第98話 雪だるま

文字数 1,820文字

 中崎さんがお風呂に入っている間に私は雪が降るベランダに出て、積もっている雪を集めて小さな雪だるまを作った。一つ作るだけでも凍えそうになる。もう一つはすごく小さな雪だるまになった。なんとか二つ作って慌てて家に入る。のっぺらぼうだから顔とか作ってあげたくて、凍える手でにんじんを切る。後、目はどうしようかな、と悩んで紙だと落ちそうだし、と結局人参の鼻だけ突き刺すことにした。鼻だけついた雪だるまを二つ並べてベランダ越しに眺める。
「寒くて、かわいそう」と私は呟いた。
「何が?」と中崎さんはシャワーを終えて、スーパーで買ったスェットを着て出てきた。
「雪だるま作ったんです」と私はベランダを指差す。
「あ、可愛い…。十子ちゃん、指、真っ赤。早くお風呂に入って」と慌てられてしまった。
 温かい中崎さんの手に包まれる。
「中崎さん、せっかく温まったのに」と私は体を離してお風呂に入ることにした。
 温かいシャワーを浴びると凍っていた自分が溶けていく気持ちになった。まさか中崎さんがそんなに思っていてくれるとは…と思うと顔がにやけてしまう。嬉し恥ずかしさで、かなり長い時間お湯を浴びてから出てきた。
「十子ちゃん、ドライヤーどこ?」と聞くので、洗面台から持ってくる。
 いつもしてくれていたように髪を乾かしてくれた。気持ちよくて、うっとりしてしまう。
「中崎さんは髪の毛乾いたんですか?」と私は聞くと、待ってる間に暖房で乾いたという。
「あ、ごめんなさい。渡し忘れてました」
「いいよ。雪だるま見ながら…乾かしてたから」
 私が作った雪だるまにもううっすら雪が積もっている。ドライヤーをかけてもらいながら、雪が降り続けるから、まるで閉ざされた世界にいるような気分になる。それでも中崎さんと二人ならいい、と思った。
「お茶飲む?」と乾かし終わった中崎さんが聞いてくる。
「はい」と立ち上がって、私は中崎さんは本当に世話焼きだな、と思って、ちょっと小さい頃のことが思い出されて胸が痛んだ。
 きっと理実ちゃんにもできるだけのことをしたんだろうな、と思った。切なすぎて私は目の前にいた中崎さんに抱きついてしまった。
「十子ちゃん?」
「お茶、私が淹れますね」と見上げて言った。
 中崎さんが愛おしくて、そっと手を伸ばして、背伸びした。あと少し近づきたくて、中崎さんの髪に指を差し込む。
「キス…して…いいですか?」と言わなければ、永遠に届かない距離のような気がした。
 唇が触れて、ゆっくりと深く沈み込む。静かで音のしない世界で、ただ私は中崎さんの温もりだけそこにある気がした。
 そのまま抱き上げられて、ベッドに運ばれて、私は何か言おうとしたけど、何も出てこなかった。
「十子ちゃん…」と上に覆いかぶさられて、見つめられる。
(え? これは…致すのですか?)と私は思わず、聞きそうになった口をつぐんで、梶先輩からのご忠告品を用意してないことに焦った。
 中崎さんの息が耳にかかって、キスされた耳が熱くなる。
「あ、あの…ご用意はありますか?」と意を決して、震える声で聞いたら、中崎さんにきつく抱きしめられた。
 今からコンビニに行くのも大変だ、と私は窓の外の雪を思った。
「いる?」と耳元で言われる。
「え?」
 聞かれたことが分からなくて、中崎さんの方を向いて、聞き返してしまった。
「産休取れるよ」
 目を大きく開けてしまう。その意味が何を意味してるのか瞬時に考えて、私はそれでいいのか、何か困ることがないか、と考える。
「産休…」
「結婚しよ」
(また中崎さんがバグっている)と私は慌てた。
「け…こんは…あの…もう少しお付き合いして…から…」
 もちろん結婚はしたいけど、まだデートとか十分にしてない、と私は慌てる。
「…ディズニー! ディズニーランドもまだ行ってないですし…。妊婦だと無理だから」と良い理由を見つけたと思った。
「まだ怖い?」
「それは…少し…」
「だから少し慣れてもらおうかなって思って」
「慣れる?」
「最後までするつもりはなかったよ」
 私が意味がわからずにいると、頭をそっと横抱きで胸に抱いてくれた。
「やっぱり…可愛いくて…大好きだ」
 中崎さんの心臓の音が聞こえる。髪にキスをして「怖い?」と聞いてくれる。
 私は胸に頭をつけたまま首を横に振った。
「ちょっとずつ慣れて」と背中を撫でられた。
 暖かくて柔らかい優しさを感じる夜だった。外は凍えるような寒さなのに、私たちだけは暖かくて、私は少し優越感を感じた。
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