第2章 第6話

文字数 1,613文字

 アオハルとは青春と同義語と知ったのは翌朝の朝食時。

 娘の葵に受験生として勉強に励めだの彼氏といちゃついている場合かだの小煩い説教をかまし、葵にガン無視され、お袋に逆にお前は小煩い、もっと器をどうのこうのと小言を言われ、逃げる様に出社する。

 俺を見た瞬間180度ターンした山本くんの肩を掴み、台湾の『アンバサダーグループ』について教えて欲しいと言った瞬間、クイーンショック前の彼に戻ってくれた。良かった。

「さすが、泉さんですね。アンバサダーグループが鬼怒川温泉に目を付けていたとは… これ、ウチの業界でもノーマークだったと思いますよ」
「そうなのか。俺は鬼怒川温泉自体、よく知らないんだよな…」
「ちょうど金光さん世代までの東京近郊の定番温泉街ですね。団体客メインでした。『東京の奥座敷』なんて言われて、熱海、箱根に匹敵する人気だったんですよ」

 鬼怒川温泉。正直名前は知っているが、行ったことある人間も知らない。
「そうなのか。でも何で今、ネットで荒廃だとか廃墟だとか…」
「バブル崩壊後の融資ストップとか? その辺りは金光さんの方が詳しいかと…」

 ああーー。思い出した思い出した! なるほど、そう言うこと。知ってるも何も、俺の同期が深く足を踏み入れて、泣く泣くどっかに飛ばされた案件だったわ。

「成る程な。バブル前の過剰融資。足利銀行の経営破綻。それによる不良債権化。それに加えて福島原発の風評被害。惨憺たる有り様だな…」
「『温泉の 泡が弾けて 夢の跡』って感じですかねー」
「…間宮先生に添削してもらうか?」
「え! お会いできるんですか! うわあ、光栄です」
 俺はニヤリと笑い、
「…あの店で…」
「ひーーーーーーーーーーー」

 山本くんに深呼吸を10回程させて落ち着かせた後、
「でも、何でそんな落ち目の温泉街に、世界的観光グループが目をつけたんだよ?」
「ハアハアハアー 個人客や富裕層のニーズに地元が気付き始めて、行政も巻き込んで変わり始めたんじゃないですか。地産地消的な町おこしも育って来たのでは?」
「そうか。復活の鬼怒川温泉か…」

「わかってますよね、専務?」
 山本くんが上目遣いで俺を睨みつける。
「は?」
「鬼怒川温泉に話題の外資系ホテルオープン。その全容を何処よりも早く、我が社が知るのです!」

 お。調子戻ってきたのでは。善き善き。ちょっと煽ってみるか。
「って… コレ修学旅行なんだけど… 自腹なんだけど」
「は?何言ってんですかナメてんですかこんなチャンス有りませんよ我が社独占プレオープン情報ですよどんだけ価値があるか分かってますか馬鹿ですか」

 よしよし。完全復活じゃないか、山本くん。
「あ。今バカって言った。アイツに言いつけるかな…」
「ひーーーーーーーーーーーーーー」

「すみませんね、専務。プライベートでお楽しみの予定なのに…」
 若社長がやや申し訳なさそうに頭を下げてくれる。
「彼の『当社独占』に惹かれました。初めてじゃないですか、ウチが発信源って?」
「この路線では初めてです。専務、期待しちゃっていいですか?」
 鳥羽が目をキラキラさせて俺を覗き込む。
「ま、何とかやってみますよ。少しはこの会社、儲けさせなきゃ」
「それは是非!」
 深々と頭を下げられてしまう。

 この会社はやり方次第で必ず大きくなる。俺の銀行時代の経験から診て、淡い期待感を否めない。三年前の支店長の俺なら、そこそこ融資していただろう。

 社長室を出て自分のデスクに戻り、スマホメールをチェックすると、泉さんから連絡が来ていた。早速アンバサダーグループにアクセスしてくれたようだ。仕事の早い男である。

 メールによると、一週間前までには大まかな人数を決めて欲しい、料金は二食付いて一人5000円でどうだろうか、とのこと。また、宿泊後にレポートを提出して欲しいらしい。

 俺は全て了承した、よろしく頼むと認め、返信ボタンをタップする。

 俺たちの五十代の修学旅行が動き出した。
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