第56話 くずはくず

文字数 2,383文字

 土曜日に紗奈さんの家に彼は来るという。たまたま今日が土曜日ということで、とりあえず、みんなで紗奈さんの家に行くことになった。相手は男だから中崎さんがいる時の方がいいだろうということで、急遽、その男と対峙することになる。紗奈さんの家で作戦を練った。紗奈さんの家は古い二階建てのアパートで、外階段を上がって、直ぐの部屋だった。部屋はふた部屋、襖で仕切られていて奥の部屋に隠れることにする。そして手前の部屋のぬいぐるみの隙間にいい具合にスマホを隠す。
 中崎さんは「土曜ってことは…競馬でもしてるのかな」と言っていた。
(お金の無心しに来るだけなら別れたらいいのに)と私は思ったが男女経験のない私がどうこう言う問題ではなかった。
「紗奈…。どうしてそんな男と付き合った?」
「最初は優しくて…それで…。後、お兄ちゃんがお金を借りてるっていうから」
「そんな訳ないじゃない」と梶先輩がはっきり言った。
「…そうですよね。私…信じてあげれてなかった」と俯いた。
 正直、紗奈さんの恋愛を見ていると、私は自信が無くなってしまう。くず男と付き合ってしまうかもしれない。そしてあんなことを、と考えると吐き気がしてくる。思い出して、手で口を抑える。
「十子ちゃん?」
「だ…い…じょうぶ…で…す」と私は息絶え絶えで言う。
「? 水もらう?」
「あ、はい」
 紗奈さんがコップに水を入れてくれる。
「紗奈…さん。ありがとうございます」と言って、紗奈さんの手を握った。
(もう諦めちゃダメですよ)という気持ちで、強く。
「十子さん?」
「私たちが…ここで、スタンばってるから…頑張ってください」
 私たちがここにいるというだけでも勇気になれるように。
「はい」
 真田さんが大きくなってシュッと消えて言ったのを見た。少しくらいの復讐はいいと思う。

 私はその時のことがあまりに現実感がなくて、ぼんやりとした記憶でしかない。
 くずな人間って本当にいるんだ、と思った。

 紗奈さんに嘘をついて、お兄さんにお金を貸したと言って、紗奈さんからずっとお金を巻き上げていた。そして実際のところは真田さんが写真コンクールで得た賞金を狙って真田さんを殺したらしい。もともと殺すつもりでロープを鞄に入れて、待ち合わせた。真田さんは妹と別れるように言おうとして、約束の場所に行く。口の上手い男だったから「お祝いに一杯しませんか」と言葉巧みにバーに誘った。
 その一杯に睡眠薬を入れ、真田さんを家に送るように二人でタクシーで乗り込み、部屋に上がる。寝ている真田さんの横で物色を始めた。お金は探しても見つからない。そうこうするうち気がつき始めた真田さんの命を奪ったらしい。
 自殺に見せかけるために「疲れた」とパソコンで打ち込んだ。
 紗奈さんが必死に誘導して聞き出した内容はとても自己中心的で、理解できなかった。

「お前も兄さんのところにいけよ」

 襖を開けると、犯人が驚いて紗奈さんの首を絞めていた手を離す。私はただ録画をするだけで精一杯だった。倒れかかった紗奈さんを梶先輩が抱き止めて、そして犯人は逃げた。中崎さんが追いかけたけど、犯人は階段を踏み外し下で転がっていた。足を骨折していたらしい。その後、中崎さんが警察に連絡した。救急車は呼ばなかったようだった。警察で事情聴取を受けたのは紗奈さんと梶先輩だった。私たちはただの付き添いということで免除された。録画していたデータを警察に渡すと、後日呼び出しはあるかもしれないけれど、今日は帰っていいとのことだった。
 足を踏み外したのは偶然じゃない。真田さんが階段にいた。
「真田さん…。犯人見つけましたよ。それから…お金は…指輪…、梶先輩のために買ってたんですね」

 途中、私は真田さんが賞金を下ろして、ジュエリーショップに入っていくのが映像が見えた。きっと探せばどこかに引換証があるはずだ。婚約指輪を買って、内緒で買って渡したかったんだろう。
 だから余計に悔しかったに違いない。本当に大好きだった人への贈り物を届けることができなかったのだから。
「指輪のこと、梶先輩に伝えます。どうか…これ以上は恨まないでください。くずはくずなんです。そんなくずのために真田さんが堕ちることないです。成仏して、梶先輩に会えるのを待っていてください。あ、でも梶先輩に新しい恋人ができても、許してあげてくださいね。彼、いい人なんで」
 真田さんは黒いままじっとしていた。
「どうか…心穏やかに。真田さんが黒いままだと梶先輩も紗奈さんも辛いです。梶先輩、あんな色鮮やかな服着てたんですね。とっても素敵です。あの写真の梶先輩をもう一度見たいです。真田さんもそう思うでしょう?」
 私は全ての霊と会話はできない。大抵はただ見えるだけだから、この言葉も届いているのか分からない。
「お願い事、たくさんしてごめんなさい。でも…今のままではだめですからね。一度、成仏して、それから…。それから見守ってあげてください。あ、足を引っ掛けたのは、きっと怒られるかもしれませんけど、それくらいなら…まぁ、許してもらえる気もします」
 後は梶先輩にお願いして、神社に行ってもらおう、と思った。そこで納得できれば成仏できるはずだ。
「じゃあ…。私からはこれだけです。あ、最後に夢の中で見た写真、素敵でしたよ」
 黒い影が小さくお辞儀をした気がした。

「十子ちゃん」と階段上から中崎さんに呼び出される。
「…あの…あのさ。一瞬、黒いモヤが見えたんだけど」
「え?」
「階段の半ば付近で」
「あ…。気のせいですよ」
「でも…じゃあ、何と話してたの?」
「それは…その…」と一旦、目を瞑って考えてみたがいい嘘が浮かばなかった。
 たまに一緒にいると影響されて見えてしまう人がいるんだなぁ、とぼんやり思って、私は笑顔で中崎さんを見上げた。
「真田さんですけど? あ、そろそろ私のお家に行きますか?」
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