第3章 第3話
文字数 2,053文字
「幾つになっても、生徒会長だね。金光くんは」
副会長だった秋本さんが、可笑しそうに言う。俺は呆れ顔で、
「五十過ぎであの幼さ… こんな旅行、企画しなきゃよかった…」
「金光くんだから出来たんだよ。なんだかんだ言って、あの人達すごく嬉しそうだし」
「何だかな… そっちは楽しんでいるか?」
秋本さんは吹き出しながら、
「もう笑って笑って〜 お笑い番組より遥かに面白くて、あの人達」
「そっか。なら良かった」
彼女が楽しんでいるなら、それでよし。俺は何度も頷くと、
「うん。あの頃はただ『怖い人達』と思って、避けてたんだけどね、」
「そりゃ誰でも避けるわ」
「でも、あの頃ももっと彼らにちゃんと向き合っていたら、」
「え?」
遠い遠い過去を惜しむ表情で、
「もっと楽しかったのかもね」
俺は首を傾げながら、
「…そうか?」
後ろからドシドシと足音が近寄ってくる。
「その通りだ、秋本、軍司!」
先生が俺らの肩を抱きながら大声で言う。あれ? ちょっと酒臭い?
「あんな真っ直ぐな奴らはいない。あんな仲間思いの奴らはいない。根はホントにいい奴らなんだよ。軍司も健太とは仲良かったろうが?」
「まあ、そうですかね…」
「秋本も、あの頃アイツらに嫌なことされた事、なかったろ? 見た目で人を計っちゃいけねえ。な」
「そうですね。なんだかんだ言っても生徒会の決めた事は少しは守っていましたよね」
確かに。アイツらは最近の中高生に蔓延る『虐め』とか『シカト』『仲間外し』などは絶対にしなかった。ちょっと気に食わないからと集団で無視したり、教科書やノートに落書きしたりしなかった。今の社会に比べ、人と違うことに対して許容範囲が広かった気がする。出る杭が打たれずらい社会だった気がする。
子供の本質は変わらなくても、社会が変容してしまえばその行動原理は大きく変わっていく。今の社会は人と違うことに対して昔より過敏になっており、少しでも集団にとって異質なものを全力で排除する傾向がある気がする。
昔は違った。人と違うことをするのが格好良かった。だから奴らは決められた制服でなく、長ラン、短ラン、ドカンにボンタンだったのだ。バイクを改造しナンバーを外し、ルールを無視して街を走り回っていたのだ。
それが倫理的に良い悪いは別にして、昔の彼らは真の意味で他者を認め他者に寛容だったのかも知れない、そして本物の自己主張をしていたのかも知れない。
「そう。だから、アイツらは幾つになってもアイツらなのさ。大目に見てやれや」
俺は遠くを指差しながら、
「……先生、あれも大目に見ます?」
「ん…? あれは… マズイ…」
クイーンと健太達が、駐車場に停まっている黒のワゴン車を取り囲んでいる!
先生と俺は慌てて駆け寄り、
「何してんだ! オマエら! やめないか!」
クイーンが振り返り、
「おおキング。このクソガキがさっきアタシらのバスを煽ったんだわ」
中村、猿田らが物凄い迫力で
「オラ出て来いや、クソガキがっ」
「ブッ殺すぞ、コルアー」
四十年ほど前は都内有数の不良軍団。その迫力はいまだに健在だ。先生、仰る通りです、幾つになってもアイツらですよお…
お盆期間中で大混雑しているサービスエリアの空気が凍りついている。スマホで動画撮影している人もいる。マズい、非常にマズい。
「止めろ。周り見てみろ! 通報されるぞ。警察来たら旅行どころじゃねーぞ!」
俺は冷静になってコイツらに囁く。
「チッ 命拾いしたなクソガキ」
「次見かけたら、コロス」
「わかってんのかコラ!」
捨て台詞とともにワゴンを蹴飛ばす健太とクイーンを先生が強引に引きずり離す。アホかコイツら、車に傷ついたら器物損壊になるだろうが… 身も心もすっかり昔に戻っているようだ。溜め息しか出ない…
「戻れ、発車時間だぞ! 乗り遅れるぞ」
「これ以上関わるな、S NSにアップされるだろうが!」
「はーい、早く戻りましょう、みんな待ってますよぉー」
怒り収まらぬ不良軍団をバスへ戻らせるのは旧生徒会&バスケ部軍団だ。金八先生もグダグダ言っているヤツの尻に見事なローキックを決めている。誰もが、俺さえも、あの頃と何ら変わらぬ言動を振りまいている。
この歳になって十代半ばのあの頃に戻っているという事実にふと気づき、何とも言えない気持ちになる。それは決して不愉快なものではなく、何か失くしたものを見つけた気分である。
同窓会などの数時間の交わりではこんな気持ちになる事は無いであろう。旅行というものの新たな一面、即ち心のタイムワープ効果を発見した事に不思議な興奮を覚える。これは泉さんへの報告書にも落とし込んでみるか。
『旅行でなければ戻れない、あの頃に』
『あの頃を思い出したい? 旅行でしょ!』
おお、良いではないか、良いではないか!
『旅路にて 三つ子の魂 思いだせ』
おおお、会心の出来じゃないか! 今度、由子に……
「キングー、早くしろよー、お前最後だぞー」
そう言えば昔も、一人所構わず考え込んでいては、友人に注意されていた自分も思い出した。
副会長だった秋本さんが、可笑しそうに言う。俺は呆れ顔で、
「五十過ぎであの幼さ… こんな旅行、企画しなきゃよかった…」
「金光くんだから出来たんだよ。なんだかんだ言って、あの人達すごく嬉しそうだし」
「何だかな… そっちは楽しんでいるか?」
秋本さんは吹き出しながら、
「もう笑って笑って〜 お笑い番組より遥かに面白くて、あの人達」
「そっか。なら良かった」
彼女が楽しんでいるなら、それでよし。俺は何度も頷くと、
「うん。あの頃はただ『怖い人達』と思って、避けてたんだけどね、」
「そりゃ誰でも避けるわ」
「でも、あの頃ももっと彼らにちゃんと向き合っていたら、」
「え?」
遠い遠い過去を惜しむ表情で、
「もっと楽しかったのかもね」
俺は首を傾げながら、
「…そうか?」
後ろからドシドシと足音が近寄ってくる。
「その通りだ、秋本、軍司!」
先生が俺らの肩を抱きながら大声で言う。あれ? ちょっと酒臭い?
「あんな真っ直ぐな奴らはいない。あんな仲間思いの奴らはいない。根はホントにいい奴らなんだよ。軍司も健太とは仲良かったろうが?」
「まあ、そうですかね…」
「秋本も、あの頃アイツらに嫌なことされた事、なかったろ? 見た目で人を計っちゃいけねえ。な」
「そうですね。なんだかんだ言っても生徒会の決めた事は少しは守っていましたよね」
確かに。アイツらは最近の中高生に蔓延る『虐め』とか『シカト』『仲間外し』などは絶対にしなかった。ちょっと気に食わないからと集団で無視したり、教科書やノートに落書きしたりしなかった。今の社会に比べ、人と違うことに対して許容範囲が広かった気がする。出る杭が打たれずらい社会だった気がする。
子供の本質は変わらなくても、社会が変容してしまえばその行動原理は大きく変わっていく。今の社会は人と違うことに対して昔より過敏になっており、少しでも集団にとって異質なものを全力で排除する傾向がある気がする。
昔は違った。人と違うことをするのが格好良かった。だから奴らは決められた制服でなく、長ラン、短ラン、ドカンにボンタンだったのだ。バイクを改造しナンバーを外し、ルールを無視して街を走り回っていたのだ。
それが倫理的に良い悪いは別にして、昔の彼らは真の意味で他者を認め他者に寛容だったのかも知れない、そして本物の自己主張をしていたのかも知れない。
「そう。だから、アイツらは幾つになってもアイツらなのさ。大目に見てやれや」
俺は遠くを指差しながら、
「……先生、あれも大目に見ます?」
「ん…? あれは… マズイ…」
クイーンと健太達が、駐車場に停まっている黒のワゴン車を取り囲んでいる!
先生と俺は慌てて駆け寄り、
「何してんだ! オマエら! やめないか!」
クイーンが振り返り、
「おおキング。このクソガキがさっきアタシらのバスを煽ったんだわ」
中村、猿田らが物凄い迫力で
「オラ出て来いや、クソガキがっ」
「ブッ殺すぞ、コルアー」
四十年ほど前は都内有数の不良軍団。その迫力はいまだに健在だ。先生、仰る通りです、幾つになってもアイツらですよお…
お盆期間中で大混雑しているサービスエリアの空気が凍りついている。スマホで動画撮影している人もいる。マズい、非常にマズい。
「止めろ。周り見てみろ! 通報されるぞ。警察来たら旅行どころじゃねーぞ!」
俺は冷静になってコイツらに囁く。
「チッ 命拾いしたなクソガキ」
「次見かけたら、コロス」
「わかってんのかコラ!」
捨て台詞とともにワゴンを蹴飛ばす健太とクイーンを先生が強引に引きずり離す。アホかコイツら、車に傷ついたら器物損壊になるだろうが… 身も心もすっかり昔に戻っているようだ。溜め息しか出ない…
「戻れ、発車時間だぞ! 乗り遅れるぞ」
「これ以上関わるな、S NSにアップされるだろうが!」
「はーい、早く戻りましょう、みんな待ってますよぉー」
怒り収まらぬ不良軍団をバスへ戻らせるのは旧生徒会&バスケ部軍団だ。金八先生もグダグダ言っているヤツの尻に見事なローキックを決めている。誰もが、俺さえも、あの頃と何ら変わらぬ言動を振りまいている。
この歳になって十代半ばのあの頃に戻っているという事実にふと気づき、何とも言えない気持ちになる。それは決して不愉快なものではなく、何か失くしたものを見つけた気分である。
同窓会などの数時間の交わりではこんな気持ちになる事は無いであろう。旅行というものの新たな一面、即ち心のタイムワープ効果を発見した事に不思議な興奮を覚える。これは泉さんへの報告書にも落とし込んでみるか。
『旅行でなければ戻れない、あの頃に』
『あの頃を思い出したい? 旅行でしょ!』
おお、良いではないか、良いではないか!
『旅路にて 三つ子の魂 思いだせ』
おおお、会心の出来じゃないか! 今度、由子に……
「キングー、早くしろよー、お前最後だぞー」
そう言えば昔も、一人所構わず考え込んでいては、友人に注意されていた自分も思い出した。