第44話 素敵な二人

文字数 3,863文字

 翌日、出社すると、吉永さんが近寄ってきた。中崎さんはやはりスーツを替えると言って、朝ご飯も食べずに出ていった。
「小森ちゃん…。あのさ…体の調子はどう?」
「あ、おかげさまで…。タコパすみません」と私は謝った。
「ごめん。体調悪いのに気を遣わせて…。あのさ…、お昼、奢るから外に行こう?」と言われて、私はほいほいついて行くことにした。
 多分、梶先輩について話したいことがあるみたいだろうし、と私は頷いて、仕事を始めた。吉永さんに声をかけられたことも周りの女性がめざとく「小さい子は可愛く見えていいなぁ」と言う。
(可愛く…見えて…か)と大分傷ついた。

 会社を辞めようか、とふと思う。この会社が悪いのか、私が悪いのか分からない。違うところに行ったら、変わるだろうか、と思わず窓の外を眺めた。早く結婚して、子供産んで…ママになって…と妄想が膨らむ。結婚相手がどこかにいないかなぁ、と真剣に考えて、もう婚活アプリを今晩登録しようと決めた。第一条件は幽霊が見えても気にしない男性にしよう、と。

 午前中の仕事は難なく終わって、お昼に出かけようとしたら、中崎さんが外から戻ってきたところだった。
「お、お疲れ様。今からランチ?」
「そうです。今日は…外に。吉永さんと」となぜか詳細まで言ってしまう。
「…そう。じゃ…行ってらっしゃい」とイケメンスマイルで送り出される。
「はい」と私も頭を下げる。

 すごく不自然なのは、昨日の晩、一緒に梶先輩の家に泊まったときのこと。
 ヨギボーの横に布団を敷いてくれたのだけれど、ヨギボーに転がりたい、と中崎さんが言うので、ヨギボーの場所を譲った。でも夜中に私が寝ぼけて、ヨギボーによじ登ってきたらしい。「その時の様子は若干怖かった」by中崎さん談
(いや、本当に記憶がない。きっと悪霊のせいだと思う)
 朝、目が覚めたら、私はヨギボーと中崎さんに包まれていた。
(すごくいい匂いだった)と心のメモを書いておく。

 そんな訳で中崎さんの抱き枕化していた私は朝から心臓が激しく運動し、ちゃんと顔が見れない状態だった。その二人を、朝早くから起きていた梶先輩はコーヒーを片手に眺めていたらしい。
「おはよう」とすごい笑顔で言われて、私は「へへへ」と力無く笑った。

 そんなことがあって、何だかぎこちない。でも本当に私がよじ登ったのか、懐疑的だ。きっと私がうなされてて、仕方なく抱き上げたとかの方がまだ納得いくんだけど…、と思ったが、中崎さん曰く夜中に彼を怖がらせてしまったらしい。
「でも?」と私が呟いたところで「お待たせ」と吉永さんが来た。
 二人で並んで歩くのも、ちょっと前まではきっと嬉しかったのに、と思う。今は意識しなくなった。
「小森ちゃん、トンカツ食べる?」
「やったー」
 歩いて五分ほどのトンカツ屋に入る。ロースカツ定食を二人で頼んだ。
「小森ちゃんって、パスタとか言わないから誘いやすい。別に嫌いじゃないけど…、パスタとかちょっとメインじゃないからなぁ」と言う。
「わかります。ご飯大盛りって感じです」と言うと、吉永さんは笑った。
「それ、俺だけにしとけよ。他の男の前で言うんじゃないよ」
「あ…」
「だから話し安いんだけど。あの梶先輩って…好きな人いるとか知ってる?」
「知ってます」
「ってことは、いるんだ」
「いますけど、いないです」
「なんだ、それ。なぞなぞ?」
「亡くなった人を忘れられないみたいです」
 個人情報の流出。
「え?」
「ずっと好きみたいです。でも私は…いつまでも…って言うのは違うかなって思ってて」
「そっか…。死んだ人か。敵わないよなぁ…」と吉永さんは深くため息をついた。
「だから梶先輩を吉永さんが頑張って元気にしてあげてください」と私は言った。
「え?」
「もちろん時間はかかると思いますけど…。私も梶先輩には幸せになって欲しいですし…」
 大好きな先輩だからステキな人とこれからの人生を過ごして欲しい、と願ってる。それが吉永さんだときっと上手くいくと思う。もちろん時間はかかると思うけれど、梶先輩もそろそろ未来に向かって歩かなくてはいけない。私がいいな、と思っていた吉永さんと、大好きな梶先輩のカップリングは素敵だと思う。
「応援してるので、ゆっくり頑張ってください」
「そう言うところ…小森ちゃんはいいと思う」と言われて、嬉しくなった。
 今朝、見た目をディスられたので、おかげでちょっと回復した。
「私は婚活アプリで頑張ろうかなって思ってて。いいアプリ知りませんか?」と聞いたら「え…中崎は?」と逆に聞かれた。
(あ、そうだった。猛烈に恋してる設定だった)
「あ…やっぱり冷静になると…あの…釣り合わないかと思いまして」
「そうかな? あいつ、結構、気に入ってそうだったけど」
「それは…おもちゃとしてですよ。すぐ揶揄うし…」と言って、今朝のヨギボー事件を思い出した。
(は! まさかそれも仕組まれてたんじゃ。流石によじ登ってくるはずない)
「中崎さ。小森ちゃんに会ってから明るくなったんだけど」
「え? 暗かったですか?」
「うーん。暗い訳じゃないけど、まぁ、なんて言うか壁って訳じゃないけど、薄い膜が三枚くらい貼ってるような感じ?」
「膜? ですか」
「ちょっと他人行儀なところがあってさ。まぁ、同じ営業だからライバルっていうのもあるんだろうけれど。みんなと仲良くして、誰とも仲良くしない…みたいなところ」
 すごく良く分かる。吉永さんは霊感とかないのに、観察眼が鋭い。とんかつが運ばれてきたので、話しは中断された。揚げたてはさくさくしてて美味しい、と私は喜んでぱくぱく口に運んで、すぐに終わった。後に残るはキャベツの山だった。
「小森ちゃん。先にキャベツ食べなきゃ」と吉永さんに言われた。
「…ですね」と悲しい気持ちでキャベツと格闘する。
「…中崎がお気に入りにする気持ち、ちょっと分かる」と笑われた。
 そして一切れロースカツを恵んでくれた。
(あ、せっかく気持ちの整理をつけたのに、惚れてしまうじゃないですか)と思ったけれど、美味しく頂き、またキャベツとの格闘をする羽目に…なって学習能力のなさに自分でびっくりした。
 吉永さんは苦笑いをしたけど、もう一切れはくれなかった。
「吉永さん、いい人なんで、絶対、梶先輩と上手く行ってくださいね」と私はキャベツを口に入れながら言う。
「ありがとう」と最後の一切れを口に入れた。  

 お昼ご飯を食べて、お腹いっぱいで、見上げれば秋晴れの空。幸せな気分が満ちてくる。会社までのんびりした気持ちで歩いた。
「会社、辞めたいなぁ」と私は愚痴ってしまった。
「仕事辛いの?」
「仕事っていうか…。周りが」
「あぁ。俺の嫌いなタイプの女ばっかりだもんなー」と吉永さんが同意してくれる。
「だから、早く結婚して寿退社して、子供産んで、パートして…って人生設計立ててみました」
「ああ、だから結婚願望が強いのか」
 いつか聞き流されたと思っていた結婚の話、覚えててくれたんだと少し感動した。
「私、人付き合い苦手で」とちょっと弱音も吐いてしまう。
「まあ、見てて分かる。でもさ。俺もそうだけど…、小森ちゃんと一緒で楽しいって思うやついると思うからさ」と言いながら、慰めてくれようと、頭を軽く撫でてくれる。
 頭をぽんぽんされて、ちょっと泣きそうになった。

「吉永」と会社の入り口から中崎さんが出てきた。
「あ、お疲れ。今から休憩?」
「いや。あの…得意先から連絡あったから、戻ったら連絡して。メモ置いておいたから」
「あ、ありがとう。じゃ、急いで戻るわ」と言って、走って戻っていった。
 私は中崎さんと変な空気のままそこに残される。変なふうに笑顔を作ろうとしたら、トマトジュースを渡された。
「食後にどうぞ」
「あ、ありがとうございます」と恭しく受け取る。
「十子ちゃん…土曜日は、昼から集合しよう」
 梶先輩は夕方と言っていたけれど、何かすることがあるのだろうか、と首を横に傾ける。
「昼…奢るから」
 尻尾を振りそうになったが、何かありそうだと思った。そろそろ私だって、策士の策の存在くらいは気がつくようになる。
「昼…は何の予定ですか?」
「え?」と驚いたような顔をする。
「何を食べるかってことです」と私は名探偵よろしく鋭く聞いた。
「それは…何でもいいけど…」としどろもどろ言うのが怪しい。
「違いますね。きっと甘いものが食べたいのに、一人だと恥ずかしくて誘ってるんでしょ?」と私は推理した。
 恥ずかしいからって私に答えを言わせるなんて、ずるい。でも、まぁ、パンケーキランチも悪くないな、と思った。
「仕方ないですね。付き合…」
「そうじゃなくて…」
「え? 甘いの嫌ですか?」
「そうでもなくて…」
 こんなことを言ってるとお昼の休憩時間が終わってしまう。
「あ、あの…戻らなきゃ…。なので、また今夜、連絡してもいいですか?」と私は聞くと、なぜか安心したような顔で「うん。また…」と言われた。
 さっぱり分からない。甘いのがいいのか、ダメなのか。そもそもなんの理由かも分からない。私は急いでオフィスに戻る時、手にしたトマトジュースを握りしめて「これ…いつも奢ってもらって悪いな」と呟いた。


 
                                                                                                                                                      
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