第1章 第7話

文字数 2,059文字

 ちょっとアホ臭くなってきたので俺はそっと席を外し、健太達のテーブルに向かう。先生が溶鉱炉の如く暑く熱く語っている…

「ホンッとお前らには振り回されたわー。大学出て最初の学校がオマエらだもんなあ」
「てか、アレはヤバイっしょ、テーブル叩き割ったの」
「オマエらがちっとも話聞かないからだろうが! 三日前から挨拶の練習してたのにぃ」
「アレ、メチャ緊張してたよな金八っつあん、声震えてるわ噛みまくるわ」
「それそれ! もう大爆笑したわ。三年なんて床ひっくり返って笑ってて」
「そしたらいきなり『テヤーーーーっ』『バキッ』 静まり返ったよな…」

 先生はおしぼりでおでこを拭きながら、
「あれぞ若気の至り、だったなあ。でもあの後大変だったんだぞ」
「なになに、校長の説教とか? 弁償とか?」
「違うよ。中三の番グループが取っ替え引っ替え、俺に勝負挑んできたんだよ」

 健太達は顔を青褪め、
「ゴクリ。俺らの2コ上って… ヒロシ君達の代じゃん… 深川最恐の…」
「先生… 御愁傷様でした…」
「それは災難だったな、金八っつあん…」

 先生は何度も頷きながら、
「ああ。アイツらに怪我させないようにするのがな…」

「「「へ?」」」

 一同、目が点になる。

「は? 俺が怪我するわけねーだろうが。相手は所詮中坊だぜ」
「「「え?」」」
「俺空手、合気道の段持ちだぞ。お前ら不良如きのパンチなんて、止まって見えてたわ」

 一同10センチほど下がる。
「それで、素手では敵わないからってナイフ振り回すガキもいたし」
「うわあ、それジャックさんじゃん…」
「切り裂きジャックさん… 確かおまわり相手に斬りつけたとか… 最悪だな…」
「そ。寺村なー。さすがにあん時はナイフ取り上げてから、キツ目にシメたわ。右腕へし折ってやったら、校長にやり過ぎだってめちゃくちゃ叱られたよ」

 一同、ドン引きしながら、
「お、俺ら如きが敵うわけ無かったわー」
「そーいえば、俺、バットで金八っつあんに殴りかかって、あっさり取り上げられてへし折ってたよな… 金属バット…」
「俺も若かったよなあ。物は大事にしなくてはなあ。反省反省…」

「でも、卒業式。あん時は泣いたわー 俺、西中行って良かったーって今でも思ってるよ」
 
健太が唐突に遠い目をしながら呟く。俺たちの代の卒業式。どんな風だったかな、記憶のファイルを検索してみよう。

「なー。俺らん時も警察いっぱいいてなあ」
「俺らが金八っつあん取り囲んで胴上げしよーとしたら」
「お巡り達がソッコー引き剥がしてな」

 川村がニヤリと笑いながら俺を指さして、
「そしたら、キングが『やめてください』って入ってきてなあ」
 全く忘れていた。そして唐突に思い出した。

 不良達が先生を取り囲み、胴上げしようとしたのを機動隊の隊員達が盾を構えながら突進し、先生を確保しコイツらを地面に押さえつけていたなあ… それを俺が割って入って、なんか叫んだなあ、なんて叫んだったっけ?

「それそれ。『コイツらは腐ってなんかいませんっ』て。俺吹いたわ、あん時。ブハハハ」

 一同腹を抱えて大爆笑となる。金子先生なぞ笑い過ぎて咳が止まらない。

 ……そう言えば、そんなようなこと、叫んだわ…… 恥ずい。恥ずかしくて消し去りたい。ファイルから削除し消去したい、その過去を…

「んで、金八っつあんも、マジでブチ切れてな」
「そーそー、『キミ達、この子達を離すんだ』って叫びながら、機動隊員をビュンビュン放り投げてな」
「『キミ達はこの子達の何を知ってるんだ! この税金泥棒が!』って、きゃははっ」
「最後の方、拳銃突き付けられてたよな、ウケるー、ギャハハ」

 ああ… 覚えてるぞ。過剰防衛だ何だと、機動隊長に叱られてたぞ先生…

「で、あの後先生達と俺ら、抱き合って号泣してな、」
「最後の最後まで俺らを守ってくれてな、あんな先公、後にも先にも金八っつあんだけだったぜ」
「校長も、教頭も泣いてたよな」
「お巡りもそれ見て、泣いてたよなあ」
「………」

「なーーーに辛気くせえんだよ、こっちは」

 ジョッキ片手にクイーンが入ってくる。

「卒業式ん時、メッチャ盛り上がったって話。あれ、クイーンは卒業式出れたんだっけ?」
「あー、卒業式は何とか出れたわー」
 
 先生はしみじみと、
「コイツはなあ… 卒業式はともかく、修学旅行とか参加できなかったんだわ。大人の事情ってやつでさ。ホント悪いことしたよな… 当時の大人…」
「ま。しゃーねーわ。やっちまった事の落とし前だからなあ」
「でもクイーン、ホントは修学旅行とか行きたかったろ?」

 あれ、そうだったんだ、コイツは修学旅行に参加しなかったんだ… 全然覚えていないわ…
「そん時はそーでも無かったけどよ、この歳になるとあん時行ってれば、オマエらとそん時話で盛り上がってたのになーとか、ちょっと思うわ」

 先生が俯く。俺らも俯く。ちょっと空気が重くなったのを振り払うかのように、
「へへ。行ってみたかったわ、修学旅行。オマエらどこ行ったんだっけ?」
「日光。行ったことあるか?」
「ねーわ。へー。日光かあ。どんなとこよ?」
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