第104話 誕生

文字数 1,620文字

 お腹を切ると言うことは切腹じゃないか、と私は泣きたくなった。中崎さんは仕事でいないから、よかった、と思った。こんな苦しい姿を見せると、きっと中崎さんは心配で死んでしまうかもしれない。いや、死にそうなくらい痛いのは私なんだけれど…、とベッドで何度も看護婦さんを呼んで痛み止めをもらう。
「あー、ちょっと待ってね。さっき入れたから…。後少し待ってね」と言われる。
 私はずっと唸っていた。痛くて、寝ることもできない。昼過ぎに母が来てくれたけれど、何も話すことができなかった。
「やっぱりイケメンの子だからすごいオーラが光ってるわぁ」と言う。
「…どっちに…似てる?」と私は必死に聞いてみた。
「そりゃ、二人のいいところどりよ」と母は微笑んだ。
「十子…まだ食べられないんでしょ? これおかずは透馬くんに渡してね」と言って、母は出て行った。
 そばにいてもどうしようもないと判断したのだろう。痛くて痛くて仕方がない。私は気を失うような形で眠った。しばらくするとまた痛みで目が覚める。看護婦さんを呼ぶ。痛み止めをお願いすると今度は入れてもらえた。

 夜に中崎さんが来てくれる。赤ちゃんたちを見る前に私のところに来てくれた。
「十子ちゃん、痛い?」と言われて、私は「痛いです」と正直に言った。
「変わってあげられたらいいのに」
「でも今は痛み止めが聞いて…少し楽になりました。赤ちゃん見てきてください。私見れなくて…様子を知りたいです」
「うん。分かった」と言って、頭を撫でてくれる。
 そして部屋から出ていった。しばらく戻ってこなかったので、どうしたのだろうと思った時に、戻ってきた。
「お帰りなさい。可愛かった?」
「うん…。ちょっと保育器に入ってたから…。でも遠くからでも元気なのが分かるくらい足とか手を動かしてた」
「よかった」
「十子ちゃん、本当にありがとうね。痛いのに」と何度もそう言ってくれる。
 私は鎮痛剤が聞いているから、今は微笑んでいられた。薬が切れたら、 こんなに優しくされるときっと泣いてしまう。
「何だか…小さい二人を見て、不思議な気持ちになった。見てるだけで…何だか涙が出て」
(だから戻ってくるのが遅かったんだ)と納得した。
「なんだろう。命の塊って感じがした」
「私はもっと不思議でした。私の体の中にいるのに、別の人格だから…」
「それは…僕には分からないけど…」と言って、髪を撫でてくれる。
「お名前…何か浮かびましたか?」
「色々考えたよ」と言って、紙を鞄から出してくれる。
 たくさん名前が書かれている。
(あめ)(はれ)?」
「ほら結婚式の日は雨だったし、生まれた日は晴れてたから」と説明してくれる。
(イケメンなのに…)と少し残念に思いながら「雨ってつけられた方がちょっとだけ可哀想かな」と私は言ってみた。
「そうだよねぇ。それで「(あま)(そら)」も考えたんだけど…これは音が雨から来てて、雨っていう字より良いかなぁって」と言ってくれる。
(うーん。あぁ、見惚れちゃうくらいイケメンなのに…)と私は思いながら、悪くはないけれど、ぴんとこなかった。
「でもなんか…それって僕たちのことを押し付けてる気がして…。それで十子ちゃんがピカピカしてるって言うから…」と中崎さんもしっくりこなかったようだった。
 そしてさっき赤ちゃんを見て思った、と言う。
(あかり)(ひかり)はどうかな」
「あかりと…ひかり…」
 帰ってくるのが遅かったのは赤ちゃんを見ながら名前を考えていたと言った。
「すごくいい」と私は中崎さんの手を両手で握った。
 照れた顔もすごくよかった。
 二人は本当に光り輝いて見えたから、ぴったりだった。
「よかった。ほっとしたよ。名前つけるのって…こんなに大変なんだって思ってもみなかったよ。だから…ちょっと感謝した。産んでくれたお母さんと、育ててくれた両親に」
 中崎さんは二つ名前がある。でもどちらもきっと想いを込められた名前だ。
「灯と光…」と私はもう一度呟いた。
 私の心に温かいものが灯った瞬間だった。
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