第105話 愛しい日々

文字数 3,451文字

 名前は兄が灯で、弟が光になった。
 本当に双子の育児は大変だったけれど、中崎さんも頑張ってくれるし、何よりうちの母が喜んで手伝いに来てくれた。

 そして二歳になった頃、二人を保育園に預けて復職した。時短勤務だったが、どうしても月に二回位は残業になる。その時は母が保育園までお迎えに行って、そのまま実家に帰らず、うちに来て、ご飯まで作ってくれる。そしてみんなで食べていると、父が母を迎えに来た。父も孫が可愛いくて、面白いらしく、週末はたまに父と母が来てそのまま実家に二人を連れて帰ってしまう時がある。そんな時は夫婦二人きりの時間が持てた。

 灯は賢くて大人しく、光は元気でいっぱいで、双子なのに性格が違う。でも二人とも甘えただ。
「ママー」と言うから、私は二人を抱きしめる。
 赤ちゃんの匂いも、子供の匂いもなんて柔らかいんだろう、と幸せを感じた。
「ママ、大好き」と一人が言うと、もう一人も同じように言う。
 私は産んだというだけで、特に何もしなくても愛されるなんて、不思議な気持ちになる。
「私も大好き」と言って、むぎゅーっと両手いっぱいに二人をまとめて抱きしめると、腕に笑い声が溢れた。
 中崎さんもすごく懐かれてて、帰ってくると両足にしがみつかれる。鞄を置いて手を洗うと二人とも抱き上げる。おかげで二の腕が素敵な逞しさを備えるようになっていた。
「パパー、おかえりー」「おかえりー。おふろー」とせがまれると疲れているのに、双子をお風呂に入れてくれる。
「十子ちゃん…この子たちといると、元気が出るね」
「はい。元気の塊です」と二人で笑った。

 日曜日に公園に出かけた。中崎さんが洗濯物を干してから来ると言ってくれたので、待ちきれない二人のために先におでかけをしたのだ。
「ママー。いいてんきだねぇ」と灯が笑いかけてくれる。
「おそら、おそらみてー」と光が空を指差す
 青空に雲が流れていく。
「あそこにあかちゃんいるかなぁ」と光が不思議なことを言う。
「赤ちゃん?」
「あーちゃんといっしょだった」と光がじっと雲を見て言う。
「ひーくん。くもたべてた」と灯も言う。
 何だか不思議だけれど、そんな気がして私は笑ってしまった。
「美味しかった?」
「ちょっとあまい」と真剣な顔で言う。
「へぇ」
「ママのこと、みてた」と灯が言った。
「え?」
「パパもいて、ふたりのところにきたくて、みてた」
(これはいわゆる…生まれる前の記憶?)と私はときめいた。
 もっと話が聞きたいと思ったのに、二人はブランコを見ると駆け出してしまった。ブランコは遊具で人気なので誰もいない時はチャンスなのだ。二人を幼児用のブランコに乗せて、ゆっくり背中を押した。
「お空まで届けー」とちょっと強く押すと、笑い声が飛び出す。
 ブランコだけで喜んでくれる私の子供たちが愛おしい。流石に二人を交互に押すのがしんどくなって、私は滑り台に行かない? と誘ってみた。
「えー。やだやだ」と言われるので、仕方なくしばらく押していた。
 すると別の子が遊びたそうに見ていたから、私は二人に交代してあげるように言ってみた。その時は灯も光もあっさり受け入れた。私は一人ずつ出して「どうぞ」と別の子に譲った。二人は滑り台の方に行ったかと思ったら、光が「にゃーにゃー」と言って走り出してしまう。
「あ、待って。灯、ちょっとここで待ってて」と言うと、灯は不安そうに私を見上げる。
 何かあったら怖いと思って、私は灯を抱き上げて、走って光を追った。
「待って、光」と言って必死に追いかけた。
 光は小さいのに足が速い。公園の植え込みに入って行こうとする。
「ママー。にゃーちゃん」と光が指すので、私と灯は屈んで見た。
 ブルーグレーの子猫がいた。
『じゃあねー。次はブルーグレーだからねー。覚えててねー』とあの時、トラちゃんは言って去っていったことを思い出す。
「あ…トラちゃん」と私は思わず呟いた。
「にゃーん」と返事をしてくれる。
「わー。ママおしゃべりできるのー?」と光が言う。
「え? お喋りはできないけど」
「だって、おへんじしたよ」と灯も言う。
「まぁ…そうだけど」と言いながら、どうしたものかと考えている。
「ねぇ、ママー、かわいいねぇ」と光が手を伸ばすと、トラちゃんは近寄ってきた。
 そして光の掌に頭を擦り付ける。
「ママー、あったかい」と光が言うので、灯もそっと手を出した。
「にゃーん」とトラちゃんは声を上げる。
「かってっていってる」と灯が言う。
「かって?」と光が灯に聞く。
「にゃーん」とトラちゃんがまた鳴いた。
「あぁ、おうちにいくって」と光も言う。
(ん? この二人は私より不思議な力があるの?)と思わずトラちゃんを見たら「にゃーん」と返事をした。
「あらあら…」と私はため息をついた。
 そういえば出産後から変なものを見なくなった、と私は気がついた。忙しい日々のせいで私は気にもしていなかった。するとトラちゃんが急に毛を逆立てて唸り始める。私は驚いて、トラちゃんが怒っている方を見ると、なんだか嫌な真っ黒い影が見えて、少しずつ近づいている。
(どうしよう。二人をこっちに…)と私が手を伸ばそうとした時、二人が急に笑い出した。
「せなかのけ…」
「けがたってる」と大声で笑う。
 その瞬間、黒い気配が消滅した。
(消した!)と私は驚いてトラちゃんを見た。
(トラちゃんなの? それとも…?)と私は二人を見た。
「にゃーん」と鳴き声がして「ぼくじゃないって」と灯が言った。
(通訳してるし…)
 私が固まっていると、中崎さんが走って来た。
「どうして、そんなところで…何してるの?」と言って、子猫を触っている二人を見て固まった。
 中崎さんにも、いつかトラちゃんの生まれ変わりがブルーグレーの猫になってくるって言う話を言っていた。
「透馬さん…猫…飼える?」と聞いて、トラちゃんの…と私は言った。
「…う…ん」とちょっと怯えながら頷いてくれた。

 私たちはそれから動物病院に言って色々検査してもらったり、一応探し猫ではないかみてもらったりした。シャンプーしたり綺麗にしてもらって、猫のトイレや餌をホームセンターで買う。もちろん大好きだったチュールも用意する。
 子猫なのにトラちゃんだからか、トイレもすぐに覚えてくれた。
 ベッドに双子が乗ってくる。そのうち、トラちゃんもきっと乗ってくる。
「大家族…」と中崎さんが呟いた。
「トラちゃんの新しい名前を決めないとね」
 二人が「たま」とか「しろ」とか適当に言うから、トラちゃんは聞こえないふりをしていた。
「とら」と中崎さんが言うと「にゃーん」と返事した。
 もうトラ柄じゃないのに、新しい名前は必要なかったのかな、と私は笑った。そんな訳で思いがけず大家族になった私たち。

「十子ちゃん、可愛い」と言って、中崎さんが私の頰にキスするとおもちゃを放り出して二人が慌てて走って来る。
「ぼくも」と言って、灯と光が私にキスしてくれる。
(あれ? いつの間にか愛されすぎる私になってる?)と不思議な気持ちになる。
 私は二人のほっぺにキスのお返しをして、ちょっと背伸びして中崎さんの頰にもお返しをする。そしたら、中崎さんがそこに手を当てて「ありがとう」とキスした頰を手で塞ぐから、二人も真似するようになってしまった。

 可愛くて、大好きな人たちと一緒に時間を過ごして、私も愛し愛される自分になっていく。
 ふわっと足元に温かい気配。トラちゃんもキスしたいみたいで、私は鼻を突き出すと唇に軽く口をつけてくれる。
 双子たちもトラちゃんとキスしたくて、待っていたけど、トラちゃんはどこかへ行ってしまった。
 そんな毎日。愛しい日々が、明日も、明後日も続きますように。
 
 双子が眠り込んだ後、私と中崎さんはたまにベランダに出て、星を眺める。私はその横顔を眺める。愛されすぎる彼を私はこれからも愛していけたらいいな、と思っていたら
「どうしたの?」と聞かれた。
「透馬さんはたくさんの幸せを私にくれたから…」と言うと、首を横に振る。
「それは僕の方かも…」と柔らかく微笑む。
 死ぬまでの期限付きの愛をくれる人と夜風に吹かれる。愛しい人との時間は有限だけど、その想いはずっと未来へ続いていく。
 もうクマのパンツはないけれど、ベランダの夜干し中の洗濯物が風に揺れた。
                 

             ~終わり~
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