第102話 家族

文字数 2,255文字

 そして梶先輩の結婚式の日、久しぶりに新調したワンピースは胸の下で切替えのあるグリーン色だった。中崎さんが褒めてくれる。久しぶりに髪も巻いた。ゆるふわ女子…を目指していた時が懐かしい。準備が出来て、中崎さんのところに行く。
「十子ちゃん、可愛い」
 いつも中崎さんはそう言ってくれる。
「ありがとうございます。中崎さんもイケメンです」
 それは嘘偽りない言葉だ。お腹が少し大きくなってきたら、中崎さんは今まで以上に気をつかってくれる。ソファから立ち上がるだけでも手を差し出してくれるし、お腹に話しかけてくれるけど「ママ頑張ってるからね。大きくなって」といつも私のことを言ってくれる。
「どうして? 中崎さんは自分のこと言わないんですか?」
「だって…僕にできること、本当に…何もないから。十子ちゃんが頑張って、お腹の中で育てて、産むのも十子ちゃんだし…」
「そんな。たくさん中崎さんしてくれてますよ」
 掃除に洗濯、ご飯だって、早く帰ってきた時は用意してくれる。
「うーん。一人だけでも代わってあげたい」と変なことを言う。
「一人だけ?」
「双子だから一人、こっちに来ないかなって」と真面目に言うから笑ってしまった。
「パパ、変なこと言うね」とお腹に向かっていうと、中崎さんの顔が赤くなった。
「…パパ」
「パパです」
「ママ?」と言って固まって、私を見た。
「はい。パパとママです」
 固まっている目から涙が溢れた。
「家族…に…なれた」
「はい。家族です」
「ありがとう」と言いながら、そっと抱きしめられた。
 抱えていた孤独をこれからゆっくり埋めていけるだろうか。子供が生まれると忙しくなるけれど、中崎さんもその中でも幸せを感じてくれるといいな、と私は思う。
「あ、もう出る時間ですよ」と私は慌てた。
「そうだね。歩ける?」
「歩けますよー」と思わず笑ってしまう。
 靴まで用意してくれて、手を繋いで二人で玄関を出た。
 
 そして青空が眩しいチャペルで綺麗な梶先輩のウエディングドレスを見て、私は涙を流した。何だかここまでの道のりが遠かった、と感慨深く思える。お父さんと歩いている梶先輩は本当に尊い美しさだった。待っている吉永さんと交代してお父さんはゆっくりと席についた。ふと私は入り口の方を見た。閉じられたドアに真田さんが立っている。参列者と同じようなスーツを来て、拍手をしている。
 きっと一目、綺麗な姿を見に来たんだろうな、と私は思った。
 式が無事に終わった時、もう真田さんの姿はなかった。
 外に並んで私たちは花が入った籠を持たせてもらう。道に沿って並んで、二人が出てきたら、お花を二人に向けて投げる。ふわふわっと花が舞い散りながら、笑顔でいる二人の未来を応援した。

 披露宴も無事に済んで、私たちは梶先輩に挨拶して帰ろうとしたら、梶先輩に抱きしめられた。
「十子、ありがとう」
 その時、すっと真田さんが私の中にいた。
「綺麗だった。…お幸せに」
(あ…真田さん…)と私が思った時には梶先輩も私から体を離して、私を見た。
 二人とも声には出さなかったけど、涙を零した。私の目はきっと真田さんになっている。
「泣かないで…。君は大丈夫だから」
 私は手を出して、人差し指で涙を拭く。
「その…仕草」と梶先輩は小さな声で言う。
「じゃあね」と言って、線が切れたように目の前が暗くなる。
 私は意識を失い、中崎さんが抱きかかえて心配そうに私の顔を覗き込んでいる。梶先輩も驚いて座り込んでいて、スタッフの人も駆けつけてくれた。
「十子ちゃん」
「あ…」
「もう驚いたよ。急に倒れるから」
「…透馬さん。もう大丈夫」と立ちあがろうとしたら、また抱き上げられる。
「ちょっとそこで休もう」と式場のソファを借りた。
「十子…」と梶先輩が心配そうに言う。
「もう大丈夫なんで、梶先輩行ってください」とまだ挨拶が残っている先輩に笑いかけた。
 中崎さんは心配そうに私の肩を抱いていた。
「病院行こう?」
「大丈夫…。ちょっとだけ休憩して…帰ります」と言うと、不安そうな顔でお腹に手を当てる。
「ママ…言うこと聞いてくれないんだけど」と子どもたちに愚痴を言う。

 あまりにも心配するから、そこから病院に電話して、診察してもらうことにした。休日だけど、先生は診てくれて、やっぱり胎児に異常はないと言ってくれる。私より中崎さんの方が安堵のため息をついていた。
「もー。大丈夫って言ったでしょ」と私が言うと、先生が笑って言う。
「いや、大事に至らなくてよかった。パパの判断は間違えてませんよ。じゃあ、ゆっくり帰ってください」と言われた。
 タクシーで帰る? という中崎さんに駅前の喫茶店に寄りたい、と言って断った。
「本当に大丈夫?」
「だってせっかく綺麗な格好してるのに…。デートしたいです」
「十子ちゃんて…策士だね」
「え?」
「そんな可愛いお願い、拒否できない」と手を繋がれた。
 私は嬉しくなってひっついた。夜になっても暖かいのに、私はひっつきたくて中崎さんの腕にくっついた、。
「来月、僕たちの結婚式だね」
「はい」
 私たちはこじんまりと家族だけであげることに決めている。披露宴もなく、家族で食事会をして終わるだけだ。お兄ちゃんに連絡したら驚いていた。私が結婚するなんて思いもしなかったんだろうな、と。慌てて出席するために飛行機のチケットを取ってくれた。
「十子ちゃんのドレス姿が楽しみ」と中崎さんが言ってくれる。
 二人で過ごす時間は少なくなって行くけど、新しい時間を作れる。不安なことも…幸せなことも全部、乗り越えていけるように…。
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