第99話 正解

文字数 2,483文字

 明け方、私は目を覚ますとぐっすり眠っている中崎さんの頬にキスをする。頰は冷たかったので、もう一度、ベッドに潜った。
「何してるの?」と中崎さんは目を覚ましたようだった。
「おはようございます」と私は布団の中で抱きついた。
 嬉しくて嬉しくて仕方がない。
「何?」と布団の中を覗き込まれた。
「気持ちが伝わって、嬉しいです」
「うん。それは僕も同じ気持ちだけど…でも遠距離になるよ」と言いながら、私を布団から掬い上げる。
「大丈夫です。今は…ビデオ通話もできますし」
「十子ちゃん…ブロック解除してくれる?」
「あ」
 私はブロックしたままだった。慌てて謝って、解除した。携帯を枕元に戻す手を捕まえられて、抱きしめられた。
「僕も…嬉しい」
「中崎さん、ハート」と言って、Cの形をくっつけあう。
 二人の指がくっついた時、ようやく…という気持ちになった。しばらくベッドの中で中崎さんにくっついて過ごした。時間が来て、ベランダを見ると朝日に雪が照らされて一面光り輝いていた。ベランダから見える海もキラキラしていて、何もかも眩しい朝だ。
 私の作った雪だるま二人は雪をかぶってなだらかな山形になっていて、人参の鼻が少し見えるくらいになっていた。
「中崎さん、綺麗ですよ」とベランダのガラス越しに見える風景を見せた。
「…本当だ」と目を細めて、肩を抱いてくれる。

 朝ご飯を用意して、食べて、私たちは会社に出社した。会社に着くと、主任から手招きをされる。誰も私が中崎さんと出社したことを気にしていない。
「あのね…。非常に申し訳ないんだけど」と切り出されて、何を言うかと思ったら、昨日産休で休んでいる人から連絡が入り「春から働きたい」と言ったそうだった。
「え?」
「一年は休むかと思っていたんだけどねぇ…。義理の親と二世帯住宅建てたらしくて、子供の面倒も見てもらえるし、ローンも早く返したいし、と言ってね」
「大丈夫なんですか?」
「うん。ここいらでは普通に昔っから共働きする夫婦が多いから…。それで本社に相談してね。春には戻ってもらえるかな…と思って。ちょっと君の意見を…」と申し訳なさそうに言った。
 そもそもこの人事は偉いさんのお嬢さんが私を気に食わないという理由で行われたのだから、私はなんとも言えないのだけれど、戻った方がいいのだろうか、と少し考えた。
「まぁ、ちょっと勝手な話で君を振り回してごめんねぇ。カニあげるから…」と冗談を言うから「カニも嬉しいですけど、焼き鳥がいいです」と言った。
 そんなこんなで会議室で仕事をしている中崎さんにお茶を持って行くついでに春には戻れそうだ、と伝える。
「え? そうなの? よかった」と笑顔を見せてくれる。
 私はもうこの笑顔を疑うことはない、と思った。
「中崎さん…。今日、帰られるんですか?」
「あ…。そっか…今日は金曜日か…」とスマホを確認して「わざとらしいかな」と言って、笑い出す。
 私も嬉しくなって「泊まっていってください」と言った。

 雪が止んだので、お昼休憩に中崎さんと外に出る。雪景色を背景に自撮りして、梶先輩に送った。すぐに返事が来て「すごい雪ね。仕事の件でメールしてるから。後で確認連絡して」という中崎さん宛のメッセージと「よかったね」と言う私へのメッセージが届く。きっと二人の笑顔が伝わったんだと思う。次に、吉永さんが梶先輩と社食ランチしてる写真が送られてきた。何だかその一枚が懐かしくて、少しだけ戻りたくなった。
「あ、中崎さん、ちょっと写真撮っていいですか?」と中崎さんを雪の中、一人立たせた。
 全身の写真を撮って、これでアクスタを作ってもらおうと考えたのだった。
「十子ちゃん、なんで笑ってるの? どこか変?」
「変なわけないじゃないですか。どこから見てもイケメンです」と私はにやけるのをなんとか我慢して写真を撮った。
「なんで一人の写真撮るの?」と中崎さんが聞いたので「ほら、遠距離だから…写真たくさん欲しいんです」と適当に返した。
「じゃあ、僕も」と言うから、慌てて私は中崎さんの横に並ぶ。
「私は一緒に写してください」
「どうして?」
「だって…くっついていたいからです」
 本当は一人で中崎さんにカメラを向けられるのが緊張するからだ。どう言う顔していいか分からなくなる。
「仕方ないなぁ」と二人で自撮りするふりして、中崎さんは自分だけフレームアウトして「え?」と言う間抜けな顔をした私を撮った。
「あー、消してください」
「いいよ。可愛いよ」
 慌ててスマホを手にしようと伸ばした私を写真に収めていく。
「もー。変なのばっかり」
「全部、可愛いから」
 頰を膨らませて、スマホを見せてもらおうとする顔まで撮られた。
「ほら…、全部可愛いから」とカメラロールを見せられると、連写してるみたいで、目を瞑った写真まである。
 私が怒っているから「なるべく消さないで欲しいけど」と言いながらスマホを渡してくれた。
「あ…の…」
「何?」
「スマホ…新しく買い換えたんですか?」
「ううん? どうして?」
「だって…写真の数が少なすぎて…」
 カメラロールにはほぼ私との写真しかなかった。アルバムを分けているのかな、と思ったけれどそうでもなかった。。
「写真の数? 仕事のはパソコンに移したら消してるし…。保存したい写真は十子ちゃん以外ないし」
 男の人は写真撮らないのかもしれないけど…と思いながら、私は本当に愛されてることを実感したから、目が半分だけの写真も消せなくなった。そのままスマホを返すと、中崎さんはカメラロールを見ながら「全部可愛い」と言い出すから
(やっぱりバグってる)と内心、思った。

 中崎さんが嬉しそうに私の写真をスマホで見てる時、どこかで猫の鳴く声がして、私は探してみたけど、どこにもいなかった。
(あ、トラちゃん…。もしかして…。ここでいい人と出会えるって…中崎さんと再会するってこと?)と辺りを見回す。
 答えはなかったけれど、まるで正解だというように止んでいた雪がまた降り出す。
「あ…雪」と私が言うと中崎さんがカメラで私の横顔を撮っていた。
 晴れた空から雪がちらちら舞い落ちてきた。






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