第100話 道のり

文字数 2,961文字

 今日は心地いい日差しと青い空が広がっている。そして白いチャペルに私はいた。ウェディングドレスを着た梶先輩は本当に綺麗だった。お父さんと歩く梶先輩をバージンロードの先で待つのは吉永さんだった。太陽が高く登ったのか、綺麗に光が教会の窓から降り注いだ。まるで神様から祝福されているみたいに。
「う…」と私は込み上げる涙をハンカチで押さえる。
「十子ちゃん、大丈夫?」と横にいる中崎さんに心配された。
「はい…」
「無理しないで」と心配そうに、そして優しい顔で見つめてくれる。
 今、私のお腹には中崎さんとの赤ちゃんがいる。

 私は春には出向先から戻って、中崎さんと同棲を始めた。
「結婚を前提に同棲させてください。…いえ、十子ちゃんと結婚させてください」と中崎さんは私の両親の前でそう頭を下げてくれた。
 私は驚いたけど、お父さんが一番驚いていた。なんせ確率の低いゴールだったからチャートを眺めて、一人で感動していた。お母さんは泣きながら、何度も頷いていた。

 後でお茶の用意をするときに
「私はそうなると思ってたの」とこっそり言ってくれた。
「どうして? 未来が分かるの?」とお母さんに聞いた。
「未来は…正直、変わるのよ。自分次第で。でも…中崎さん、後ろにいろんな人連れてたの、なくなったでしょ?」
「あれは御祈祷を受けたからじゃないの?」
「それもあるけど…。一番は中崎さん自身が変わったからだと思うわ。憑かれる人はもちろん体質もあるけれど、一番は気持ちが大きいの。今まで、きっと中崎さんは誰のことも好きになったことなかったんじゃない? 欲がなくて、みんなに優しくて。そう言う人は…つけ上がらせちゃうところがあるの。いい人なんだけどね。あー、この人優しそうだからついていこう…。みたいな。十子だって、道聞く時、わざわざ怖そうな人に聞かないでしょ?」
「そうだけど…」
「それでね、十子のこと本気で好きになって、ちょっと欲が出て…自分勝手とまでは言わないけど、自分に素直になったから…。自分優先になると簡単には付きにくくなったのよ。その想いがちょっと強かったのね。だから…すごく好きだったのよ」
「え…」
「私は中崎さんが本当に十子を心から好きなの分かってたの」
「えー? 言ってくれれば…」
「自分で生きるから意味があるのよ」とお母さんは笑った。
 だからお母さんは私が家を出て行く時と言った時も悲しかったようだけど、止めなかったんだ、と思った。
「自分で…生きる…かぁ」
「後…。まぁ、これは内緒」と言って笑った。
「何?」と聞いても笑うだけで、教えてくれなかった。
 そうして私は中崎さんと同棲をして、二年後くらいに結婚式したいね、と二人で話していた。

 毎日、毎日、幸せで、デートも日常も楽しかった。スーパーへ二人で向かっていた時、私は向こうから来る手を繋がれた子供を眺めていた。スーパー帰りだろうか。何かをお母さんに話しかけている小さな男の子は必死に同じことを繰り返していた。お母さんは「へぇ」と言いながら、笑っている。
「十子ちゃん…。一緒に暮らしてて…今、結婚してもしなくても同じだし…」
「はい?」
 突然、何を言われるのかと思って、中崎さんを緊張した目で見た。
「二年後って決めなくてもいいと思って」
「…あ…はい」
 二年後じゃなくて、いつがいいのだろう、と不安になった。
「子供欲しい?」
「え?」
「いつも子供見て、微笑んでるから…」と中崎さんが言う。
「…それは…可愛いなぁ…って思ってて…」
「今、僕は幸せで、結婚しなくても…してもきっと幸せだなって思ってて。でも結婚するのは子供のことを考えてした方がいいって思ってて」
 私は何が言いたいのかさっぱりわからなくて、中崎さんを見る。
「その前にディズニーランド行かなきゃね」
「ディズニー?」
「妊娠したら行けないって言ってたから、思い切り遊んでからにしよう」
「ディズニーは…シーもあるんですよ?」
 そう言うと中崎さんは笑った。
「十子ちゃんが気が済むまで行って…。そして子供できたら、子供とも一緒に行こう」
「子供?」と聞き返して、私は何だか顔が赤くなる。
 ディズニーでお泊まりして…致すのかと言う妄想までしそうになった時、中崎さんが私の手を取って言う。
「結婚してください」
 唐突だった。夕陽が落ちていくのが遅い季節で、取られた手は汗ばんでいて、私は驚いて、声が出なかった。
「好きなだけディズニー行っていいから」
 私は首を横に振った。
「え?」と中崎さんを不安にさせてしまった。
「ディズニー行かなくても…すごく…嬉しいです」

 私たちはスーパーに行かずに、ちょっと喉が乾いたから駅前の喫茶店で冷たいコーヒーフロートを飲んで、幸せな気持ちになった。そして私の大好きな焼き鳥屋さんに連れて行ってくれた。
「中崎さんは焼き鳥好きなんですか? よく連れて行ってくれますけど」と私はカウンターに並んで座って聞いてみる。
「十子ちゃんの美味しそうに食べてるの見てたら、僕も好きになった」
「本当ですか?」
「うん。十子ちゃんの何もかもが好きだから」
 ちょっと照れながら言ってくれる。私も照れてしまう。カウンターにビールが置かれて、乾杯をする。そしてネギマを十本頼んでくれる。それを半分こして二人で食べる。
「それに僕をいつも助けてくれて…」
「えぇ」と私は驚いた。
「十子ちゃんは気づいてないけど…。こんな…勝手な僕にいつも合わせてくれて…」
 そんなことを言う中崎さんが私は不思議だった。私はむしろ、いつも優しくしてくれる中崎さんに感謝していたし、特別なことをしているつもりはなかった。ただそう思ってくれてるとしたら理由は一つだけだ。
「それは…私が中崎さんが好きだからです」
「一緒にいると、本当に楽しくて…。ちょっと初めての感情だったんだ。嫌なところも見せちゃったと思うけど…。好きで、好きで…どうしようもない気持ちなんて一生感じないと思ってたから…。自分でも驚いた」
「私、鈍感なのかな。全然、嫌なところ分からないです。データ消された以外は…」
「ごめん。本当に…」
「でも…冷静に考えたらおかしくて…」
「おかしい?」
「だって、中崎さんはモテるのにそんな小細工してるの…想像したら」と私は笑ってしまった。
「だから、それだけ必死だった…」と言いかけて、私の後ろを見ている中崎さんの顔が青ざめる。
「どうしたんですか?」と振り返ると、あの変態おじさんがいた。
「おめでとう」とニヤニヤ笑って、焼き鳥屋の奥のトイレにすっと入って行った。
「あー、また」と私が言うと「あの人、何?」と中崎さんが言う。
「変態…です」と言って、焼きたてのネギマを口に入れる。
(あれ? 中崎さんも見えてるって?)と私は中崎さんの方を見たけれど、あんまり言うと怖がらせてしまうと思って、私は中崎さんに焼き鳥を差し出した。
「あーん」と言うと、照れながら食べてくれる。
「やっぱり幸せだな」
 きっと幸せが何か一番よく分かっている人だと思う。何気ない日常が毎日繰り返されること…。幼いのにあんなに必死で生きたから分かるのだと思う。
「はい。また連れて来てくださいね」と私が言うと、本当に柔らかく笑ってくれる。
 私はこの人を幸せにしたいと心から思った。神様に私ができることがあれば、なんでもします、とそう願った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み