第14話 死活問題

文字数 3,870文字

 深夜、私とイケメン中崎さんはラーメンを食べながら、全く持って気のない話をしている。
「霊に取り憑かれる人は…霊が悪いんじゃなくて、やっぱりそこに似たようなものを持ってるからです」
「似たようなもの?」
「寂しいとか、辛いとか…人のこと羨ましがったりとか…。もちろん人間だから…時々、そんな気持ちになるんですけど、それがずっとになると、やっぱり寄ってきます。共感して、寄ってきて、それで…取り憑かれて、余計に嫌な気持ちが増えて…どんどん。そんな人の霊を取っても、また違う霊がきちゃうんです」
「へぇ」
「その人が明るい気持ちを持つことができたら…近寄れないです」
「まぁ、人間だって、同じような人と一緒にいると居心地良いからね」
「そうなんです。だから…清く正しく生きていくのが一番の幽霊対策です」と私が胸を張って言うと、中崎さんは笑っていた。
 とは言え…中崎さんは悪い人ではないのに、なんだか気の毒なほど生き霊が付いている。それくらい魅力的なんだろうとは思うけれど、とこっそり思いながらラーメンを啜る。お腹の中に心地いい満腹感がゆっくりと迫り上がっていく。
「はぁ。空腹が満たされると幸せな気持ちになりますね」と私が幸せなため息を吐くと、隣の中崎さんが笑った。
「じゃあ…帰り道は無敵だね」
「そう言うことです。じゃあ、お腹空く前に帰りましょうか?」と私は言うと、中崎さんは「ちょっと甘いもの食べたいから待ってて」と言って、デザートコーナーに行ってしまった。
 中崎さんの意外な一面を見させられっぱなしで、そのうち私もシスターズ入りするような気がする。でもシスターズの中でうまくやって行けるのかは不安で仕方がない。しばらくすると、プリンを両手に持った中崎さんがレジから帰ってきた。
「これ、チーズケーキプリンだって。下はチーズケーキ。上はプリン。二つの味を楽しめるってすごいよね?」と言って、私の目の前にも置いた。
「え?」
「嫌い?」
「嫌いじゃないですけど…」
「じゃあ、一緒に食べよう」
 時計はもうすぐ十二時になるところだった。シンデレラだって急いで帰らなければいけない時間だ…っていうか、太る。明らかにこの時間のスイーツは太る。でも中崎さんの好意は無駄にできない…早速、シスターズとしての心構えを試されているような気持ちになった。
「じゃあ…あの…食後のコーヒーが必要ですよね」と私は立ち上がって、レジでコーヒーを買ってきた。
 買ってきてから
(わー、寝る前なのにカフェイン)と気づく。
 私のオロオロした顔が余程、面白かったのか、中崎さんはプリンも食べずに笑っていた。
「あの…」
「持って帰ろうか。プリンもコーヒーも。明日の朝、食べよう」
「…はい。そうします」
 そんな訳で、中崎さんは両手にプリン。私は両手にコーヒーを持って、家に帰った。夜道には生きてる人もそうでない人も存在するけれど、なんだか変で、満腹で、ちょっと幸せな私たちには関係のない存在だった。
 そっと家の中に入って、そしてこっそり冷蔵庫の中にそれを並べる。
「明日の朝のお楽しみができたね」と言って、中崎さんはリビングの隣にある和室に入って行った。
 私は洗面台に向かい、歯を磨いていた。すっぴんのままだった…、と鏡に映る顔を見て思わずため息をつく。遠慮がちに洗面所の扉がノックされる。
「あ、どうぞ」と慌てて口をすすいで、返事した。
 中崎さんが母が用意したであろう歯ブラシを片手に立っている。自分の家で中崎さんが歯ブラシを手にしていることの激しい違和感を覚えつつ、「おやすみなさい」と言った。
「おやすみ。また明日」
「また…明日」
 不思議な気持ちになりつつ、私は階段を上がる。ベッドに入るとお腹いっぱいだったおかげで、すぐに眠れた。


 翌朝、母が嬉しそうにプリンを食べているのを見て、私は愕然とした。もう一つのプリンは霊の(例の)女の子が食べている。(「れい」と打つと霊が一番に変換されてしまうようになってしまった)
「…それ」
「あ、中崎さんが買ってくれたんでしょ?」
「まぁ…そうだ…けど」
「気が聞くわねぇ」と話していると、すごくパリッとした中崎さんが洗面台から現れてきた。
 もう兄の短いスエットではない。昨日中に母が洗濯をしてアイロンをかけたシャツを着ている。ネクタイは父がもらって、使えないような柄のものがあったから、と母がプレゼントしていた。父には似合わないが、中崎さんがつけると、途端にオシャレに見える。未年だからその年にもらった羊が刺繍されているものだったが、とってもオシャレに見えて、不思議だった。
「おはよう」
「おはようございます」と私は目を大きくさせたまま挨拶をした。
 ちなみに私はすっぴんのままご飯を食べようと降りてきたところだった。着替えも何も済ませていない。
「十子、目玉やき焼いてるから。パンもほら」と言う。
 どうやら私に中崎さんの分も用意しなさいということだろう。私は冷蔵庫から昨日のコーヒーを取り出して、中崎さんの目の前に置いた。
「ありがとう」と微笑んでくれる。
 昨日より整えられた微笑みは破壊力が半端ない。私は慌ててパンをトースターに突っ込んだ。焼かれた目玉焼きをなんとかお皿に乗せて、冷蔵庫にあるハムも追加した。
「お父さんは?」
「大学に泊まるって帰ってきてないの」
「あ…そうなんだ」と聞いて、ハムの枚数を増やす。
「パンが焼けるまでそれを食べててください」と言うと、朝からプリンを食べていた母が「やーん。まるで新婚さんみたい」と言った。
 思わず母を睨んだが、本当に嬉しそうな顔をしている。恋人も作れない娘を妄想で結婚させていると思うと胸が痛んだ。だから文句を言わずにパンをトースターから取り出して、中崎さんの前に置いたが、中崎さんも顔を赤くして固まっている。
「母がすみません」と私は謝って、一度、着替えることにした。
「あ…いえ」となぜか固い返事をされてしまった。
 中崎さんに申し訳ないことをしたな、と洗面台で顔を洗う。ため息をついて、化粧水を塗って髪の毛を、本当は巻こうかと思ったが、なんだか面倒臭いのでバナナクリップで後ろで留めた。そして自室で着替えて、化粧を施した。ちょっとは見た目が良くなっただろうか、と鏡を見る。
「ふんふん。まつ毛も伸びだし、血色もよろしい」と自分で言って、下に降りる。
 昨日、ラーメンを食べたせいかそこまでお腹が減ってはいない。
「お母さん、今日は朝はいいかな」と言って、コーヒーだけ手にする。
「貧血になるでしょ? 目玉焼きだけでも食べていきなさい」と言われたので仕方なくお皿に乗せる。
 中崎さんがいなければ、台所でさくっと食べて終わるのだけれど、ちゃんとテーブルに乗せて食べる。中崎さんはもう食べ終えてコーヒーを飲んでいた。
「中崎さんにお皿まで洗ってもらっちゃった」と母が楽しそうに言う。
「ええ? すみません」
「いえいえ。こちらこそ、楽しかったです」
「本当? またぜひ来てください」と母が言った。
「ご迷惑でなければ…。一人暮らしなので…」と中崎さんも乗り気だった。
「じゃあ、土曜日とか、金曜日とか、今度はゆっくりできる時にいらしてください」と母は本当に嬉しそうだった。
 母も確実にシスターズ入りしそうだった。お気に入りの兄が北海道に行ったせいもあるのだろう。やたらとテンションが高い。そしてなぜか霊の女の子も嬉しそうに足をバタバタさせている。
「今週、神社に行くんで…その帰りに十子さんを送りがてら、寄らせてもらいます」と中崎さんが思わぬことを言い出した。
「送り? 大丈夫ですよ。私…」と言おうとしたら「ぜひ。待ってまーす」と一際大きな声で母が言った。
「じゃあ、その時に」と言って、立ち上がる。
 私も釣られて、立ち上がると、
「十子さん、いこっか」と言われて「あ…名前呼び」と今更気がついた。
「行ってらっしゃーい」と母に背中を押されて、玄関を出る。
 すると将軍様のおな〜り〜といった具合に、シスターズたちが両脇に一列に並んでいる。これって、もしかして駅まで続くんじゃないかと思うぐらいの花道ができていた。
「ちょ…」
「どうかした?」
「あ、ちょっと母に…」と私は家に戻って、母に「並んでる!」と言った。
「そうよ。朝、家の前を掃いてると邪魔だったから、推しへの心構えを教えたのよ」
「は?」
「あの生き霊たちに推しの幸せを一番に考えることよって言っただけ」
「推し…の幸せ?」
 あんな花道、中崎さんが望んでいるはずはないのに…と思ったら、玄関が開いて「十子さん?」と呼ばれてしまった。
「あ、すぐ行きます」と母と霊の女の子が手を振る。
「も…う」と私は中崎さんのところに戻った。
 見えない中崎さんはなんだか素敵な笑顔で微笑んでくれているけれど、私は花道に並んだ生き霊たちの目が恐ろしい。
「あの…会社で、その呼び方は…」
「ええ? じゃあ…十子ちゃん?」とふざけているのか、もう何を言っても聞き入れてくれなさそうで私は諦めた。
 諦め…それは人生を楽にする一つの方法だ。もう会社の女性全員(梶先輩除く)に意地悪されても仕方がない。生き霊から呪い殺されても…。
「そんなのいやー」と私は真剣に言ってしまったから、中崎さんが横で驚いていた。もちろんシスターズもビクッと肩を上げている。
「ごめん。会社では苗字で呼ぶから」と無駄に反省させてしまった。
 いや、中崎さんはイケメンだからってちょっと調子に乗ってたと思う。それは間違いない。
「お願いします。私の会社人生の死活問題です」と釘を刺しておいた。
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