第2章 第4話

文字数 1,918文字

 カウンター席は老人には辛かろうと、テーブル席に俺たちは座る。既に帰宅していた翔を誘うと喜んで降りてきて、久しぶりの対面となる。

「いやー これはこれは、再会できるとはー それも駅で倒れた時の、命の恩人のお坊ちゃんにもお会いできるとはー いやー素晴らしいー」

 翔も満面の笑みで、
「ご無沙汰してます。病院でお話しして以来ですね。島田翔です」
「いやー ホントに… ホントにあの時は有難うー それにしても、何という…」
「ですよね、その時の子供の祖母の全裸をー」
「いやいやいやー ですから金光さん、あたしゃあの時そんな余裕は…」

 ちょっと揶揄うといい反応をしてくれる。さすが中々の人物である。
「まあまあ、泉さん。乾杯しましょ。もうお酒少しなら大丈夫ですよね?」
「いやー 参った参ったー 今夜もお手柔らかに頼みますよー」

 つい先日千駄ヶ谷の病院を退院し、体調も良好との事。だが温泉はこの夏は控えるように言われていること。なので秋頃からまたISSAの仕事を再開しようと思っているとの事。
 泉さんの全快を祈りつつ、俺は『友人』として、鬼怒川温泉について尋ねる。

「鬼怒川温泉って僕もネットで見ましたよ。すごい荒れっぷりですよね… まあ、元々がどうだったかよく知らないのですが…」
「いやー とっても良いところなんだけどねえ」
 クイーンが小皿を持ってきてポンと置く。
「ホイ。塩分控えめな。体大事にすんだぞ、じーさん」
「いやーーー これはこれはー どれどれ。うんっ 美味しい!」
「お婆ちゃん、料理褒められるの珍しいね」
「バーカ。本気だしゃ、こんなもんよ」
 いやいやいや、ここ居酒屋。料理店。常に本気出せよ……

「金光さん。ここだけの話です。よく聞いておいてください」

 一通りの皿を味わい、久しぶりの外食を満足した泉さんは、杯をチビリチビリと舐めながら小さい声で呟きだす。

「承知しております。お願いします」

「台湾のリゾート会社が買収し、改修中のホテルが鬼怒川にあります。そこが秋にオープン予定なのです」
「成る程」
「社長の李さんとは旧知の間柄でして。どうでしょう、そのホテルのオープン前の予行練習、つまりプレオープンに訪れてみては?」
「本当ですか! それは素晴らしい! ただー 今回の客層なんですが… 年収500万円以下の低所得者層がメインなんですよ」
「でも金光さんの様な方もいらっしゃる。ホテルとしては良いケーススタディーとなるでしょう。その辺りは私が李さんに言い含めておきますよ」
「スゲー じーさん、カッコいいわ、見直したわ」

 仕事を忍に任せ、テーブル席に座っているクイーンが、うっとりとした目で泉さんのお猪口に酒を継ぎ足す。
「いやー 貴女には眼福の思いをさせて貰いましたしねー あっ…」
 俺はニヤリと笑いながら、
「… やっぱり、見てましたよねえ、あの時」
「ま、そこは私と金光さんの、ね」

 ウインクされ、ドキッとしてしまう。色気のあるじーさんだ…
「では、後日詳細を連絡します。いやー、光子さん、〆にご飯物ありますかね?」
「ハイよっ『深川めし』なんてどーよ? ちょっと人気なんだぜ」
「いやー、いいですねえ、深川めし。ぜひお願いしますよ、楽しみだなあー」

 〆の深川めしを絶賛した後、泉さんは一人で帰宅する。退院したばかりで久しぶりのお酒が入ったせいか、椅子を立つ時に少しよろめいたので、クイーンが腕を肩に回し店の外まで送って行く。その瞬間、ニヤリと笑ったのを俺は見逃さなかったがな… エロじーさん…

 席をカウンターに移し、俺はスマホでその鬼怒川のホテルを探るも、
「うーん。流石にそのホテルの情報、ネットにも全然出てないわ。泉さんの連絡待ち、かな」
「でも良かったですね。『アンバサダーグループ』と言えば欧米でも評価高いみたいですし」
 翔が李氏の会社を調べてくれている。俺にはよくわからないので、明日にでも山本くんに聞いてみよう。昼にメシ誘ったが激しく拒否されたから、まともに口聞いてくれるか微妙だが。

「そう言えば。最近、葵とは上手くいってるの?」
「彼女は来年受験ですからね。最近は専ら図書館で一緒に勉強しています」
 戻ってきたクイーンが首を傾げながら、
「図書館? しょっちゅうアオジルん家でメシ食ってくんじゃんよお。部屋で何してんだか〜」
「ちょ、ちょっと…」

 翔がサッと青褪める。俺は頭にカッと血が昇っていく。
「……聞いて… ねえぞ…」
 俺は無意識のうちに立ち上がり、翔の目の前で仁王立ちする。
「ま、待って、お父さん…」
「は? 誰がお父さんだって? オマエ、表に出…」
「ぶははー。おい翔、ちゃんと着けてやってっかあ? え? 来年アタシひい婆ちゃんってかあ、ギャハハー」
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