第10話 いいファミレス

文字数 2,819文字

「小森さん。大丈夫? ちょっと様子がおかしかったから。今日、誰もいない方見て、独り言言ってたし」とイケメンに心配されて、私はまた悲しくなった。
「はい…。あ、ちょっとやっぱりショックで…。あの会社終わった後、ご飯行きませんか?」と私は言った。
「え?」
「あ、あの…どうしても…えっと…」と言ったところで「いいよ。明日でも」とすぐに言ってくれる。
「じゃあ、あの、会社の近くだとちょっと…あれなので…うちの近くにいいファミレスがあるんです」
「いいファミレス?」
 言ってから私は何を言っているんだ、と思った。いいファミレスって。ファミレスは均一だからこそ、いいのに…。
「小森さんってやっぱり楽しいね。じゃあ、そのいいファミレスに行こう。会社終わったら…現地集合がいいんだよね?」と私の気持ちを察してくれる。
 本当に何もかもイケメンだ。
「はい…。場所を送っておきます」
「うん。いいファミレス楽しみにしてる」と言われて、恥ずかしくて仕方がなかった。
 
そしてその日、見た夢は土砂降りの雨の中、私は必死に道を走っている。知らない道を必死に走っていて、急に車に撥ねられた。体が宙に浮いて、「お母さん…。どこ?」と強く思った。

 朝になって、私は自分の母のところに急いで行った。
「あ、中崎さんに連絡取れたのね?」と何も言っていないのに分かっていたようだった。
「…あ、そうなの。近くのファミレスに来てもらう事になったから。お母さんも行くでしょう?」
「うん。じゃあ、連絡してね」と言われた。
 今朝の夢の話をしようと思ったが、母が普段通りなので、辞めておくことにした。それに夢は霧のように印象が薄く消えていく。朝から変な気分だったが、もう髪を巻くのが面倒臭くて、ポニーテールにして会社に向かった。

「おはよう」と吉永さんに声をかけられる。
「あ、おはようございます」と言って、神社のお店を選んでいなかったことに気がつく。
 吉永さんは週末の神社ツアーが楽しみで仕方ないといった雰囲気を全面に押し出していた。
「吉永さんは梶先輩のどこが好きになったポイントですか?」
「背も高くて…。仕事もできるし。意外と家庭的な気もするし」
「そう…ですね」
「え? 違うの?」と吉永さんは不安そうに聞く。
「いいえ。とっても素敵な方です」と言ってふわゆる女子の微笑みを返した。
 全く見てはくれなかったけれど。私は梶先輩の寂しさに気づける人だったら、きっと梶先輩は幸せになれるのにな、と思った。
「小森さん、ありがとうね」と笑う吉永さんを見てたら、ほんのわずかだけれど胸が軋んだ。
 やっぱり私は失恋したのかもしれない、と思う。
「いえ、喜んで」と胸の痛みを隠して微笑んだ。
「小森さん、吉永さん、おはようございます」と中崎さんが声をかけてくれる。
「あ…、おはようございます」と言いながら、今日も大勢の人を引き連れている。
「週末、僕もご一緒させてくださいね」と吉永さんに言うと、吉永さんは「もちろん」と嬉しそうに笑った。
 私は二人に「ちょっと急ぐので」と言って、駆け足で会社に向かった。慌ててお店を検索しておかなければいけないことを思い出したのだった。会社に着くと、早速スマホで検索を始める。適当に和風カフェを探してお店の情報を保存しておいた。

 その日、赤いワンピースの女の子は中崎さんの後ろのシスターズに「お母さんどこ」と聞いて回っていたが、誰もが首を傾げていた。
 幸い私のところには来なかったので、仕事に邁進して、私は定時で終えた。帰ろうとした時、梶先輩に声をかけられた。
「十子の行きたいお店でいいんだけど…あの和風カフェでよかったの? 十子は洋食好きじゃないの?」
「あ、そうなんですけど…。でも(急いで適当に検索したとは言えない)…せっかくの神社なので」と言うと、梶先輩は笑った。
「いいのに、そんなこと。…あのさ、中崎のことなんだけど」
「え? どうかしましたか?(もしかして先輩も…見える人?)」と緊張が走った。
「気のせいかな? でも…」と梶先輩が言い淀んでいたので、私は我が意を得たりと言ったように口を開いた。
「えぇ、そうなんですよ」
「十子のこと気になってるんじゃ」
 二人の台詞が被った。
「あ、いえ、それはないです」と訂正したら「じゃあ何がそうなの?」と言われて、困ってしまった。
「…いや、あの…意外と信心深い人って言うのか…と思って」と言うと、思い切り背中を叩かれた。
「もう、ほんと、十子は最高。そんな訳ないじゃん」と言って笑う。
「はははは」と乾いた笑いをしてしまう。
 私はどうしてこうタイミングが悪いのだろう、と思った。
「じゃなくて…、なんで私たちの神社について来たと思う? 十子目当てだと思うんだよねぇ」と吉永さんの企みを知らないのか、梶先輩はそう言いながら一人で頷く。
「ない、ない。ないですよ。単なる厄除けじゃないですか?」と言って、本当の目的を私は言う。
「厄除けねぇ。女除けならしてもらった方がいいと思うけど」と不思議なことを言うので、また見えるのでは、と思ったが、そうでもなさそうだった。
「じゃあ…週末楽しみにしてますね」と私は言って、帰る準備を急いだ。
 携帯が震えてメッセージが来ていることを教える。中崎さんはもう会社を出たのかもしれない。私も慌てて会社を出た。

 電車に乗って、わざわざ私の家の近くのファミレスまで来てくれるなんて、どれだけ優しいんだろう、と思う。私は携帯を見ると、乗り換え駅で待ってるとメッセージが入っていた。乗り換え駅に着くと、一際、人だかりの山のようになっているから、すぐ分かる。
「中崎さん、お待たせしました」
「ううん。すぐ分かった? 人多いのに」
「え、まぁ、だからよく分かります」と私はちぐはぐなことを言って、急いで改札に向かった。
 その間に、母に「今からファミレスに向かいます」と現在の駅名も入れて、メッセージを送る。そして私たちは初めて二人きりで電車に乗るのだが、後ろのシスターズたちが偉い剣幕で睨んで来るので恐ろしい。
「大丈夫だった?」
「はい…。あ、でも梶先輩が変なこと言って…。中崎さんが参加するのは私を気になってるとかって。本当は吉永さんに頼まれてるとは言えないじゃないですかねぇ」と言って、電車に揺られながら、外を眺めていた。
「へぇ…。梶先輩、そんなこと言ってたんだ」
「梶先輩は吉永さんのことなんとも思ってないのかなぁ…」と私は誰にいうでもなく呟いた。
「まぁ、まさか好かれてるとは思ってないみたいだね」と中崎さんが言う。
「上手く行きますかね?」と聞くと、軽く唸って「さあね」と言った。
 そんなどうでもいい会話をして、私は最寄駅に着いた。本当にこんなところまで付き合ってもらって、申し訳ないと思いながら、いいファミレスに入る。そこはパスタメインのファミレスで、しかもお手頃価格が売りだった。
「いいファミレスだね」と中崎さんが言うので、私は曖昧に笑った。
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