会う方が、楽な気持ちで会える気がする」
「私、本気だせばお父さんにつながる会社の番号持ってこれるかも。––––目瞑って」
「どういうこと? 茉莉ちゃんスパイなの。––––ん、くすぐったい」
「スパイよりもっとすごいんだぞ〜。詳細は秘密だけど!」
「秘密にする意味あるのか」
「かっこいいからに決まってんだろ」
「まあ秘密なのはいいけど、電話かあ」
まつげが際立って、目の周りがほんのり赤くなった告中の、今度は唇にツヤが加えられる。全体像が浮かんでくると分かる。この化粧は濃い。
「やっぱり電話は嫌?」
「なんて言っていいかわからないし」
「一旦はその顔をペンダントに見せてみよう。もしかしたら『不思議な力』が味方してくれるかもしれんしな」
ダメ元で紫陽は言う。「終わった!」と茉莉が満足げに一息ついて、告中は完全にこちらを向いた。
「……うん。そうだな。はじめての化粧は、気持ち薄めにやってみること。あとは、他人ではやらないのが大切かもな」
ペンダントはミリも動かなかった。
◆
結局2人とも「カワイイ化計画」は失敗に終わらせた。告中 の現代芸術と化した顔は公園の蛇口でカワイくしつこく洗い流した。彼女の顔をみた男児たちは腹を抱えて笑い、女児たちは震えながら親の元へ逃げた。
母のお昼ごはんを作らねばならないと告中が言うので2人もついていくことにした。計画に失敗した詫びとして荷持持ちを手伝ってあげたいという気持ち半分、一緒にスーパーで買い物したいという気持ち半分だ。あれだけ子供の頃に押したくて仕方なかった買い物用カートは、小学5年生になって押してみると思いの外つまらなかった。
カワイイ化計画を実行する日が来た。まずは
「やっほー、今日もつぶらな瞳の
カワイイ、といえばやはり彼女しかいない。
「すごい。2組カーストトップの天音ちゃんがなんで私なんかのとこに」
「縁があってな。今日は貴様をカワイくする手伝いをしてもらいにきた」
「紫陽ちゃんが、天音ちゃんと繋がってるなんて意外」
「半分失礼だろそれ」
「学校にカーストなんかないよ! クラスにはみんなそれぞれ、落ち着く場所があるってだけ」
久しぶりに美麗の笑顔を間近でみて、やはり最高にカワイイやつだと思った。告中も照れくさそうにしていて、この調子なら簡単に天音イズムに取り込まれるだろう。
「美麗。昨日の夜も言ったんだが、告中をカワイくしてやってくれないか。告中がカワイくなれるかどうか、それがこいつの家庭を左右するかもしれないんだ」
「瑠奈ちゃん、すでにとっても可愛いよ?」
「……ッ!?」
告中は頬を赤らめる。案外チョロい。
「すまない、美麗。そんなことはとっくに分かっている。さらに、だ。カワイイ告中をもっとカワイくすることが、美麗ならできるんじゃないかと思って」
「無茶ぶりだなあ紫陽」
「わかった。天音頑張ってみる」
「いけるの!?」
驚く
◆
公園といえば比較的低年齢の子達が集まる公共施設である。その低年齢というのは、あくまで未就学児から小学校低学年くらいまでのことであって、社会から見ればガキ扱いの紫陽たちも公園という環境では立派なお姉さんなのだ。そんなお姉さんたち4人が、1対3の形になって向き合っている。
「それじゃ、みんなで素敵になろうね? 天音ちゃん体操〜」
1対3の1は美麗だ。ずっと微笑んだまま、体をリズミカルに動かす。
「まずは、素敵なとぼけ顔の体操〜。口を楕円形にして、いち、に、ぽえ〜?」
「「いち、に、ぽえ〜?」」
「ぽ、ぽえー……」
告中が、紫陽と茉莉に少し遅れた。
「次はジト目だよぉ。いち、に、じー……」
「「いち、に、じ……」」
「ど、どうやるの、その目」
「しっかりしろ告中!」
「ひぃっ」
紫陽は声を荒げた。
「せっかく偉大なる美麗先生がコーチングしてくれてるんだ。従わなくてどうする」
「だって……」
「私と茉莉も味方だ。3人一緒に、カワイくなるぞ」
「見てみて! 私のジト目。じー……」
「ほら、茉莉みたいに貴様も」
「じ……」
「いい目だ。クラスの男子がその顔で何かに目覚めそうだな」
美麗と告中、2人のクラスメイトのカワイイ顔が見られるなんて、これほどの贅沢が許されるのか、と紫陽は思った。ペンダントは振れない。
「次は男の子が喜びそうなポーズ! 手をハート型にして、萌え萌えキューン!」
「「萌え萌えキューン!」」
「やっぱりできないよ!」
いよいよ告中は投げ出した。
「どうしてだ告中。こんなにカワイイのに」
「こんなので、男の子は喜ぶの!?」
「ウケるに決まってる。萌え萌えキューンだぞ」
「紫陽ちゃんが言っても説得力ないよ!」
「8割失礼だろそれ」
「天音ちゃんなら分かるけど、私とか2人がやったとしても、男の子は引くだけだと思うよ?」
「私を巻き込むな!?」
「み、みんな、喧嘩しないで!」
「天音ちゃんは黙ってて!」
「ぽえ〜?」
「カワイイ……!」
美麗を巻き込んだ「告中カワイイ化計画」は失敗に終わった。「お昼からすいせいとみくもと遊びに行くの」と言って美麗は公園を出ようとする。人気アイドルのごとくスケジュールの確保が困難なやつだった。
「そうだ瑠奈ちゃん! これ、天音が作ってきたんだよ」
出る直前に彼女は袋を差し出した。ババロアが入っているという。クッキーを3人で作って以降、お菓子作りにハマったとのことだった。
「い、いいの。天音ちゃんみたいな可愛い子が作ったお菓子なんて」
告中は手が震えている。紫陽や茉莉と喋るときとは態度が全然違う。
「うん! お母さんと、お家で楽しく食べてねっ。感想、楽しみにしてる」
嬉しそうに袋を荷物置き場へ持っていって、代わりに告中はインスタントカメラを取ってくる。
「天音ちゃん。……よかったら、その、記念撮影」
「いいよ〜!」
凄い、インスタントカメラなんだ〜、と美麗がはしゃぐ。この最新ハイテクカメラを知ってるなんて、流石のカーストトップだと紫陽は思う。撮影役はじゃんけんに負けた茉莉がすることになった。紫陽も写真内に入れてもらおうとしたら告中が「ツーショットがいい」と言ったのでしぶしぶ我慢した。美麗とのツーショットなんて誰もが望むのにズルいやつだ。
◆
「瑠奈ちゃんはさあ、もしペンダントが光ったらどういうものを落としてほしいの?」
太陽が高くなってきて、遊具に占める小さい子の割合が増えてきた。紫陽、茉莉、告中の3人は小さい子の邪魔にならないようベンチに集まって、今度は茉莉の持ってきた「瑠奈ちゃんカワイイ化計画」を遂行していた。
「うーん、モノって言われたら難しい……」
「何をしたいとかでもいいよ! ––––あっ、首の下も塗るからそのまま。……例えばお母さんに元気になってほしいとか」
「瑠奈ちゃんカワイイ化計画」の全貌は単純明快で、告中の顔をメイクすることによってその美貌をペンダントに見せつけるというものだった。「やったことなくても知識はめっちゃあるからね!」と極めて茉莉が自慢げだったので紫陽も告中も特に止めなかった。
「……そうだね。お母さんには元気になってほしいけど、もう1つ成し遂げたいことがあって」
コンシーラをあてられながら、顔が動きすぎないように告中は言葉紡ぐ。
「家族3人で、新しい思い出を作りたいな」
ペンダントが振れない代わりに、胸がざわついた。
化粧品を抱えた茉莉の手が止まる。
「別にずっと一緒にいてくれなくてもいいの。一日だけでいいから、また、どこかに連れて行ってくれたらなって思う。そしてら、私はこれから家事をもっと頑張れるし、もしかしたらお母さんも本当の気持ちをきいて元気になるかもしれないから」
公園の周りに生えた木が日光を全身に浴びるせいで、ベンチは影になる。それが涼しいと思える季節になった。そんなに暗い顔しないでよ、私は慣れてるから、と告中がいう。
「ペンダントの力を借りなくても会えるんじゃないか?」
「それはそうかもしれない、だけど」
「方法がないか」
「うん。それもあるし。……やっぱちょっと緊張する。不思議な力に頼って会う方が、楽な気持ちで会える気がする」
「私、本気だせばお父さんにつながる会社の番号持ってこれるかも。––––目瞑って」
「どういうこと? 茉莉ちゃんスパイなの。––––ん、くすぐったい」
「スパイよりもっとすごいんだぞ〜。詳細は秘密だけど!」
「秘密にする意味あるのか」
「かっこいいからに決まってんだろ」
「まあ秘密なのはいいけど、電話かあ」
まつげが際立って、目の周りがほんのり赤くなった告中の、今度は唇にツヤが加えられる。全体像が浮かんでくると分かる。この化粧は濃い。
「やっぱり電話は嫌?」
「なんて言っていいかわからないし」
「一旦はその顔をペンダントに見せてみよう。もしかしたら『不思議な力』が味方してくれるかもしれんしな」
ダメ元で紫陽は言う。「終わった!」と茉莉が満足げに一息ついて、告中は完全にこちらを向いた。
「……うん。そうだな。はじめての化粧は、気持ち薄めにやってみること。あとは、他人ではやらないのが大切かもな」
ペンダントはミリも動かなかった。
◆
結局2人とも「カワイイ化計画」は失敗に終わらせた。
母のお昼ごはんを作らねばならないと告中が言うので2人もついていくことにした。計画に失敗した詫びとして荷持持ちを手伝ってあげたいという気持ち半分、一緒にスーパーで買い物したいという気持ち半分だ。あれだけ子供の頃に押したくて仕方なかった買い物用カートは、小学5年生になって押してみると思いの外つまらなかった。