第3章 第7話
文字数 2,405文字
しおりの部屋割りに従って各人は部屋に入り、夕食の時間である七時までは温泉を楽しんだり近くを散策したりの自由時間である。
俺は仕事を兼ねて大浴場へと向かう。山本くんからこのホテルの温泉のリサーチを厳命されているのだ。するとロビーで健太達に絡まれる。
「おいキング。卓球がねえぞ?」
「今時あるかよ。って、知らねえよ」
「いや、卓球はマストだわ、やっぱわかってねーなー 日本人の心がよお」
「ゲーセンもねえわ。んだよつまんねえ」
これから仕事だと言うのに… くだらねえ事で邪魔しやがって…
「…じゃあ、撤収するか? 東京帰るか?」
「いや… その…」
「…なんか昔よりコエーぞ、キング…」
俺は彼らを睨みながら、
「間違ってもホテルのスタッフに文句言うんじゃねえぞ。俺の顔潰すようなことしてみろ、」
皆はゴクリと唾を飲み込んで俺を見つめる。
「お前ら、『居酒屋 しまだ』出入り禁にしてやるからな」
「ちょ、ちょっと待てや」
「そ、それは鬼過ぎだろ…」
「ひでえよキング、何もそこまで…」
俺は睨み直しながら、
「じゃあ、絶対。文句垂れんじゃねーぞ、コラ」
健太らはカクカクと頷く。何だかコイツらの口調が移ってしまった。我ながら、キモい。
だが、こいつらの言っていた『卓球』に『ゲーセン』か。一応レポートに付け加えておこう、確か台湾や中国、シンガポールでは卓球は人気だからな。
俺はバカどもをスルーして大浴場へ向かう。健太達が後ろから慌ててついてくる。そう言えばこのような温泉ホテルは本当に久しぶりである。少なくとも今の旅行代理店に入ってからは初めてだ。
ここのところ、箱根、修善寺の高級旅館を梯子しているので、この外資系の温泉ホテルの浴場はどんな感じなのか大いに興味をそそられる。外資系だけに、これまで俺が楽しんだような風情はないのかもしれない。いや、日本人客に合わせて、侘び寂びを巧く取り入れているかもしれない。
丁度ここに、俺よりも遥かに温泉を楽しんできている男がいる。コイツの意見は俺にとって大変貴重だ。
脱衣所で一緒に服を脱ぎ、浴場に入る。そして俺らは呆然とする…
「な、なんじゃこれ!」
健太は全裸のまま棒立ちとなっている。手に持っていた手拭いが床に落ちてしまう。それをよっこらせと拾ってやり、
「なあ健太… こんなゴージャスなものなのか、普通は?」
健太は驚愕と喜びの混じった笑顔で首を振りながら、
「いや… こんなゴテゴテした風呂、見た事ねえー スッゲー!」
大風呂に滝があるー しかも黄金に輝く滝である。
その真ん中には黄金の亀の彫像が配置されている。
風呂を覗くとライトが風呂の中で点滅している。
俺は慌てて脱衣所に戻り、スマホを持ってきて写真を撮りまくる。スマホを戻して、
「健太。入ってみるぞ」
「お、おう。わ、スゲー これはインスタ映えするわーー」
「…なんか、うん、スゲーな」
昔映画で見たテルマエロマエに登場する様な、豪華な浴場を彷彿とさせる造りに圧倒される。パッと見は違和感を否め無かったのだが、湯けむり越しに何となくゴテゴテを眺めていると、これはこれでアリだなと思ってしまう強引さが面白い。
確かに俺が今まで入ってきた様な純日本的な温泉は、日本の心を象徴するようなものなので、自然美が大きなポイントであろう。
だがその様な温泉では決して皆でワイワイと楽しめるものではない。エンターテイメント性を重視し入浴を楽しむならば、こちらの方がインパクトは遥かに大きい。
特に俺らのような友人同士で大勢で入るなら、これ位が良いのかも知れない。ほら、もう彼方此方で騒ぎが始まっている。俺も彼らに混ざり、お湯の滝に打たれながら念仏を唱えたり、サウナでコーヒー牛乳をかけて我慢大会をしたりと、大いにレジャー温泉を満喫したのである。
食事会場でもその興奮は収まらず、各々があの大浴場を語ることをやめない。散策に出ていた連中はその話を聞き、すぐにでも行こうと喚き出す。その騒々しさは料理が運ばれてくるとピタリと止み、今度はこの地産地消の会席料理に心身共に魅了されていく。
どの料理も純和風ではなく、中華をはじめとする多国籍な調理法で、その素材の味を大事に活かしている素晴らしいものだ。一皿食べる毎に大騒ぎだ。
「なんかこの風景、給食でカレーが出た時を思い出すわ」
「それなっ てか、マジうめえ」
「先生、どうですか。口に合いますか?」
先生は感極まり、といった表情で、
「軍司ー。美味しいよ。先生、幸せだぞ」
「おい金八っつあん、泣くな、泣くなよ」
「お前らと一緒だからさらに美味いんだよ。おーい、光子。どうだ、修学旅行の味は?」
「であの後体育館の裏でよお… あ? んだよ邪魔すんなよ。で、先輩がガン飛ばして、」
先生の問いかけを無視して、昔の思い出語りに夢中だ。
「ハアー ま、楽しそうじゃないですか?」
「うんうん。お前も楽しんでるか、軍司?」
先生のお猪口に地元のキリッとした日本酒を注ぎ込む。
「こうしてみんなが楽しんでいるのが、楽しいし嬉しいです」
と正直に答える。
「相変わらずだな。でもよお、も少し自分が楽しんでもいいんじゃないか?」
「はあ、まあ」
「周りの奴がさ、お前が楽しそうにしてるのが嬉しい、って事考えたことあるか?」
「いえ…」
「お前が江戸村で浅葱色の羽織着たの見て、みんな嬉しそうだったぞ」
「はあ…」
「お前が、あの地元一の優等生のオマエが、自分達の所まで降りてきてくれたってな」
「……」
「あの頃の高いプライドが、オマエの視野を遮っていたんだよ。今なら理解できるな?」
「はい…」
「銀行で色々あって良かったな。そのプライドが霧散して、オマエは変わったよ。大事な物、大切なものが見えるようになっただろう?」
「…はい」
「二度と手放すなよ」
「ハイ」
「ったく。あの頃のオマエ全然わかって無かったもんなあ」
「へ? 何がですか?」
「光子のこと」
「はい?」
俺は仕事を兼ねて大浴場へと向かう。山本くんからこのホテルの温泉のリサーチを厳命されているのだ。するとロビーで健太達に絡まれる。
「おいキング。卓球がねえぞ?」
「今時あるかよ。って、知らねえよ」
「いや、卓球はマストだわ、やっぱわかってねーなー 日本人の心がよお」
「ゲーセンもねえわ。んだよつまんねえ」
これから仕事だと言うのに… くだらねえ事で邪魔しやがって…
「…じゃあ、撤収するか? 東京帰るか?」
「いや… その…」
「…なんか昔よりコエーぞ、キング…」
俺は彼らを睨みながら、
「間違ってもホテルのスタッフに文句言うんじゃねえぞ。俺の顔潰すようなことしてみろ、」
皆はゴクリと唾を飲み込んで俺を見つめる。
「お前ら、『居酒屋 しまだ』出入り禁にしてやるからな」
「ちょ、ちょっと待てや」
「そ、それは鬼過ぎだろ…」
「ひでえよキング、何もそこまで…」
俺は睨み直しながら、
「じゃあ、絶対。文句垂れんじゃねーぞ、コラ」
健太らはカクカクと頷く。何だかコイツらの口調が移ってしまった。我ながら、キモい。
だが、こいつらの言っていた『卓球』に『ゲーセン』か。一応レポートに付け加えておこう、確か台湾や中国、シンガポールでは卓球は人気だからな。
俺はバカどもをスルーして大浴場へ向かう。健太達が後ろから慌ててついてくる。そう言えばこのような温泉ホテルは本当に久しぶりである。少なくとも今の旅行代理店に入ってからは初めてだ。
ここのところ、箱根、修善寺の高級旅館を梯子しているので、この外資系の温泉ホテルの浴場はどんな感じなのか大いに興味をそそられる。外資系だけに、これまで俺が楽しんだような風情はないのかもしれない。いや、日本人客に合わせて、侘び寂びを巧く取り入れているかもしれない。
丁度ここに、俺よりも遥かに温泉を楽しんできている男がいる。コイツの意見は俺にとって大変貴重だ。
脱衣所で一緒に服を脱ぎ、浴場に入る。そして俺らは呆然とする…
「な、なんじゃこれ!」
健太は全裸のまま棒立ちとなっている。手に持っていた手拭いが床に落ちてしまう。それをよっこらせと拾ってやり、
「なあ健太… こんなゴージャスなものなのか、普通は?」
健太は驚愕と喜びの混じった笑顔で首を振りながら、
「いや… こんなゴテゴテした風呂、見た事ねえー スッゲー!」
大風呂に滝があるー しかも黄金に輝く滝である。
その真ん中には黄金の亀の彫像が配置されている。
風呂を覗くとライトが風呂の中で点滅している。
俺は慌てて脱衣所に戻り、スマホを持ってきて写真を撮りまくる。スマホを戻して、
「健太。入ってみるぞ」
「お、おう。わ、スゲー これはインスタ映えするわーー」
「…なんか、うん、スゲーな」
昔映画で見たテルマエロマエに登場する様な、豪華な浴場を彷彿とさせる造りに圧倒される。パッと見は違和感を否め無かったのだが、湯けむり越しに何となくゴテゴテを眺めていると、これはこれでアリだなと思ってしまう強引さが面白い。
確かに俺が今まで入ってきた様な純日本的な温泉は、日本の心を象徴するようなものなので、自然美が大きなポイントであろう。
だがその様な温泉では決して皆でワイワイと楽しめるものではない。エンターテイメント性を重視し入浴を楽しむならば、こちらの方がインパクトは遥かに大きい。
特に俺らのような友人同士で大勢で入るなら、これ位が良いのかも知れない。ほら、もう彼方此方で騒ぎが始まっている。俺も彼らに混ざり、お湯の滝に打たれながら念仏を唱えたり、サウナでコーヒー牛乳をかけて我慢大会をしたりと、大いにレジャー温泉を満喫したのである。
食事会場でもその興奮は収まらず、各々があの大浴場を語ることをやめない。散策に出ていた連中はその話を聞き、すぐにでも行こうと喚き出す。その騒々しさは料理が運ばれてくるとピタリと止み、今度はこの地産地消の会席料理に心身共に魅了されていく。
どの料理も純和風ではなく、中華をはじめとする多国籍な調理法で、その素材の味を大事に活かしている素晴らしいものだ。一皿食べる毎に大騒ぎだ。
「なんかこの風景、給食でカレーが出た時を思い出すわ」
「それなっ てか、マジうめえ」
「先生、どうですか。口に合いますか?」
先生は感極まり、といった表情で、
「軍司ー。美味しいよ。先生、幸せだぞ」
「おい金八っつあん、泣くな、泣くなよ」
「お前らと一緒だからさらに美味いんだよ。おーい、光子。どうだ、修学旅行の味は?」
「であの後体育館の裏でよお… あ? んだよ邪魔すんなよ。で、先輩がガン飛ばして、」
先生の問いかけを無視して、昔の思い出語りに夢中だ。
「ハアー ま、楽しそうじゃないですか?」
「うんうん。お前も楽しんでるか、軍司?」
先生のお猪口に地元のキリッとした日本酒を注ぎ込む。
「こうしてみんなが楽しんでいるのが、楽しいし嬉しいです」
と正直に答える。
「相変わらずだな。でもよお、も少し自分が楽しんでもいいんじゃないか?」
「はあ、まあ」
「周りの奴がさ、お前が楽しそうにしてるのが嬉しい、って事考えたことあるか?」
「いえ…」
「お前が江戸村で浅葱色の羽織着たの見て、みんな嬉しそうだったぞ」
「はあ…」
「お前が、あの地元一の優等生のオマエが、自分達の所まで降りてきてくれたってな」
「……」
「あの頃の高いプライドが、オマエの視野を遮っていたんだよ。今なら理解できるな?」
「はい…」
「銀行で色々あって良かったな。そのプライドが霧散して、オマエは変わったよ。大事な物、大切なものが見えるようになっただろう?」
「…はい」
「二度と手放すなよ」
「ハイ」
「ったく。あの頃のオマエ全然わかって無かったもんなあ」
「へ? 何がですか?」
「光子のこと」
「はい?」