第3章 第6話

文字数 1,653文字

 ほぼほぼ予定表通り、バスは今夜の宿である『アンバサダーホテル鬼怒川 ザ プレミアム』に辿り着く。一般公開をしていないので事前に調べようが無かった為、リフォームされた外観を見て俺は呆然とする。皆は一様におおお、と歓声を上げ、俺を取り囲む。

「す、すげーよキング。お、俺たちココに泊まれるんだなっ」
「金光君、昔からやる時は半端無かったよね…」
「ちょ、みんな、写真、集合写真、早くっ」

 歓迎してくれるスタッフは両手に幾つものスマホ、カメラを渡されても、にこやかに対応してくれている。先生は俺の手を握り、
「軍司ー、有難うな。先生、嬉しいわ。オマエらとこんな立派なホテルに…」

 クイーンもホテルの威容に驚き喜びながら、
「ったく泣くなよ金八っつあん。まーでも良かったな」
「うんうん。光子ー、オマエもみんなとこんな所泊まれて、良かったな」
「えへへ。うん」

 殊勝にも素直に頷くクイーン。本当に嬉しそうな顔である。数ヶ月前に知り合ってから初めて見るあどけなさを浮かべた笑顔だ。不思議なことに、その顔に懐かしさを感じる。はてな? 中学時代に俺は彼女と関わりを持ったことは無かった。口をきいた記憶もほぼ、ない。

 きっと、このあいだ二人でみた卒アルのせいだろう… 俺は頭を数回振りながら、
「さ。みんな、行くぞ。荷物忘れるなよ。スマホ置き忘れてないかー」

「金光様ですね。アンバサダージャパンの代表の栗木と申します。この度はプレオープンにご協力頂けまして、誠に有難うございます。」

 ザ・ホテルマンと言いたくなるようなキチンとした身なりの立派な男性が頭を下げてくれる。

「栗木さん、泉さんから紹介頂きました、旅行代理店『鳥の羽』専務取締役の金光です。よろしくお願いいたします。」
「至らぬ点が多々あると思いますので、どうぞその場でご指摘くだされば幸いです」
「…こちらこそ、相当ご迷惑お掛けしてすると思います…」
「では皆様、どうぞこちらへ」

 俺は早速ずっと疑問だったことを彼にぶつけてみる。
「ところで、どうして御社はこの鬼怒川に?」
 栗木さんは笑顔で頷きながら、

「やはり一番の理由はコストパフォーマンスでしょうか。この建物を含めた施設の取得費は我々から見れば格安でしたから。それとこの地域は自治体の協力体制がこの数年格段に良くなって来ているのです。東京からこの距離でこの値段、この環境。あとは御社をはじめとする業界の皆様のお力が有れば必ず…」

「成る程。良くわかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 俺は頭を掻きながら、
「ところで… 今回お邪魔させてもらっている面子… その、団体客なんですが…」
 栗木さんは首を傾げ、
「御社のお客様ではなく?」
「はあ… 実は私の中学時代の同級生達でして… このホテルの想定されている客層とは少し… いや大分異なるかと…」

 俺が正直に申し上げると、にっこりと笑いながら、
「泉さんから伺っていますよ。実に素晴らしいと思います。この『同窓会旅行』という発想は世界でも非常に珍しいものです。是非こちらも勉強させて頂き、本社に新カテゴリーの提案をしていきたいと思っております」
「はあ… そう言って頂けると助かります… ですが、何しろ東京の下町の学校ですので、ご覧の通り…」

 俺が指差した先にはクイーン、健太達が年甲斐も無くヤンキー座りでポーズを決め写真撮影会。バスケ部チームは若い外国人の仲居さん達にデレデレ。生徒会チームに囲まれた先生は大声で鬼怒川と日光の歴史の講義。

 とてもこの高級温泉ホテルに相応しくない客達の挙動を眺め、栗木代表は目を細めながら言う。
「ははは。台湾をはじめとする東南アジアのお客様は、皆様こんな感じかと。逆にこれ位楽しんで頂けたらこちらは幸いです」

 確かに日本人の知識層はどこへ行っても非常に大人しい。サービスを提供する側から見て、彼らが本当に心から楽しんでいるのかわからない程に。旅の恥はかき捨て、とまでは言わないが、もっと楽しい気持ちを表現してもいいのかも知れない。俺には無理だが。
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