第4章 第13話

文字数 1,832文字

 身動きが取れない。息苦しい。頭痛がひどい。ここは何処だろう。時間をかけて考えているうちに、俺は病院のベッドに寝かされていることを把握する。どれほど時間が経ったのだろう。看護師が俺の意識が戻ったことに気付き、やがて医師がやってくる。

「金光さん、わかりますか?」
 軽く頷く。
「ここは、病院ですよ。交通事故で運ばれてきました」

 わかってるって。それより…
「頭を強く打っていましたが、レントゲンやCTで見る限り脳に異常はありません。」

 それはよかった。それよりも…
「背中、腕も強く打ちましたが、どれも打撲程度です。」

 丈夫じゃないか、俺。それよりも光…
「ただ、左足の損傷がひどく、再手術が必要です。後ほど詳しく説明しま…」
「せんせい… ほかの… みんなは…」

 口に咥えた呼吸器越しに、細々と言うと、
「ええ、当院に搬送されたのは貴方だけです。他に負傷した方がいるとは聞いてませんよ」
「そう、ですか… よかった…」
「しっかり話せますね。良かったです。あ、美希ちゃん、連れの方に知らせてきてくれる?」

 しばらくすると呼吸器や尿管が取り除かれ、外す時死ぬほど痛かった、ICUを出て一般病棟に移される。時計を見ると夜の九時過ぎだ。個室の病室には疲れ切った表情の健太、先生、そして泣き腫らした目のクイーンが待っていた。

 ワゴン車は俺を跳ね飛ばした後、そのまま走り去って今も捜索中。他のメンバーは皆無事で俺とクイーンが救急車で運ばれた後、無事に東京に戻った。健太が先生を連れて車でこの病院に引き返し今に至るとの事ー

 その間、クイーンがずっとそばにいてくれたらしい。手術室に無理やり入ろうとして、危うく通報されかけたと聞き、思わず笑うと全身に激痛が走る。

 取り敢えず今夜はクイーンが病院に付きっきりでいてくれるらしい。実に不本意な形だが、久しぶりに二人きりになれそうだ。ちょっと頬が緩む。同時に激痛が走る。

 既にお袋には連絡を入れてくれていて、全てクイーンに任せると頭を下げたらしい、携帯電話で。嘘かホントか分からぬが、俺の事故を聞いた葵はその場で気を失ったと言う。きっと隣に翔がいたからだろう、なんとあざとい女だ、一体誰に似たんだか…

 因みにこの病院は、埼玉の蓮田SAから程近いところに位置するらしい。まあ地方の地域を支える総合病院、といった風情だ。看護師が皆農婦に見えてしまうのは、頭を強打したせいだろう。

「軍司、良かったな、おい、俺、わかるか、わかるよな?」
 健太が大声で話しかけてくる、ウザい。
「… だれですか、あなた?」
 信じられないと言った表情で、
「… ウソだろ… 俺だよ俺…」
「オレオレ詐欺かよ。バーカ、あいててて…」
「おーーーーい… 軍司―――――」

 思わず健太がしゃがみ込む。変わらず、なんて友人思いの良いやつなのだろう。ちょっと、いやだいぶウザいけど。
「コラ軍司っ こいつが、健太がどれだけ心配してたと思ってんだ! いや、でも、良かった。うん、良かった」
 ウザ… いや、めんどくさい人がもう一人。
「… だれですか、あなた?」
 先生は俺の頭を軽くコツンと叩き、
「先生は騙されないぞ。それより軍司、お前光子によーーく感謝するんだぞ。心臓マッサージや人工呼吸を全部光子がやったんだぞ。救急隊の人が、光子の処置が無かったらちょっとヤバかった、と言っていたぞ」
 クイーンが、俺を? 助けてくれた?

「そう言えば、おい、こら! 光子! お前、何で車の前に仁王立ちしたんだ! お前が避けないから軍司がお前を助けようとしたんだぞ!」
「そうだよクイーン。何で避けなかったんだよ?」
 クイーンは腕を組みしばし考えた後、
「んーーーーーーーーーーー、ポリシー?」
 先生と健太はポカンとして、
「ハア?」
「はあ?」
「いやー、逃げたら負けじゃん」
「…いや… 逃げなきゃ負けじゃん」
「…ああ…逃げなきゃ死ぬな」
「でも… アタシのせいでコイツが… 」
「そうだな光子。お前もそろそろ、『負けるが勝ち』ってことも人生にはある事、知ってもいいかもな」
「そうだよ。コイツ、軍司だって昔は勝ち組だったけどよ、今は立派な負けがちな人生だしな」
「健太ー、『負けがち』じゃなくてなー、『負けるが勝ち』なー」
「お、おう、それなそれな。まあだから…」
「よーし、健太。そろそろ二人っきりにしてやろうじゃないか」
「そっすね。おうクイーン。俺たち先に東京帰るから。後は任せたぞ。軍司のこと好きにしちゃいな」
「あ、ああ… でも…」
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