第2章 第7話

文字数 2,658文字

「という事で、参加者を取りまとめたいんだけど。どんな感じかな?」

『居酒屋 しまだ』に修学旅行の幹事役の面々を集め、話を進めていく。厨房の奥からクイーンが目をキラキラさせながらこちらを伺っているのが、何故か愛おしい。

「ウチらは今んとこ七、八人くらいかなあ、多分」
「俺らは六、七人かあ、結構ヒマしてるみてーでよ」
「そっか。バスケ部と生徒会合わせて、十人くらいか。そうすると二十五人前後くらいかな」
「おおお、結構な人数じゃん。スゲースゲー」
「バス一台で行けそうだな。そっちは手配しておく(俺の部下が)」
「おおおおお、な、なんか本物の旅行業者っぽいな、オマエ!」

 俺は健太を軽く睨みつけ
「いや、ホンモノですから…」
「懐かしいなあ、軍司はこんな感じだったわ、あの頃。部活でも生徒会でもグイグイみんなを引っ張ってってさあ」
「そーか?」
「あの頃はマジウザくて目障りだったけど」
「おいっ…」
「社会で成功する奴って、こうでなきゃダメなんだろーな」
「そーだな。無駄に熱いヤツ」
「そんな事ないよな、忍ちゃん…」
「いや、クソ熱くって面倒っす」
「…酷いな」
 俺はジョッキのビールを一気に飲み干す。

 八月に入ると仕事は掻き入れ時、誰も彼も忙しくて、とても何か頼める雰囲気ではない。仕方ないので俺は一人、山本くんと泉さんからの資料を元に、修学旅行のしおりを会社の片隅で作成している。

日時 平成三十年 八月一三日〜一四日
宿泊先 アンバサダー鬼怒川 ザ プレミアム
集合時間・場所 九時 江東区立深川西中学校 正門前
参加費用 九千八百円

 一番大変なのは参加者リストだ。特に女子で既婚者は旧姓の方が良いのかどうか。いろいろ考えた末、女子はこんな感じにしてみるー
 
 秋本(深瀬)明子 生徒会副会長 3B アコちゃん
 上田(片瀬)律子 3F リツ
 島田光子 3G クイーン

 現在の名字を括弧に入れただけだが。男子もこれに従う。当時の渾名、通り名は俺と健太の記憶に従ったものだ。多少違っていてもそれはお愛嬌という事で。

 初めは面倒であり丸投げするつもりで山本くんを探していたものだったが、進めていくうちに当時の思い出がどんどん蘇ってきて、気がつくと退社時間をとっくに過ぎていた事もしばしばだった。

 過去の記憶は決して消え去ることは無く、脳内のファイルにちゃんと保存されていると聞いた事があるが、今回の作業を通じてそれが本当である事を実感する。当時の渾名なぞ絶対思い出せないと思っていたのだが、
「あん時オマエが『制服キチンと着ないと金八っつあんに殴られるぞ、ガチャピンみたいに』って言ったよな」
「あー 言った言った! ガチャピン、松本な!」
 という具合だ。

 我ながらソコソコな出来の『修学旅行のしおり』が完成する、会社で。それを三十部ほどコピーする、会社で。何人かの若手男性社員が手伝おうとしてくれたのだが、一応プライベート旅行の事なので謹んでお断りする。当然女子社員は無視を決め込んでいる。
 なんていい奴らなんだろう、と心の中で喜びながらコピー機をいじっていると、

「専務。私がやります。でないと他の業務の妨げになりますので」
 と新入社員の女子にハッキリと言われてしまう。新人とは言え、女性社員と初めてコンタクトした瞬間であった。俺はビックリして彼女をガン見してしまう。

「ちょ… 庄司! オマエ専務になんて失礼なことを…」
 山本くんが慌てて俺たちの間に入るも、
「は? 本当のことを申しただけですが何か? それに本当に私達困っているのですが、コピー機使えなくて。私間違っていますか? 山本さん」

 俺と山本くんは項垂れてしまう。彼女に『修学旅行のしおり』を渡す。彼女はサッとそれに目を通すと、

「専務。数箇所ほど訂正すべき点がございますが、このままでコピーされますか?」
「え? どこどこ?」
「日時に曜日を入れるべきかと。あと費用ではなく代金かと。漢数字でなく9800円とすべきかと、それからー」
「あの、庄司さん、もし良かったら全て訂正してくれない? 俺のパソコン使って…」

 庄司さんは仕方ないですね、と呟きながら俺の机に座るとものの五分ほどで
「専務。ご確認ください。それと全部で30部で宜しかったでしょうか?」
 モニターを眺め、訂正箇所に納得し、カクカク頷くと、
「今後。こういった事務的なことは全て私にいいつけてください。わかりましたか?」
「よ、よろしく頼むよ」

 そう言うと彼女は満足げにデータをコピー機に出力する。あ、なるほど、こうすればわざわざコピー機弄らなくても…

「はい専務。全てちゃんと綴じてありますので、このままお渡しください」
 出来上がった旅のしおりは、いつの間にか立派な表紙も添えられており、とても素人の出来とは思えなかった。いや素人じゃねえな、旅行会社なんだから。
「どうもありがとう。これからもよろしく頼むね」
「お言い付けくださればいつでもいたしますが何か?」

 俺は山本くんに視線を送ると、彼は両手ですみませぬ、と俺に謝る。
 その後しばらくして彼を連れ出し、
「あの子、すごく優秀だな。ちょっと話し方は変わっているけど」
 山本くんは俺の奢ったアイスコーヒーを飲みながら、
「今年の新卒入社の中では、飛び抜けて優秀なんですよ。下手したら僕なんかよりもずっと気の利いた企画書作っちゃうし。まあこれから色々と目をかけてやってくださいね」
 いやいやいや。これ程出来る子は銀行時代も中々いなかったぞ。一体この会社。どうなってんだよ…

「秋の間宮由子先生の句会の企画。彼女にも手伝ってもらおう。どうかな?」
「それはいいですね。僕一人では一杯一杯だったんですよ、それはすごく助かります」
「よし。機会を見つけて一度ブリーフィングしよう。ところで、彼女も旅が好きだとか?」
 山本くんは首を振りながら、
「どうなんでしょう。詳しくは知りませんけど、なんでも鳥羽社長の大学の後輩で、社長自らがリクルートしたって噂ですよ、だとしたらあっち系なのかなー」

 あらあら。そう言うことか、どうりで優秀なはずだ。社長自らが引っ張ってくるなんて、相当学業優秀だったのだろう。これは期待しかないぞ、なんて思っていると、
「ただ、会社の飲み会には一度も顔出したことないし、一緒に飯食った奴もいないんじゃないかな。まあ、今時のマイペースな子ですよ」

 だから平気で俺に話しかけてきたのか。ま、それはどうでもいいけれど。

 俺は飲み干したコーヒー缶をゴミ箱に放り投げ、即戦力新人の今後を楽しみに感じていた。
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