第3章 第8話

文字数 1,398文字

 一番広い八人部屋に皆が集まり、地元の清酒の空き瓶が何本も転がった頃、俺は先生の言ったことを一人思い返している。中学生の頃、俺がクイーンの事を何も知らなかった? それはそうだ、生徒会長と不良。水と油だ。当時俺は彼女をまともに見ようともしなかった。向こうもその筈だった。

「それにしても光子、ホント良かったよね。何十年越しの願いが叶って」
 久米さんがしみじみと呟く。
「何だよそれ、教えて教えて」
 中村がしつこく絡む。

「バーカ。テメエら如きに語るかボケ」
「ちょ… いーじゃん教えてよ」
「だからー 光子は誰より行きたかったんだよ、あん時の修学旅行に」

 クイーンを見るとはしゃぎ疲れたのか、完落ちして鼾をかいている。そう言えば彼女が修学旅行に来なかった理由は何だったのだろう。
 クイーンの取り巻きにそれとなく問いかけてみる。

「って… アンタがそれ聞く? 参ったな…」
 佐藤さんが呆れたというか困ったような表情で言うので、
「俺が? 何で聞いちゃいけないんだよ?」
「そーだそーだ。何で軍司が聞いちゃいけねえんだよっ」
「てか、あれだろ、バイクで怪我したんじゃなかったっけ?」
「あれ、一人で舟橋連合をシメに行ったんじゃ…」
「はあ? 深川署のブタ箱に入ってたんじゃあねえの?」

 クイーン軍団の副番格であった上田律子さんがチッチと指を振る。ん? 旧姓上田、今は立川さんだったか。ま、旧姓でいっか。

「チゲーよ。光子がどうして修学旅行に来なかったのかはアタシらも知らない。聞いても絶対教えてくんなかったんだよ。ただね…」
「うん。はぐらかして理由は教えてくんなかった。でもな…」
 久米さん、佐藤さんらがポツリポツリと呟く。
「あんだけ行きたがってた日光にさ、来なかった理由。それ、多分…」
 上田さんが俺に向き直る。
「アンタのせいだったんだよ」

 男たちが一斉に唸り声を上げる。俺の頭上にはてなマークが回転している。
「アンタさあ、あの修学旅行の直前の生徒総会でさ、髪の毛を染めたり脱色してる生徒の参加を認めないって言ったの覚えてる?」
「おーーーーー言ってた言ってたっ」
「完全シカトしたな」
「ムシムシ」

 … 記憶にない。が彼らの会話を聞いているうちにふいに思い出す。
「そう言えば… 毎年旅行先での他校との喧嘩沙汰を防止するために、提案した、な…」
「でさ、次の日に光子が髪黒くしてアンタに会いに行ったの覚えてる?」

 これこそ本当に記憶がない。男たちも全く知らなかったようだ。
「クイーンが黒髪? ないない」
「入学式から金色だったべ」
「ホントかよ、無いだろソレ」

 久米さんがボソリと呟く
「それマジだったんだよ… ミッちゃんが黒く染めたの」
 一同が、俺もだが、シーンとなる。当時の情景を思い出そうとするが、どうしても記憶のファイルが見つからない。

「でも… どうして? 黒く染めたのなら、参加できたんだろ?」
 佐藤さんが俺をキッと睨みつけて言う
「アンタが… 何か光子に言ったからだよ!」
 男たちと生徒会女子全員の頭上にも、はてなマークが降臨する。
 上田が深い溜息と共に吐き出すように呟く。

「アンタが何て言ったのかは絶対アイツ教えてくれない。でもね、アイツさ、多分アンタのために行くのやめたんだよっ」
「俺のため? どうして?」

 上田は哀れみと言うか蔑みの眼差しで俺を睨み、そしてゆっくりと呟いた。

「光子… アンタのこと、マジで好きだったから…」
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