第1章 第10話

文字数 1,472文字

 3年G組の集合写真の彼女が指さした先に、少女Aはいた。

 しかもさっきバスケ部連中が言っていた通り、不良アイドルそのものである。恐らく普通の格好、髪型をしていたなら、学年一、いや深川イチの美少女であろう。原宿を歩いていたら、間違いなく芸能事務所に声をかけられるであろう。それ程光り輝き美しい少女である。

 髪は金色、ボブヘアーは川合奈保子風か。細く鋭く美しい目は仲森明菜を彷彿とさせる。スタイルの良さ(胸をのぞく)は松多聖子チックと言えよう。これ程の少女がいたのに、俺は全く思い出せない。

 だが。この写真を眺めているうちに、唐突に思い出す。
「俺とお前、話した。話したよな? 俺、オマエと話したよなっ? 覚えてる! 生徒総会の後とか、あと卒業式の時とかにも!」

 彼女は嬉しそうな顔で俺の腕を握りしめ、
「えへへ。やっと思い出してくれたか」
「そっか。島田光子な。そっかそっか。これが、あの『西中のクイーン』……」

 思い出した。当時の俺はこの少女をハナから不良と決めつけ、まともに目すら合わせなかったことを… 不良少女には近寄るまいと、その存在すら否定していたことを……

「ま、マジで思い出したか?」
「…… ああ。でもあの時何を話したんだっけ? あの修学旅行前の生徒総会の時とか?」

 クイーンはスッと視線を逸らし、天井を眺めながら
「んーーと。アタシも覚えてねーわ…」
「そっか。」

 この数ヶ月の付き合いで、コイツのことでわかったこと。嘘つくときに視線が斜め上を向くこと。コイツ、絶対に覚えている。俺たちが何を話し、俺が何と話しかけたか、を。俺が忘れているから、それに合わせてくれてるのに間違いない。

 これ以上このアルバムを一緒に見ているとコイツを哀しくさせてしまう。情けない、何一つ思い出せない自分が。

「それよりキングッ 頼むぞ、ホテル! アイツらが喜びそうな、豪華でキラキラしたトコな」

 そうか、お前、本当はキラキラしたホテルが好きなんだな、今まで連れて行ったような渋い和風な旅館より? それよりも、日光、か。ううむ、日光、日光……

「俺、日光ってそれこそあの修学旅行以来なんだよな… ま、会社の優秀な部下に任せるわ」
「んだよ、頼りにならねえなあ、ったく… お めー は…」

 不意に肩に重みを感じる。え…? クイーンが俺にもたれて船を漕ぎ始める… こんな事は初めてだ。車の助手席ではよく鼾かいているのだが。

 その横顔をそっと眺める。何故あの頃― 中学生の頃、俺はコイツを女子として意識しなかったのだろう。奴らの言う通り、これほど超絶美少女だったコイツを、どうして俺は一人の女子として眺めなかったのだろう。どうして不良だから、と一括りにしてその存在を否定してしまったのだろう。

 写真の顔と今の横顔を比べる。どちらもあどけない顔をしている。
 コイツは昔から何も変わっていない。変わってしまったのは俺の方だ。俺ら周りの奴らなんだ。
 今回俺が企画する大人の修学旅行とやらで、変わってしまった俺らが昔に戻れるだろうか。

 そして、あの頃に戻った俺たちに、俺に彼女はなんと言うのだろうか…
 
 この旅行はひょっとしたら俺とクイーンの今後に、多大な影響を及ぼす旅となるかも知れない、それが良い方向なのか悪い方向なのか今は分からないが。

 俺が今まで毛嫌いしてきた旅行。それが運命を左右する程の効果と言うか威力があるとは今まで想像すらしたことがない。

 安らかな寝息を立てているクイーンを眺めながら、この旅行は必ず大成功させねばならない、そう決意しジョッキの残りをグッと飲み干した。
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