第3章 第2話

文字数 2,009文字

 ナイスミドル諸氏、すなわちバスケ部や生徒会その他の皆に、不手際を詫びる。

「いや全然。俺もあいつら見た時、タイムスリップしたかと思ったよ」
「だよねー、あの人たち全然変わってない、むしろ羨ましい…」
「すごく楽しみになってきたよ、この旅行。普通じゃ絶対味わえない旅になりそうじゃん?」

 流石、大人な反応だ、俺は頭に昇った血が一気に下降したのを感じる。彼ら彼女らのためにも、奴らの手綱はきっちりと締めねばならぬ、そう決意した頃に着替えを終えたクイーンがだるそうに歩いてやってくる。

 バスが出発した時から酒宴が始まりそうだったが、コイツらのこのノリだと途中のサービスエリアや訪問先で何をしでかすか分からないので、当然のように禁酒令を発する。

 大ブーイングがバス内にこだまするが、生徒会長、もといツアー責任者のマジックワード、
「中止するぞ」
 で制圧する。するとこれ見よがしに
「うめー、麦酒!」
 なんて言ってる川村を本気でバスから降ろそうと後ろに向かうと、
「コレ、ノンアルだからセーフ!」

 周りは爆笑だ。どうやら俺をからかって遊んでいるらしい。

 俺は川村の胸ぐらを掴み、
「オマエら。幾つになったと思ってんだ! オマエらが頼むからこうして企画してやったのに、なんだこれは! やってる事が中坊のままじゃないかっ 恥ずかしくないのか!」

 人を怒鳴りつけるのは銀行の支店長時代以来だろう。この銀行時代に培った、そしてその辺の地上げ屋、タカリ屋さえ一撃で撃退してきた俺の半ギレ説教により、バスの中は束の間の静寂と平穏を得る。

 首都高速から東北自動車道に入ると、お盆の帰省渋滞に掴まる。渋滞を見越してスケジューリングしたのだが、クイーンの衣服問題により予定よりも遅延しており、それをどこかで解消しなければ、と考えていると、

「よーし、80年縛りだぞコラ!」

 突如バスの後方から大音量の音楽が流れ始め、あっという間にカラオケ大会が始まる。俺は後ろを睨め付けるも、あるデジャブを感じる… ああそう言えばあの時もバスの中で皆で色々歌ったな… あの頃もバスの中で歌ってはならない、とはしおりになかったな。

 しばらく放置していると、次々に懐かしいあの頃のメロディーが車内を満たしていく。気がつくと俺も口ずさんでいるし。それにしても、アイツら歌下手くそ…

 すると、どうやらクイーンの順番となったらしく、盛り上がりは最高潮に達する。歌は当時のトップアイドルの、私の涙は飾りじゃないんだぞコラ、的な曲だ。アップテンポなイントロから皆は手拍子と声援を送る。送っていたのだがー

 歌が始まりしばらくすると、皆は呆然として黙り込んでしまい、車内はカラオケ音楽に乗せたプロレベルの歌声に満たされていくー 上手い、上手すぎる…
 俺も思わず後ろを振り返り、踊り付きで歌っているクイーンを凝視してしまう。

「今の方、プロの歌手、ですよね?」
 運転手さんがハンドルを握りながら俺に囁く。
「いや… ただの居酒屋のママですよ…」
「あの… リクエストしてもいいですか?」
「…一応、伺いましょう」

 そのリクエスト曲の『新東京国際空港第一ターミナル』を伝言ゲームで後ろに送ると、即座にリクエストにお応えしてくれる。

 俺たちは渋滞でピクリとも動かない車内で、クイーンの美声を存分に満喫し旅愁に耽っていたのだった。

 スマホの充電がヤバい、とかでカラオケ大会、いやクイーン歌謡ショーが終わった頃、渋滞は少し緩和し低速だが流れ始めている。

 車内はクイーンの歌声の余韻による静寂から復活し、益々喧しさを増している。頻繁に席替えが行われており、前方に固めておいた真面目軍団と後方の不良軍団が、それぞれ席を変えてワイワイ騒いでいるようだ。

 もう俺は諦めて一人目蓋を閉じる。それにしても、意外に仲良くやってくれているのがちょっと想定外だ。結構キッチリと不良組、真面目組で分かれるかと思っていたのだが、そんなことはなく、互いに胸襟を開き合って話し込んで笑い合っている姿は、あの頃には全く見られないものだった。

 これはどっちがどっちなのだろう。不良組が真面目組を受け入れているのか、真面目組が不良組を怖がらずに寄り添っているのか。ちょっと先生に聞いてみようと思ったその刹那。

 突然怒鳴り声がバスの中に響き渡る。

 慌てて振り返り、近くのヤツに聞いてみると、どうやら青山と川村が制限速度で走行しているこのバスを煽っている車がある、と言って窓から空き缶をぶつけようとしているらしい…

 丁度中間の席に着座している秋本副会長にこの件を任せることにする。本当にコイツらとても五十代の集団とは思えない…

 だが収まりがつかない様子に俺は業腹し、
「副会長の言うこと聞けないヤツは、次のサービスエリアで降ろすぞ!」

 ようやく騒ぎは収まり、同時に運転手にペコペコ頭を下げる。

 蓮田SAに休憩で止まる頃には、俺はクタクタになっていた。
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